誰が為の「キビダンゴ」 4
桃太郎と巨犬がキビダンゴを食べて一服していると、狒狒爺がやって来ました。
狒狒爺は背中に大きな籠を背負っています。
ヒヒジジイという名称は――良い子の皆さんはあまり耳にした事の無い名詞でありましょうけれど――辞書的には「好色なお年寄り(男性)」を指す言葉です。
狒狒(もしくは狒々)は「大型の猿や類人猿」で、爺は「祖父や年寄」なのですが、狒狒+爺=好色なお年寄り に変化してしまうのです。
「桃太郎さんとやら、鬼退治に行くのなら、俺も連れて行ってもらおうか。」
狒狒爺は、そんな事を言いながら近づいて来ましたが、桃太郎の傍に控えている早太郎を見ると
「げえええ! キサマは信州・信濃の光前寺の早太郎!」
と、腰を抜かさんばかりに驚きました。
「お前は狒狒爺に擬態しているが、本物の狒々だな。」早太郎は余裕タップリに、狒狒爺に呼びかけます。「お前を懲らしめるのは簡単だが、桃太郎さんに助太刀したいと言うのなら、話ばかりは聞いてやろう。」
狒々と巨犬は、既に日本のあちこちで対決した事のある仲なのでした。
狒々と戦った巨犬は、時に早太郎、ある時はしっぺい太郎などという名前で呼ばれていますが、だいたいにおいて山犬(二本オオカミ)か、その血を引いているとされています。
戦いでは常に巨犬が勝ち(もしくは相打ち)で、対戦成績的には狒々を圧倒していると言って良いでしょう。
一方の狒々ですが、早太郎に負けているばかりでなく、日本中で岩見重太郎という豪傑と戦い、こちらでも敗戦履歴を重ねております。
岩見重太郎という豪傑は、狒々ばかりでなく日本国中で大蛇も退治しまくっている凄い武士なのですが、薄田兼相という名前で登場する時は、飲み屋に通っている内に味方の砦を落とされたり、霧で迷子になったりするという、ちょっと締まらない処がオチャメな武将です。
狒狒爺は大猿の正体を現し、桃太郎の前に正座します。
「俺は今まで散々に悪事を重ねて、金も女も手に入れてきた。……けれども、いつしか、その虚しさに気が付いたのだ。金や美女が何になろう。死後の世界には持って行く事など、出来やしない! 俺が死んだ後に残るのは、悪名だけだ。」
巨犬は大猿の告白を黙って聞いていましたが、次第に腹が立ってきました。
そして、大猿が「桃太郎さん。俺は名声が欲しい! 今までの悪名を打ち消し、皆から称えてもらえるような名声が!」と土下座するに及んで、遂に我慢出来なくなって『グオオオオオオ!!!』と吠えてしまいました。「うるさい! この場で成敗してくれようぞ!」
「ちょっと待って下さい、早太郎君。彼が今まで行って来た事は、決して許される事ではありませんが、彼は必要なピースなのです。ここは僕の顔に免じて堪えてやってもらえませんか?」
と桃太郎が間に入ります。
「桃太郎さんがそう言うのなら、この場は収めましょう。……けれど大猿よ。再び悪事を働くような事があったら、その時は命が無いものと思え。」
巨犬は渋々納得しました。
「ありがてぇ、ありがてぇ……。」大猿が涙を流して感謝します。
桃太郎はキビダンゴを差し出して「これでも食べて、涙を拭いなさい。」と言いました。
◎『お供の猿がキビダンゴを食べました!!』