コーヒーを飲みながら…
しょんべん横丁通りにあるオカルト喫茶店。その表玄関の壁には、小学生たちがクレヨンで描いた様々な絵が、透明なビニールにかぶせられ貼られている。
ここには、数ヶ月くらい前から通っている。通っている、というか、月に1、2度顔を出す程度だ。ここのブレンド・コーヒーは、200円という値段の割りには、結構イケる。300円で、『おかわり自由』というところも魅力のひとつだ。
「お久しぶりです」と同時に、マスターが「いらっしゃい」と声を掛けた。L字型のカウンターに沿うようにして、少し窮屈に7つのパイプ椅子が並べられている。そのひとつのカウンター席に座っている日中さん、という人が、挨拶代わりに手を上げた。店内の奥で、くわえタバコをしながら、インベーダー・ゲームをしているのが、中村さんという人だ。ガラス・テーブルの上には、散らばった100円玉と、灰皿と飲みかけのアイスコーヒーがある。
「ご無沙汰してました」 席に着くなり、ホット・コーヒーを注文した。
カウンターの中にいる初老の紳士は、米沢仏男。ここのマスターだ。初めてここに来たときに、名刺を交換した。大家さんに家賃を払い、20年以上前からこの喫茶店を運営しているという。
7つある椅子のど真ん中に座っているのが、日中英樹さん。日中さんは、ほぼ毎日この喫茶店に来ているらしい。
背中を丸め、テーブル・ゲームをしているのが、中村豪雄さんだ。この2月の真冬に、半袖短パンの格好をしている。年齢は70代そこそこらしい。リンゴ体系だが、鍛え抜かれた上腕の筋肉がみてとれる。独身らしいが、詳しくは分からない。県外で40年近く、機動隊の仕事をしてきたという。柔道7段、剣道8段といった有段者で、柔道による練習で、片耳が変形しているのが勲章だという。若い頃、5人の愚連隊を相手に、1人で闘ったことがある、という自慢話が口癖だ。この喫茶店がなぜ、オカルト喫茶店かというと、ここの客はみんな、地球人以外の生命体や惑星の存在を信じているからだ。先月、米国大統領候補者のひとりであるヒラリー・クリントンが、「エイリアンは、既に地球にいる」という爆弾発言をしたが、僕らもそう思っているのだ。
ちなみに僕は、霊の存在を信じている。僕はもともとオカルト好きでもなんでもなかった。では、なぜオカルトを信じ、オカルトが好きになったかというと、幽霊を見たからだ。14歳の時のことだ。確かにあれは、幽霊だった。生まれて初めて目にしたものだが、確かにあれは幽霊だ、という以外に言いようがない。
夜の9時近い時間帯だったし、目撃者もいないから、誰にも信じて貰えない。だけど、アレは一体なんだったのか…。約50メートル先の舗装道路の上を歩く、弱々しくも蒼白い発光体のようなものだった。輪郭はあるようでないような、白いワンピースみたいな洋服を着た女性だった。掛け軸で見たことがある幽霊のように、足首辺りが空気と同化して見えなかった。そんな浮游したものが、僕の目の前を横切ったのだ。
女性はそのまままっすぐに、塀に囲まれた月間駐車場に入って行った。僕は、チャリで追いかけた。
彼女が入った駐車場に入り、彼女を探した。会話をしてみようと思ったんだ。僕は、怖いもの知らずだった。しかしだ。その塀に囲まれた駐車場のどこにも、彼女の姿は無かったのだ…。
「そういえば、マスター。安保法案が可決されましたね」
僕は、話題を切り込んだ。2015年9月19日午前1時30分。僕はこの日、参議院本会議で安保法案(安全保障関連法案)が可決する瞬間をテレビで見ていた。反対議員による内閣不信任決議案、議長不信任決議案、委員長解任決議案という引き延ばし作戦。牛歩戦術…。70年間の長きに渡る歴史が、塗り替えられた瞬間だった。
「ああ、戦争法案ね…」
マスターは、別段驚いている様子はなかった。
「これにより、事実上、日本の安全を根底からくつがえす集団的自衛権の行使が可能になるというわけですよね?」
「この法案は、日米同盟にとっては、とても良い事なんだよ。平和な暮らしを守るために、集団的自衛権は、必要な法制なんだよ」
そう言って、マスターは、食器棚に並んだコーヒー豆の入ったガラスビンの蓋を開けた。そして、専用のスプーンでコーヒー豆を取り出すと、コーヒー・ミルの中にパラパラと落とした。
「集団的自衛権って、仲間が攻撃された時、一緒に反撃できる権利のことだろ?」
日中さんが、エコーの安い煙草に火を点けた。
「アメリカって、仲間だったんですか(゜ロ゜ノ)?」
