(おまけ)リンゴを齧ると……
リンゴという果物は味も香りも良いし、「医者いらず」と呼ばれるほど体に良いとされているので、苦手だ嫌いだと言う人は割と少ない食べ物だと思う。
けれども世の中には、私自身も含めてリンゴが苦手な人間がいないわけではない。
リンゴが苦手な人物は、私の乏しい人生経験に限ると、大きく2パターンに分ける事が出来るように思われる。
一パターン目は「リンゴを齧ると、口の中がが血だらけになって歯がグラグラになりそうな気がする。」と言う人たち。
年配の人に稀に見られる。
奇妙に感じられるかもしれないけれど、その原因は割とハッキリしている。
半世紀ほど前に、『リンゴを齧ると歯茎から血が出ませんか?』というフレーズで有名な、歯槽膿漏予防歯磨きペーストのCMがヒットしたからだ。
このテレビCMは、歯槽膿漏の危険性を人々に啓蒙した反面、一部の人々にリンゴ恐怖症をもたらす事になった。
優れたコピーライターの創った光と陰。
その陰の遺産が、一部のリンゴ嫌いの人々なのだ。
もう一方のパターンは、もっと単純かつ明快だ。
私も含めて、リンゴを噛んだり噛み砕く時に出る『サリッ』という音がダメだ、という集団である。
このタイプの人物は、予想以上に多数、現代社会に潜伏している。
会食の席などで、生のリンゴを含む料理を薦められた場合、私は「リンゴの味や香りは好もしいのですが、音が苦手で。」と理由を述べて、出来るだけ丁寧にお断りさせてもらうのを常としている。
すると少なくない確率で「あ! 私もダメなんですよね~。」と、のたまう人物に出くわすのだ。
それ以外の人からは「リンゴ、駄目なんですか? 珍しいですね。じゃあ、梨も?」などという質問が出て来る展開に発展する事が多いのだが、こうなると、もういけない。
「全然、音が違うじゃないですか!」
私に同意してくれた人物が、鋭く反論する。「梨を齧る時の音は、こう、もっとジューシーというか、ジョリっと液体が迸る感じがあるでしょう? リンゴの無機質な乾いた音と違って!」
「え~? そうかなぁ……。変わんない気がするけど。」
こうなると、私も黙っていられない。
「全然違います。梨を食べる時の音は、リンゴを齧る時の音よりも、むしろ大根をオロシ金で摺りおろす時の音に近い。リンゴを齧る時に出る音は、磨りガラスに爪を立てる時の音や、歯医者のチュイーンに近い!」
「磨りガラスの方は分からなくもないけど、歯医者の研磨機が出す音は全く別物でしょう。」
「ア゛ー!!! 分からない人だなあ! 背筋や首筋にゾクッとくるところが共通なんだよ!」
こうして、阿鼻叫喚の夜は更けてゆくのだ。
だから、『冬の童話2018』のお題を見て、白雪姫が「生のリンゴを齧るのは死ぬほどイヤ!」と考えたとするif設定を読んでも、その理由は、私には「白雪姫も、ご同類だったのだろうな。」としか考えられなかった。
けれど、その考えは「目からウロコ」の思いだった。
そうなのだ。
白雪姫が倒れたのは、毒リンゴの毒に中毒したからではない!
元の童話でも、彼女は口にしたリンゴの塊を、喉に詰まらせて窒息するのである。
リンゴという物は、喉に詰まるほどの大きな塊を、噛み砕かずに飲み込むのが正式なマナーであるなどと書かれた礼儀作法の指南書が、在るなら誰か持ってこい!!
蕎麦通と呼ばれる人たちは
「ソバってぇのは、くっちゃくっちゃ噛んでから飲み込む食いモンじゃあねェ。こう、つるつるっと手繰り込んで、喉で味わうモンなんだ。」
みたいな事を言うけれど、リンゴに関してはリンゴ好きを自認する人々からも
「リンゴを噛むなんてのは、とんだ野暮天の喰い方よ。江戸っ子は、リンゴは丸呑みにするんだ。おととい来やがれ!」
などという指摘を受けた経験がない。
だから元ネタである白雪姫殺人未遂事件が、中毒事件なのではなく、奇妙な窒息事件であったは
『彼女がリンゴを噛んだり齧ったりする時に出る音が嫌いで』
『それでも世間様との付き合い上、噛み砕きたくないリンゴを、嫌々口にせざるを得ず』
『噛まずに無理に丸呑みにしたせいで、喉に詰まらせて窒息した』
という一連の解答が、論理的に導き出されるのである。
いや、恐れ入りました。
このif設定をお題に企画した人は天才!
……と言う事で、この項を〆たいと思います。
お後が宜しいようで。