誰が為の「キビダンゴ」 6
鬼ヶ島まであと少しの場所までやって来ました。
桃太郎が予言した『戦闘団に加えたいあと一人』は、いまだ姿を現していません。
「桃の旦那、あと少しで鬼ヶ島でやす。……俺っちが、一っ走りして、タマ姐さんに助っ人をお願いして来やしょうか?」狒々が桃太郎にお伺いをたてます。
けれども桃太郎は、余裕の有る態度で
「案ずるには及びません。事態がここまで進行してしまった以上は、『彼』は姿を見せずにはいられないのです。……それが、『民話 桃太郎』に込められた『呪』なのですから。」
と返します。
狼犬の早太郎も「おい狒々、鼻を利かせて空気を感じてみろ。桃太郎さんの待っておられる助っ人が誰なのかは分からないが、タマ姐さんなら、既に先に進んでいる。仲間には加えてもらえなかったが、陰ながら支援してくれるつもりのようだ。」と狒々に猫又の動向を教えます。
「早兄ィ、それは本当ですかぃ? オイラ、早兄ィほどは鼻が利かないから、ちっとも気付きやせんでした!」
そんな遣り取りがあった後――
大鷲ほどもある、巨大な片目の雉が姿を現したのです。
「桃太郎さん、桃太郎さん。お腰につけたキビダンゴ、一つ下さい、お供します。」
雉の口から、そんなセリフが漏れました。
雉は、ひどくそのセリフを口にしたくない様でしたが、何かの力によって無理矢理言わされてしまったようにも見えました。
「雉さん、待っていましたよ。さあ、キビダンゴをお食べなさい。」
「待って下せえ! 桃の旦那。」狒々が慌てて桃太郎のキビダンゴを奪おうとします。「確かにデッカイ雉だが、そいつは鷲鷹でもプテラノドンでもありません! 戦闘力なんて無いに等しい。」
「落ち着け!」巨犬が大猿を制します。「考えが有っての事に違いない。」
◎『雉はキビダンゴを食べました!! 雉は仲間になりました。』
「フフフフフ。ようやく会えたね。……ずいぶんと探したよ。」桃太郎が雉に呼びかけます。「雉に姿を変えて飛び去ったのは確認出来たのだけれど、まさか『民話の世界』に身を隠していたとはね。さすがは怪人三十面相と呼ばれた男だ。」
「ウフフフフ。さすがは吉備津彦。」雉も不敵に笑います。「簡単には見逃してくれないね。名探偵の看板は、伊達ではないという訳だね。」
そうなのです。二人は『伝説の世界』の敵同士。
英雄『吉備津彦命』と、鬼神『温羅』だったのです!
鬼ヶ城要塞を根城に岡山征服を推し進めていた温羅を、討伐するために派遣されたのが吉備津彦命でした。
両者は激しい戦いを繰り広げますが、吉備津彦の弓で片目を射られた温羅は、雉に姿を変えて行方をくらませたのでした。
吉備津彦は岡山県中をくまなく探索しましたが、温羅の行方はようとして見当たりません。
万策尽きた吉備津彦の耳に聞こえてきたのが、山の烏の鳴き声です。
――瓜子姫子の乗る輿に、天邪鬼が乗った。
どうやらあの烏は『瓜子姫と天邪鬼』の話に出て来る烏のようだ、どこかでクロスオーバーしてしまっているみたいだな、と吉備津彦は思いました。
そこで、はた、と思い当たったのが、吉備の国すなわち岡山県の『桃太郎のお話』です。
なぜ、桃太郎のお供に『雉』がいるのでしょう?
犬や猿なら、それなりに知恵や戦闘力も期待出来ますが、雉の戦闘力が高いとは思えません。
雉は日本の国鳥なのですが、「雉も鳴かずば撃たれまい」といった慣用句があるくらい食鳥としての重要性が大きく、鷹や隼それに烏みたいに戦闘的な鳥とは位置付けされていないのです。
――もしや、もしや……。温羅の潜伏しているのが、同じ岡山県の『民話 桃太郎』の中ならば?
民話の方の雉は、侵入してきた温羅に食べられてしまっていて、温羅が雉に成りすましているという可能性は?
吉備津彦は桃太郎として、伝説の世界から民話の世界に向かったのでした。