誰が為の「キビダンゴ」 5
「時に狒々君、背中の籠には何が入っているのだい?」
桃太郎の質問に、狒々は
「桃太郎様のお爺様から預かった品々です。ご実家に伺って、桃太郎様の行き先をお尋ねしたら『後を追うのなら、これも持って行ってくれ。』と託されました。」
と答えました。
桃太郎が中を見ると、鮒の干物とP220自動拳銃、それにポテトマッシャーと呼ばれるタイプの柄付き手榴弾がギッチリと詰まっています。
お爺さんは鮒の干物を余程持たせたかったのだな、と桃太郎は思いましたが大猿には
「これだけの荷物を持って道を急ぐのは、大変だったでしょうね。」と、その苦労を労いました。
狒々はキビダンゴを口に頬張ったまま、泣き笑いの表情を見せて
「なんのこれしき。俺には馬鹿力がありますし、罪滅ぼしの機会と思えば。それに、俺は道を辿らずとも、木から木へと飛び移る事が出来るので、山を越えるのは早いのです。」と言いました。
それを聞いた早太郎は、ちょっとだけ狒々の事を見直しました。
一同が更に先へと道を進むと、道端にマッチ売りの少女が立っています。
けれど、彼女のお尻には、二股に分かれた尻尾が生えているようです。
彼女は仲間に入りたそうに、こっちを見ています。
「桃の旦那、どうしやすかい? あの猫又、仲間に入りたそうにしていやすぜぃ?」
狒々が桃太郎にお伺いをたてます。狒々は少しばかり興奮しているのか、口調がヤクザなチンピラ言葉に替わっています。
巨犬の早太郎は、「あやつ、生半でない妖力の持ち主のように見受けられます。仲間にすれば、狒々より戦闘力は上かと。」と、マッチ売りの少女を推します。
狒々は「早兄ィ、そんな連れねぇ事は、言いっこ無シにして下せェ。昔やり合った時に、オイラの実力は御存じのクセに!」
「オマエの戦いぶりは、力ずくの一点張りじゃないか。……それと、悪知恵と。」早太郎は狒々にはキビシイ物言いをします。「あっちのお嬢さんは、術使いなんだよ。」
「今のオイラには、ジイサマから託された手榴弾が有りやす! 早兄ィには手榴弾のピンは抜けないでやしょう!」
「こらこら、仲間割れはよくありません。……あと一人、戦闘団に加えたい人物が居るのですが、それは彼女ではないようなのです。」
桃太郎は二人をたしなめると、マッチ売りの少女に近付きました。「もしかして、あなたは私が拾われる前に、お爺さんとお婆さんに飼われていた。タマ姐さんではありませんか?」
「よくぞ察してくれました。如何にも私は猫のタマです。鬼の勢力が次第に強まるのに気付いて、お爺さん、お婆さんと村を守るため、阿蘇の根子岳に出向き、猫又となって妖力を授かってきたのです。」
今でこそロッククライミングの名所として有名な根子岳ですが、古くから火口見物で有名な中岳とは違って、入ると猫になってしまう猫温泉という変な温泉しか売りが無かった根子岳は、当時は登る人は阿蘇五岳の中でも稀な山だったのでした。
けれども年を経た猫にとっては、猫又に変化するためには、修行のために必ず征服しなければならない岩壁なのです。
その巨壁に挑んだタマの苦難は、如何許りのものであったことでしょう。
「タマ姐さんの挑戦には、頭が下がります。」桃太郎は猫又の努力をねぎらいました。「けれども、『ある理由』から、姐さんをチームに加える事は出来ないのです。」
猫又は、桃太郎の顔をジイッと睨んでいましたが
「話す事が許されなかったとして、お爺さん、お婆さんに何の断わりも入れず、家を出たのは私にとっての負い目です。……ここは、無理は申しますまい。」と折れました。
桃太郎は狒々の背負った籠から鮒の干物を取り出すと、猫又に与えて「これでも食べて元気を出して下さい。」と慰めました。
タマ姐さんは鮒を見て
「ああ! これは、私の大好物だった……。」
と涙を流しました。
●『猫はキビダンゴではなく、鮒の干物を食べました。仲間には入れてもらえませんでした。』