僕は、わざと声高に笑ってみせた。率直な意見を求めるためだ。コーヒー豆が粉砕される音が聞こえる。「肩を並べて、一緒に何かを行う間柄さ」
そう言いながら、日中さんは、天井に向けて煙を吐き出した。
「なるほど…」
世界地図を思い描くと、日本とアメリカは、柴犬と白熊ほどの違いがある。いや、トンボとトンビか。メダカと鯨と言うべきか。
「つまり、トモダチだね(^^)/\(^^)」
いや、僕の頭の中では、トモダチというより、みつぐ君というイメージだ。
「互いに心を許しあっている間柄のことさ。つまり、親友さ」
「えっ!!(゜ロ゜ノ)アメリカって、親友だったんですか〜」
僕は、椅子から転げ落ちた。座り直しながら、「いつからだったんですか?」と聞き返す。
僕にはこの25年間、親友と呼べる人に巡り逢ったことがない。友達ならたくさんいるが、そんなに簡単に、親友と呼べる人はいないからだ。
「アメリカとは、鎖国以来の親友なんだ。」
日中さんが、煙草の煙を僕の顔に吹きかけた。
「国際デビューさせてもらって、そのあと色々あったし、ケンカもしたけど、アメリカとはもともと仲良しなんだゼ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい。仲良しとは言ってもこの集団的自衛権、防衛のためと言っても人を殺すことに繋がるんだから、悪友と呼ぶのでは・・・?」
僕の頭の中では、悪友のヤンキー友達に、使い走りされそうなお坊っちゃまのイメージだ。憲法9条の家訓に守られて、パシリしなくて済んだという感じの。
でも、日中さんは、こうは思っていないだろうか。世界経済でいえば、長距離マラソンのトップランナーの背後に食らい付く、セカンドランナーの存在が、今の日本だ、と。大国中国に、追い抜かれはしたが、『ゴール手前で絶対に追い抜いてやる』と必死に食らい付くセカンドランナーの姿をイメージしているのではないだろうか。
「でもなんで、ひと昔前の敵が、今は親友なんですか?(・◇・) 」
「確かに、欧米列強が一番悪い存在だ。日本の戦争責任や賠償問題ばかりが攻められるが、日本はアジアの諸外国に尊敬されているんだぞ。アメリカが、原爆投下を素直に謝っていれば、こんなことにはならなかった。」
マスターは、黙って沸騰したポットを持ち、先端が細長い金色のケトルにそのお湯を移した。そして、粉砕されたコーヒーの入ったペーパー・フィルターの上から、ゆっくりと螺旋を描くようにお湯を注いだ。
サーバーに、抽出された黒色の雫が、ポタポタと落ちていた。
NHKスペシャルの【映像の世紀】のテーマソングが、ラジオから流れていた。リスナーが、リクエストしたものだろう。
日本が、戦争をしていなければ…。日本が敗北さえしていなければ…。そう思うことがある。だが、勝利していれば、この論争はもっとヒドくなっていた、という人もいる。戦後生まれの僕には、正直よく分からなかった。
「人はなぜ、戦争をするのでしょうか」
「自分が一番かわいいからさ。人間ってのは、隣で美味そうなものを食ってるヤツを見ると、ぶん殴ってでも、ぶん捕ろうとする生き物なんだ。しょせん、そういう動物なんだ。」
「そもそも、なぜ日本は、太平洋戦争を始めたんですか?」
「開戦せざるを得ない理由があったからだよ」
マスターが言った。「日本は、対日経済封鎖によって、石油やゴムや食料の資源のほとんどを、供給停止させられたからだよ。特に、石油は、国家存続の生命線でもあった。それに、太平洋戦争は、侵略戦争ではなく、アジアの植民地を解放し、白人優位の人種差別を打ち砕いた聖戦でもあったんだよ」
アジアの諸外国の中には、「別に解放してくれ」などと頼んだ覚えもないのに、「勝手に正義観を振りかざすな」と思っている国もあるらしい。本当のところは分からないが。
マスターは、時々こっちを見ながらそう言った。
「大東亜共栄圏ですね」大東亜共栄圏とは、欧米列強の植民地支配から、東アジアや東南アジアを解放し、日本国を盟主とする共存共栄の新たな国際秩序を目指した構想のことである(ん( -_・)?なんかニュー・ワールド・オーダーに似ている。)。
「だからもっと日本人は、自国の歴史についてきちんと説明できるだけの誇りと自信を持たなきゃ駄目なんだよ。有色人種は、差別してもかまわない、有色人種は、劣性民族だから、植民地にしてもかまわない、という欧米の理論を崩したんだからね」
マスターは続けた。
