誰が為の「キビダンゴ」 7
「どうするかね、吉備津彦君。今ここで、決着を付けるかい? 雉の姿のままでは、多少の不利は否めまいが、覚悟なら出来ている。」
雉=温羅が、さり気無く戦闘態勢を取ります。
意外な事態の推移に驚きを隠せなかった犬と猿は、ようやく我に返って雉を囲みます。
桃太郎の号令一つで、一気に温羅に飛び掛かるでしょう。
桃太郎=吉備津彦は皆を制します。
「みんな、落ち着き給え。先ずは、『民話 桃太郎』としての決着を付けるのが先決だ。この世界を放っておく事は出来ないからね。温羅君、君も『桃太郎の雉』である間は、戦闘団の一員として力を貸してくれるね? 何故ならそれが、この世界での君の任務なのだから。」
「嫌だと言ったら?」温羅は薄っすらと笑います。
桃太郎は、腰のキビダンゴが入った袋を軽く叩きます。「無理だね。何故ならば、契約は成立済みだよ。」
「違いない。けれども、雉のままでは大した働きは出来ないだろうがね。ま、嘴を使った空からの急降下攻撃には全力を尽くそう。」
桃太郎は狒々を呼ぶと、背中の籠からP220自動拳銃を取り出しました。
「これを使ってくれ給え。使い方は分かるな?」
雉は脚の爪で拳銃を握ると「なんとか発砲出来そうだ。」と言いましたが「これで、君を撃つとは考えないのかい?」と続けます。
「妙な事を言うね? そんな風に考えるのなら、君に拳銃を託すわけが無いじゃないか。」
犬・猿・雉と桃太郎は、直ぐ目の前に鬼ヶ島を臨む海岸に到達しました。
港には見張りもおらず、おあつらえ向きに舟まで繋いであります。
鬼ヶ島では大宴会が行われているようで、既に酔いつぶれてしまった鬼がゴロゴロしているのが見えます。
「桃の旦那、こんなチャンス滅多にありやせん。今、奇襲すればイチコロだ!」
狒々が興奮して手榴弾を握りしめます。
「猿が珍しく正しい事を言っています。直ぐに攻め掛かりましょう!」
巨犬も牙を剥いて武者震いをしています。
けれども雉は「早まるな、畜生共。アイツらが余裕シャクシャクなのは、島に強力な結界が張ってあるからだ! 舟で漕ぎ寄せても上陸するのは不可能だぞ。腕利きの術者がいるようだ。」と、猿と犬とを抑えました。
「温羅君の指摘が正しいようですね。」桃太郎は冷静に鬼ヶ島を眺めています。
そして「早太郎君、タマ姐さんが何処にいらっしゃるか、分かりますか?」と訊ねました。
巨犬は「猫又の居場所ですか?」と不思議そうな声を出してから、鼻をクンクン鳴らしました。
「探索には及びません。私はここに居ます。」繋いである舟からマッチ売りの少女が姿を現しました。
手には火の点いたマッチをつまんでいます。
「私が次々にマッチを灯し続ける限り、決して破る事の出来ない結界です。」
少女は余裕の表情を見せて、舟の舳先に座りました。
マッチの火は、次のマッチに移されました。
「アンタ、桃の旦那を裏切るのか?!」狒々が叫びます。
「マッチの入った籠を渡しなさい。悪いようにはしない。」巨犬が唸り声を上げます。
「どんな契約だ?」雉が自動拳銃を少女に向けます。
「火の点くマッチが有る限り、一本ずつ次々に火を灯して鬼ヶ島に結界を張るという契約です。……契約期間中は、村に手を出さないという条件で。……結界を張っている間は、鬼の方も島からは出てこられませんから。」
「マッチは、あとどのくらい残っているのですか?」桃太郎が質問します。
少女は笑って答えます。「そうですね。夜明けまではもちましょう。」
そして消えかかったマッチの炎を次のマッチに移します。
「意味が無い。そんな短時間、鬼どもを島に閉じ込めても、朝になればまた悪事を働く。しかも、朝までには酔いも醒め、休養もとれて元気百倍になっている。」犬が少女の落ち度を指摘します。「おとなしく、マッチを渡すんだ。」
「私がやる。他の者は、後ろを向いていたまえ。」雉が冷たく言い放ちます。「鬼神と呼ばれ、恐れられている身だ。少女殺しの悪名が一つ増えても、どうって事はない。……もっとも、今まで、女子供を手に掛けた事は無かったがね。」
「待て、温羅。」桃太郎にも焦りが見えます。「何か……何か、手が有るはずだ。」
「私自身には、何の防御も施してはいません。」少女がニコリと笑います。聖女の笑みです。「私が死ねば、契約は自動解除となります。……そうすれば、無防備の鬼ヶ島を一気に制圧できるでしょう。ひとおもいにやって下さい。長く苦しまなくてよいように。」