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誰が為の「キビダンゴ」 1

 桃太郎にキビダンゴの生産を委託されたお婆さんは、はて、と首をかしげました。

 キビダンゴとは何でしょう?


 黍粉きびこの風味を着けた小麦粉や餅粉の団子が「キビダンゴ」としてメジャーになるのは江戸期のことです。

 岡山県全域と広島・兵庫・香川の各県の一部を併せた『吉備国きびのくに』が存在する、ムカシ・ムカシのお話の現時点では、まだ有名菓子として存在しないのです。


 それに古来『五穀ごこく』と称される5種類の主要穀物の内訳は

○米・麦・あわ――当選確実

ひえ・大豆・小豆――当落線上

○黍――惜しくも落選か?

蕎麦そば――残念ながら……

という位置付けであり、ことさらに黍を使用した団子を作る理由が分かりません。


 水田開発が進んだ律令りつりょう国家時代の日本では、メインの税は稲が基本であり、また食味という点においてもジャポニカ米の『コメ』が好まれていました。

 保存の効くカロリー源として重要だとはいうものの、黍は言ってみれば、その他穀物の扱いなのです。


 一方、唐においては祖は粟で収める事になっていました。こちらでも黍が主流になっていた訳ではありません。

 ちなみに中国東北部から朝鮮半島北部においては蜀黍しょくしょもしくは高粱こーりゃんと呼ばれる『モロコシ』の栽培が盛んであった時代がありますが、モロコシは基本的には暖かな地域に適した作物であり、寒冷な中国東北部などで作付けが広がったのは、乾燥に強い作物だからという理由からでしょうか。(蜀黍には「黍」の字が入っていますが、本来の黍とは別の植物です。)

 ついでに申しますと、『トウモロコシ』を漢字で『玉蜀黍・唐黍』と表記し『トウキビ』と呼称したりしますが、日本伝来は大航海時代のポルトガル人によってもたらされた物であり、唐が滅亡して長い年月が経過した時代の出来事です。


 収穫した黍を石臼で挽いて粉末にし、団子や餅状に成型加工するのは、勿論可能ではあるのですが、かゆとして食されるのがメインであった黍を、わざわざ団子状にして軍事用の携帯糧秣に充てたいという桃太郎の真意が、お婆さんには計りかねるのです。

 しかも桃太郎は「キビダンゴはキビダンゴでありさえすれば良いのです。ことさらに黍粉で作成する必要はありません。お婆さんが作ってくれた『キビダンゴ』である事のみが、必須条件なのです。」などと、訳の分からないことを言います。


 可愛い桃太郎の頼みですから、携帯糧秣には『ほしいい』でも『焼米やきごめ』でも、何でも用意してあげようと考えていたお婆さんにとっては、『キビダンゴ』を用意するというミッションは、とても意外な事でした。


 お婆さんが台所で頭をひねっていると、お爺さんが外出から戻って来ました。

 「バアさんや、ふなの干物を仕入れてきたぞ。これも桃太郎に持たせてやろう。」


 お婆さんは、お爺さんに相談する事にしました。

 「オジイさん大変です。桃太郎は『キビダンゴ』を持って行くと言うのです。ほしいいなんかではなく。」

 それを聞いたお爺さんは、悲しそうな顔をしました。

 「実の子、実の孫のように思って育ててきたが、桃太郎には遠慮が有るのだろう。黍は確かに米より安い。」


 子供がいなかった老夫婦は、子供がわりに長い間一匹の猫を可愛がっていたのですが、ある日その猫が、ふいっと家出をしてしまったのです。

 猫のタマと入れ違いうように家にやって来た桃太郎に、お爺さん・お婆さんは、実の子・実の孫以上に愛情を注いていたのでした。

 そして、お爺さんが桃太郎に持たせてやろうと調達してきた鮒の干物は、いなくなった猫のタマの大好物だったのでした。


 お婆さんは首を振ってお爺さんの発言を否定すると

「そうではありません。あの子は『黍粉で作るのは必要条件ではない。』と言っています。私が『キビダンゴ』を作る事のみが十分条件に該当する、と言う事のようです。」

と頭を抱えました。


 「それはまた……難しい話だな。」お爺さんは腕組みして首をかしげます。「この鮒を、お前が桃太郎に『キビダンゴだよ。』と言って手渡せば、キビダンゴとして受け取ると言うのか?」

 「さすがに、それは無理でしょう。その干物は私がこしらえた物ではないし、第一、団子ですらない。少なくとも粉体を丸めた物でなくてはなりません。」

 「確かにな。ここは吉備の国であるから、ここで作った団子状のモノなら『吉備団子』と命名しても、誰も文句は言えないだろうが、あつものを作っても『吉備汁』にしかなるまいな。」


 お婆さんは「なぜ団子なのでしょう? 団子なら確かに携帯性も良く、直ぐにでも可食可能ですが、長期保存を考えれば生米や糒に分が有ります。餅にしておけばかびが生えても表面を削ればよいけれど、団子ならそういう訳にもいきますまい。」

 現在では、餅のカビにはアフラトキシン生産株がコンタミネーションしているリスクが有りますから、食べない事が推奨されていますが、昔はカビた部分だけを削って普通に食べていたのです。


 お爺さんは、しばらく無言で考え込んでいましたが、「そうだ!」と膝を打ちました。「武器として使用すんだよ。きっと。」

 「武器にですか? お団子を?」お婆さんには、お爺さんの発言の趣旨が、今一つ理解出来ません。


 「そうなんだ。信州しんしゅう伊那谷いなだにでは、『やいだなやまのやまんば』を、団子を使って退治したという実績があるのだよ。」

 お爺さんはお婆さんに焼棚山での実戦使用例を講釈します。

 「伊那谷の衆は、毒を仕込んだ酒と熾火おきびをくるんだ団子を山姥やまうばにプレゼントして、山姥を退治したのだ。」

 熾火というのは、まきが燃えた後に炭火の様に焼けている物の事を言います。当然、可燃物を近付ければ燃え上がります。

 村人たちは、山ごと炎上させてしまうという徹底的な焦土作戦により、山姥に対抗したのでした。


 「お爺さん、それは不可能に思えます。」お婆さんは、お爺さんの顔にビシィっと指を突き付け、作戦のあらを言い立てます。

 「赤くおこった炭火の塊にデンプン質の皮を被せても、団子の皮はすぐさま焼けてしまうでしょう。逆に、簡単に燃え上がってしまわないほど分厚い皮でくるんだならば、酸欠で熾火は消火されてしまいます。……毒の酒はともかく、熾火の団子はトラップとして機能しません。」


 「おいおい、私にそんな事を言っても仕方があるまい。これは昔話でファンタジーなのだよ。科学的な考証を持ち込むのは、お門違いというものだ。……それを言うなら、鬼や山姥の存在から否定しないと。」

 お爺さんも憤然として反論します。


 けれどもお婆さんは一歩も譲りません。

 「古来、オニは空想上の妖怪を指すばかりでなく、朝廷にまつろわぬ者という意味も含まれています。ヤマウバ伝説にも、いわゆる『山の民』の存在の片鱗が見て取れます。鬼や山姥と、里の民との間には、緊張関係ばかりでなく友好的な交流関係が有った事を示唆する伝説も存在するのです。」


 「分かった、分かった。」お爺さんは、話題が本題から逸れて行くのを憂慮して、お婆さんに形ばかりの降参をします。「熾火の団子はナシにしよう。……でもお前、それならば、どんな団子を作る心算だい?」

 一見、降参した様に見せて、お爺さんは痛い処を突いてきます。具体的な対案が無いのは、お婆さんの方なのですから。


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