「教科書なんか、悪い所だけ教えて、いい部分は教えないだろ。そういった偏った教育が良くないんだよ」
サーバーに、コーヒーが滴り落ちている。マスターは、ケトルを持つ手を休め休め話しを続けた。
「笑男くん。八紘一宇って言葉知ってるか?」
「はい。世界を1つの家にする、という意味のスローガンなんですよね」
《八紘一宇》という言葉は、第2次世界大戦中に、日本の中国や東南アジアへの侵略を正当化するためのスローガンとして用いられたという。
「そう。つまり、太平洋戦争は自衛のための戦争であり、欧米列強による植民地支配や人種差別を打破した大義の戦争だったんだよ。今こそ自虐史観を撤回し、英雄たちの名誉を回復するべきなんだよ」
なぜ、戦争というものは無くならないのだろう。古代ギリシャの歴史家トゥキディデスは、【利益】【恐怖】【名誉】という戦争がなくならない3つの原因を述べた。
正義観を持つ人間は、優越感を感じる。万能感というべきか。もしくは、優越感があるから、正義観も持てる、と言うべきか。
ちょうど、スタートした自動車がまだ一度も赤信号で止まったことがない状態に等しいものだろう。自動車のアクセスを踏みつけ、いくら暴走させても赤信号に当たらない青信号状態と言うべきか。スタートしてから米国に敗戦するまでの、当時の日本国のそれだったのではないだろうか。
「なぜ戦争するのか?」と聞いたら、「自分が一番かわいいから」そうストレートに答えた日中さんに、僕は敬意を表する。なぜなら、人間にとって自己愛は、既に誰もが持ち合わせているものだからだ。だからこそ、利己的行動も利他的行動も生まれる。
だが、戦争になれば、等しく自己犠牲を強いられる。特に庶民は。多数決による民主主義も通用しない。個人主義も通用しない。最大多数の最大幸福のために戦うだけだ。いや、最小少数の最大幸福のために戦うのかも知れない。
そう言えば、『世界には、諸外国をまとめるガキ大将という存在が必要なのだ』と言っていた人がいた。つまり、世界のリーダー的存在だ。
それは違う、と言う人もいる。なぜなら、世界には国連(国際連合)という、安全保障や経済や社会等の国際協力を目的とする国際組織が存在しているからだ。加盟国は、約200ケ国あり、日本も加盟している。
もし、世界のリーダーが暴走族だったのなら、世界を間違った方向に進ませてしまうことになるからだ。
国連は、ある国が武力によって他国を攻撃した時には、加盟国がみんなで力を合わせて攻撃を止めさせることができるという保障を担っている。
「国連なんか役に立たないさ」
日中さんはそう言った。
マスターは、抽出されたばかりのコーヒーを、静かにコーヒー・カップに注いだ。そして、カウンターにいる僕の前に、ソーサーを敷き、ホットコーヒーの注がれたカップとスプーンとミルクとチョコレートを2個置いた。日中さんは、足を組んだ姿勢で、それを眺めながら、静かに煙草を吹かしていた。
僕は、中学時代にイジメに遭っていたことがある。それは、イジメられていた奴を庇ったから。面白がられたんだ。僕は、イジメている奴に手を出したことがない。何度も食いとどまったんだ。
僕の同級生に、学校を出席停止させられた奴がいる。ソイツは、イジメっ子をボコボコに殴ったんだ。今の法律では、たとえ相手が悪くても、先に手を出した方が悪くなる。だけど限度を知らないソイツは、相手を半身不随にしてしまったんだ。
これを、今の日本に当てはめるなら、黄色人種を差別していた欧米列強に対し、ボコボコにやってやろうと思った。徹底的に成敗してやろうと思った。だけど、逆にボコボコに殺られた、というところだろうか。
僕も、過去の戦争は、百歩譲っても正義の戦争だと思っていた。だけど、言っていることと、やっていることとが違うんじゃないか、と感じたある報道に失望したことがある。
それは、【フィリピンの小6女児イジメで自殺】という記事だった。人種差別によるものだ。こういった陰湿なイジメによる自殺が後を立たない。もちろん、日本人同士でもだ。
僕は思う。もし、先の戦争が、本気でアジアの植民地を解放するために引き起こした戦争だったなら、こういったアジア人同士のイジメなんかあり得ないんだと思う。弱い者イジメもあり得ない。【世界を1つの家にする】といった八紘一宇の大義名分も、今の僕には、単なる失望でしかない。
「それじゃあ、もし戦争になったとして、米政府は本当に日本を守ってくれるんでしょうか」
日米軍事同盟で、米国は日本を守る代わりに、日本は基地を提供し、毎年5兆円の軍事費を支払っている。《いざとなった時には、米国が日本を守ってやる》そういう約束だ。
「分からないね」
日中さんが言った。
日本は今、相対的貧困率が16%という世界に冠たる貧困大国になってしまった。相対的貧困率とは、平均的な生活水準の半分以下の収入で生活をしている人たちの割合だ。
「日本は、今まで金銭で軍事問題を解決してきたらしいんですが、その金が無いんで、今度は体で払え、っていうのが集団的自衛権だと言っていた政治家がいましたが…」
僕がなぜ、「日本にはお金が無い」と言うこの政治家の話を信じるかというと、あの3.11の東日本大震災は、自然災害ではなく、ハープという地震兵器によるテロ災害かも知れないと思ったからだ(地震兵器によるものかも知れない、と原稿に書いたらボツにされた)。
全ての証言の裏は取れていないらしいが、3.11の震災はどうもアメリカ側の恐喝だったらしいのだ。当時の日本銀行の白川方明総裁は、その要求を断ったのだという。そこで今度は、当時、政権を握っていた民主党の管政権にターゲットを代えて要求した。
更に、地震テロに恐れをなした管直人元首相は、地震の翌日60兆円を支払ったというだ。それが、60兆円とも500兆円とも言われている。だからこそ、今の政府が言う『金が無い。』という言葉に真実味があるのだ。
「そんなことないよ。集団的自衛権は、あくまで防衛策であって、もともと必要な権利なんだからさ」
「でも、僕たち世代の多くが、これからの将来に不安を持っています。しかも、僕たち世代は、年金を間違いなくおさめてても、本当に将来、貰えるかも不安なんですね」
図書館に置いてある幾つかの新聞記事の中には、『日本人の高齢者の9割が下流老人になる』と書いてあった。
下流老人とは、生活保護基準相当で暮らす、または、その恐れのある高齢者のことである。収入がない。充分な貯蓄がない。頼れる人がいない。そういった下流老人が、将来社会で9割になる、と言うのである。
ここにいる人たちは、「そんな事はない」という表情で笑った。
だが、これは笑い事では済まされない。2015年、東海道新幹線で、高齢者の男性が焼身自殺をし、乗客の女性が一人巻き込まれた列車火災事故となった事件があった。その男性は普段から、「年金が少ない。暮らしていけない」と不満を漏らしていたという。僕の周囲を見渡しても、そういう人が多い…。
「ひょっとしたら、僕ら若い世代には、戦争でさっさと死んで貰いたいと思っているとか?」
「そんな事はないよ。払っている人は、間違いなく貰えるよ。消費税を上げて、足りない分は補うんだよ」
「消費税は今まで、社会保障に当てる、社会保障に当てる、と繰り返しながら、ちっとも社会保障が良くなった試しがないような気がするんですね」
日本はもう既に、超高齢化社会に突入している。更に、少子化なので、逆三角形のピラミッド型の構図だ。3人で1人。いずれは、2人で1人を支える事になると言われている。しかも、現在の年金制度では、社会保障費が払えない、と聞いている。
「やっぱり、消費税率を下げて、消費を活発にさせた方が、景気は良くなると思うんですけどね」
「もちろん、増税には賛成しないよ」
「だけど、企業の法人税は減税していますよね」
「企業が国に支払う法人税の実効税率は、約30%なんだけど、この他にも、社会保障料などの隠れた税金があって、合計すると50%以上も支払っているんだよ」
「でもそれは、零細中小企業だけの話しで、大企業には、減税しているんですよね」
「大企業が、今の日本の経済を引っ張っているんだよ。大企業の景気は、そのまま日本の景気を反映してるんだよ。だから、仕方ないさ」
「ははは。僕はずっと、大企業が溜め込んでいる300兆円の内部留保は、いずれ家計に回ってくるんだと思っていました。いずれ、若者世代に還元するものだと」
大企業が儲かれば、いずれ国民に滴り落ちるという経済拡大効果論、これをトリクルダウン論という。富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる、とする論だ。だが、この理論が成り立つには、いずれ国民に還元するということが前提だ。
ちなみに、300兆円という金額が、数字の上では分かるが、実際どれほどのものか、正直言って庶民には見当がつかない。現に、ここに居る誰もが、すぐには答えられなかったからだ。
長さで測れば、新札の100万円を重ねれば1センチだ。1億円で1メートル。1000億円で1キロメートル。1兆円で10キロメートル。ということは、300兆円で3000キロメートルだ。そして、北海道から九州をつなぐ日本列島の距離が、約3000キロメートルだ。これらは全て【死に金】なのだ。
「だから、今回の戦争法案には驚きなんですね」
「だから、これは戦争なんかじゃなく、自衛なんだって」
日中さんが、8本目の煙草の火を灰皿に揉み消した。
「戦争に非道は付き物です。平和のための戦争だ、と言われても、とても理解できないんですね」
「たとえば、君が誰かから急に襲われたらどうする?」
いつの間にか、カウンター席に移っていた中村さんが口を挟んだ。
「逃げる間もなく、急に相手から襲われたらだよ。斧でも何でもいい。急に相手が君を襲ってきたら?いつもヤられっぱなしかい?どうする?普通、反撃しないかい?」
僕は、中村さんの質問に、答えることが出来なかった。なぜなら僕には、急に斧で襲ってきた相手に動じず、丸腰で立ち向かう度胸なんてないからだ。なぜ相手が僕を殺そうとするのか、考える前に、もし拳銃さえあれば、きっとそのまま発砲する道を選んでしまうかも知れないからだ。
だが、この場合の発砲は、正当防衛だ。急迫不正の侵害に対し、自己または他人の権利を防衛するためにやむを得ずに為した加害行為だ。これを国の権利に当てはめれば、個別的自衛権だ。武力攻撃を受けた国が、必要かつ相当な限度で、防衛のため武力に訴える権利で、集団的自衛権とは区別される。
「学校のイジメと同じだよ。笑男くん。学校でイジメられ続けている子は、ずっとそのままイジメりれっぱなしでいいのかよ。何ひとつ反撃できなくていいのかよ。その子が、自殺してもいいのかよ。今のままでは、学校にその実態を訴えても何も改善されないんだよ」
中村さんはそう言った。
確かに、そうかも知れない。僕は唇を噛んだ。個別的自衛権とは、防犯カメラの役割を果たしているような気がする。たとえば、訴訟を起こすにしても、正確な証拠を必要とする。防犯カメラは、その証拠を残す役割を担っている。被害者が出た後の話しだが。また、隠蔽されなければ、の話しだが。
訴訟をするには、膨大な時間と費用がかかる。被害が大きければ大きい程だ。
確かに、憲法の条文には、『すべての国民は法の下に平等であり、人種、信条、性別、社会的身分や門地により、政治的、経済的、社会的においても差別されない』とある。しかし、今の社会の実態は、時間と費用に余裕のある人しか訴訟は起こせない。
そして、たとえ訴訟を起こしたとしても、自殺した被害者は、報われない結果しか出ないのが実態だ。損害賠償の和解金が、すべてを物語っている。
子供の価値は、決して金額ではかれないが、生きていればこそ報われた人生もあるとすれば、あまりに粗末な値段である。結果、イジメ問題に関われば損をする、という風潮が、子供たちに無関心を生んでしまった。
中村さんはつまり、正当防衛権を行使できず、声を上げられない性格の被害者の代わりに、自分が加害者をぶん殴ってでも、手を差し伸べてあげられる憲法にすべきだ、という事が、言いたいのかも知れない。
ということは、正当防衛権である個別的自衛権では今ひとつ物足りなく、もう一歩踏み出した集団的自衛権という発想が必要なのだ、という考えの持ち主なのだ。
中村さんは、近くの病院に薬を取りに行く、と言って喫茶店を後にした。それを見送りながら、マスターが話を続けた。
「問題の今の憲法は、半分GHQが考えた憲法なんだよ。占領国に押し付けられた憲法なんだよ。自国の憲法は、自国で作らないと」
日本国憲法は、1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行された。草案は、GHQの意向が加わったものかも知れないが、最終的には昭和天皇が承認したものである。
(9条は幣原首相が提案したとも言われる)
「大日本帝国憲法に戻るだけだと言う人たちもいますが。」
「何言ってんだ。自主性を重んじた押し付け憲法だよ」
「でも、この戦後70年の間に、日本を攻めてきた国なんてないじゃないですか。たとえもし攻めて来たとしても、正当防衛権である個別的自衛権を発動すればいい話じゃないですか。別に、集団的自衛権なんか必要ないと思うんですよ」
「個別的自衛権も集団的自衛権も、自主防衛権であることは確かだからね。それに、日本が今までどこからも攻められなかったのは、アメリカという存在があるからで、もしアメリカが日本を守ってくれなかったら、日本は隣国から攻められていたかも知れないんだよ」
「だからといって、まだどこからも攻められていない段階で、日本の自衛隊が海外に行って戦争の片棒を担ぐっていうのは、オカシイと思うんですよ。それに、日本への攻撃が予測されていなくても、事実上の先制攻撃も出来るようになるって。」
隣国の復讐を恐れていればこそ、こういった発言も生まれるのかも知れない。
「日本を取り巻く状況は、刻々と変化してきているんだよ。つまり、北朝鮮の核ミサイルの脅威や中国による尖閣諸島の領海侵犯や治安やテロの脅威だよッ!!!」
「尖閣諸島って、今、無人島なんですよね?」
「うん。」
「なぜ、そんなに大事な島なのに無人のまま放りっぱなしなんですか?そんなに言うんだったら、旗を立てたり、草むしりでもして、占有権を主張すればいいんじゃないですか?」
僕の頭の中では、尖閣諸島は、ビュリダンのロバみたいなものだ。お腹を空かせたロバが、左右2方向に道が分かれた場所に立っていて、双方の道の先には、全く同じ距離、同じ量の干し草が置かれていた場合に、ロバはどちらの道にも進まず餓死してしまうという、意思決定論を論ずる場合に引き合いに出される心理学用語だ。
もしくは、意見が分かれて、いつまで経っても結論に至らない小田原評定とでも言うべきか。
「だからといって、領海侵犯は、許されることではないだろう?」
日中さんが言った。
2012年、アメリカのパネッタ前国防長官が来日した際に、日米会議の席で、「アメリカは、主権に関する紛争で、いずれの肩も持たない」と述べている。つまり、尖閣諸島問題に関して、日本と中国が衝突しても米軍は出さない。つまり、日米安保は発生しないと述べている。
しかし、2年後の2014年4月に、アメリカのヘーゲル前国防長官が来日した際には、「アメリカは、一方的で抑圧的な行動を取り過ぎている。日本の政権を軽視する行動に反対の立場を取る」と述べている。これにより、日米安保は回復したと言える。
そして、その2週間後に来日したオバマ大統領も、「尖閣諸島問題は、日米安保の適用範囲内である」と述べ、アメリカ大統領として初めて尖閣諸島の防衛義務を明言した。
「オバマ大統領も尖閣諸島は、日米安保の適用範囲だと明言している訳だし、もし中国が尖閣諸島に手を出せば、米軍が黙っていないでしょう」
「だけど、アメリカが、本当に日本を守ってくれるかどうかは、分からないからね。だから日本も、核ミサイルを持つべきなんだよ」とマスターは言った。
どうして、こういう事になるのだろう。この発想は、恐ろしいことだ。日本を敵視している国が、日本を脅してきたら、「ただじゃおかないゼ!」という事を暗に匂わせていることになる。
つまり、相手が拳銃を持ち出し、脅してきたら、こちらも拳銃を取りだし、相手を威嚇し、攻撃すべきだという発想だ。こんなことをしていれば、いずれアメリカの銃社会のように、一家に一台の自動車社会ではなく、一家に一丁の拳銃時代がやって来やしないだろうか?車社会から、銃社会の時代の到来…そんな予感がする。
2014年4月1日、武器輸出三原則が撤廃され、かわりに新原則が閣議決定された。
武器輸出三原則とは、共産国諸国や、国連決議により、武器の輸出が禁止されている国や、国際紛争の当事国または、その恐れのある国について、武器輸出を認めないというものだ。
武器輸出三原則は、平和国家としての道を歩む中で、一定の役割を果たしてきたが、時代にそぐわないものとされた。しかし、新原則の決定は事実上、軍事国家の解禁宣言を意味する。日本がふたたび軍需産業化することにより、経済は成長し、(死の商人として)財政も再建されるだろう。
軍産複合体と一体化し、大企業が溜め込んだ300兆円もの内部留保は、軍事用の設備投資として活用されていくに違いない。労働派遣法改悪による【生涯ハケン】を推し進めながら…。
(大学も軍事研究しなければ生き残れなくなる)
マスターは続けた。
「今までは、憲法9条の縛りや制約があるせいで、立場上、何もできなかった」
「でも、日本は、完全に戦争から手を引いたはずですよね。憲法は、権力の横暴を戒めるものだと。南京大虐殺や731部隊や従軍慰安婦の問題だって、まだ解決されていません」
「それらは全てでっち上げだよ」
マスターは、それらは全て捏造されたものだと否定した。
「信憑性に乏しいし、内容の一部しか公開していないし、所有者に無断で写真を使用するし、全てが日本を貶めるための歴史の捏造なんだよ。」
「誰が、そんなことを?」
「日本に、自虐思想を植え付けるために、GHQや日本の左翼、中帰連の奴らだよ。国民は、洗脳させられてるんだって」
では、僕が歴史教科書で学んだもの、様々な人の証言や映画や、図書館で見た図鑑や資料はいったい何だったのだろう…。
生きている人間の目的は、過去の歴史がいったい何であったのか、後世に伝える役割も担っている。生きていく上で人は、事例やマニュアルや教訓を必要とするからだ。
その瞬間、僕の心の中に仲間意識が芽生えた。
この場所にいると、なぜか不思議と、そんな気がしてくるのは何故だろう。戦後生まれのニュー・フェイス。新人類の僕たちにとって、それらの戦犯は本来、単なるでっち上げであってくれれば救われる。
なぜなら、僕たちには、関係ない。遺伝子上は、消えない記憶かも知れないが、魂の上では、全くみに覚えが無いからだ。
果たして誰が、産まれたばかりの赤ん坊に、『お前らは、血塗られた一族の末裔なのだ。』『お前らは、呪われし国に産み落とされた宿命なのだ。』と吐き捨てる事ができるのだろうか。
僕は、性善説を信じたい。輪廻を信じるなら、性悪説も否定はしない。『潔く負けを認めるのも男だ。』と、言っていた某作家の言葉を思い出す。
安倍首相は、国会の場で、ポツダム宣言すら否定した。
僕が思うに、現政権は、新右翼。新自由主義者の筆頭。自分らが、新たなルールだと思っている。【新世界の秩序】だと。
「たとえば、従軍慰安婦が存在した証拠は、全て燃やされて隠滅されたんだと聞きました。燃やすのに、2日間掛かったと。だから、公式な文書など残されていないって」
「慰安所で、慰安婦を性奴隷にしていたなんて、そんなの有り得ないんだよ。事実無根なんだよ」
「それはつまり、たとえばラブ・ホテルから男女が出て来たとして、別に何事も無かった、と?」
「そうだよ。それに、たとえそういう事があったとしても、従軍慰安婦問題はすでに、日韓請求権協定で、日本が賠償金を払い、解決済みなんだ。」
日中さんが言った。
日韓請求権協定とは、1965年に結ばれた財政および請求権に関する問題の解決並びに、経済協力に関する日本と韓国との間の協定のことだ。日本が韓国に、5億ドルの経済支援を行うことで、両国および国民の間での請求権を完全かつ最終的に解決したとするものだ。
「でも、解決されていないから、問題になるんじゃないんですか。それに、強姦されて殺された人もいたって」
「アイツら、自分たちがやった事を、他人がやった事にしてるんだよ(笑)。それに、切りが無いんだよ。次から次と金欲しさに、便乗慰安婦が増えるだけなんだって(笑)。こういうのを、乞食根性って言うんだよ(笑)」
「でも、彼女たちは、別に望んで売春婦になった訳ではないでしょう?」
「だから、もともと存在しない物なんだし、証拠も何も無いんだし。それに、アイツらは、商売として、自国の女たちを売春させていたんだよ。親だって、分かってて、金のために身売りさせてたんだ。口寄せ屋みたいなのがいて、勧誘されて。つまり、今でいう風俗の類いだよ。しかも、女たちは、軍人より高額な金を稼いでいたんだ」
「みんな10代の女性たちだったんですよね。彼女たちは、慰安婦なんて、何の事だか分からなかった。ただ、お国のためだから、お国のためだから、そう言われただけだったって…。」
「だから、そういうのは、従軍慰安婦ではなく、ただの慰安婦。全然違うんだって」
「でも、2016年に日本政府は、韓国政府に謝罪したじゃないですか?それはつまり、政府と軍による従軍慰安婦の関与を認めたということじゃないですか?」
「だから駄目なんだって。なんで認めるんだよ(怒)」
マスターは、苛立ちを見せた。
従軍慰安婦の存在を否定した人、知らなかった人はつまり、たとえば学校の修学旅行中に、ある生徒が万引きした事を、他の生徒が知らなかった事に、通ずるものはないだろうか。
もしくは、軍の上官が、下っ端たちの犯罪を、飼い犬がやった事だ、として、知らん顔しているとか…。
証言の中には、戦争の拡大、長期化の中で、兵力が大量に動員され、その中に重度の知的障害がある兵士も少なくなかったと聞く。
もしも、その兵士の中に、善悪の判断のつかない者がいたとして、裏でそういう悪いことをしていたとする。果たして軍の上官が、神の視点のごとく、その兵士の一部始終を監視できていたのだろうか。
「そのせいで、日本は、国際社会から避難され、ケダモノ扱いされたんだ。韓国は、日本の名誉や尊厳を傷付け、いつまでも揺すりたかりをし続けるつもりなんだ」
マスターと日中さんは、更に、南京大虐殺も731部隊の存在も、「そんなの言いがかりだ」「誹謗中傷だ」「難癖だ」「いちゃもんだ」「プロパガンダだ」と決め付けた。
僕は、話題を変えた。
「ところで、日本はアメリカの植民地だと言う人もいますが」
「日本は、アメリカの保護国であって、決して従属国ではないんだよ」
日本は、血税で駐留地を貸し、軍事費を支払い、保護して貰っている(別に、頼んだ訳ではないが。)。吉田茂元首相が言ったという、「アメリカは、日本の番犬だ。」というセリフは有名だ。しかし、アメリカに頼らざるを得ない保護国は、生活保護国ではないか、と思うのだ。つまり、従属国だからこそ、反論できなかった。
その時、玄関のドアが開き、僕が一度会ったことのあるこの喫茶店の常連だという露田印児さんが入って来た。
露田さんは、酪農家の既婚者で、50代後半だ。露田さんと入れ替わるようにして、日中さんが、仕事の続きがあるから、と喫茶店から出て行った。
露田さんは先月、新聞の読者の欄に投稿した文章が掲載されたと言う。しかし、それに対する反論文章が名指しで2通も掲載されていたことで、いつもより少し興奮気味だった。
「スゴいじゃないですか。文章が下手だったらボツにされますからね。それ、見せて貰ってもいいですか?」
「コピーしてきたよ。オレのと、反論文章の2通と。」
そう言いながら、露田さんは、コピーした記事を僕に手渡した。露田さんの文章を、要約すればこうだ。『安保法案は、必要な法律であり、戦争を抑止するためには当然必要な権利だ。米国との同盟が揺らげば、日本は核ミサイルを持つ隣国から脅される危険性が高まる。米国の要請があれば、日本は必要最低限の武力行使で援助するだけだ。』
「笑男くん。日本が戦後70年もの間、平和だったのは、平和憲法のお陰なんかじゃないよ。アメリカが、各国に睨みを効かせてくれたお陰なんだよ。」
「つまりアメリカは、日本の番犬のような役割を担っている訳なんですね?」
「そういう事だよ。金払って、逆にこっちが雇ってやってるんだよ。」
露田さんが言った。
「でもなぜ、その番犬であるアメリカの要請に対して、後方支援しなければならないんですか?」
日本の自衛隊は、後方支援という形で、戦闘地域において兵たん(漢字が見つからない)活動を行うことになる。兵たん活動とは、給油や物資の補給や武器の輸送や弾薬の提供のみならず、医療や建設も含む。
「なぜって、当たり前だよ、笑男くん。世の中は、ギブアンドテイクなんだよ。アメリカの子供にだけ血を流させて、日本の子供だけ大事にするなんて、そんなの不公平じゃないか。安倍さんも、そう言ってたじゃないか。」
「でも、自国がどこからも攻撃されていなくても、要請があれば、参戦しなきゃならないんですよね?」
「笑男くん。分かるかい?70年間、眠っていた日本が、いよいよ目覚めるんだよ。これは、開国にも匹敵する新しい法案なんだよ。」
「でも、一旦戦闘が始まれば、必要最低限の武力行使では済まなくなるって、言われてるじゃないですか。」
「誰が?」
「誰がって、一般的にですよ」
「言っておくけど、必要最低限の武力行使も正当防衛権だからね。読売新聞の世論調査では、集団的自衛権で必要最低限の武力行使はすべきだ、という考えに、63%もの人が賛同しているんだよ」
「朝日新聞の世論調査では、集団的自衛権の行使に対して、56%もの人が反対しているんですよ」
「読売新聞では、71%が容認している。朝日新聞は、左翼新聞だからダメなんだよ。ちなみにオレは、左翼なんか大嫌いだからさ。NHKも大嫌いだし、マスコミも信用していないから。最近出てきたSEALDSなんかも、愛国心が無いから、あんな事を言ってるんだよ。軍隊の無い独立国なんて、あり得ないんだよ」
ロシアのプーチン大統領が、2008年の演説でこんな発言をしたという。
『核を持たない国は、主権国家の名に値しない。』
僕は、その言葉と露田さんの言葉を重ね合わせた。
「今のやり方は、国民の愛国心を解体するだけなのさ。今の若者は、戦争に行きたくないと言う。それはつまり、愛国心が無いからさ。もしかしたら、シールズの連中は、どこかの団体から金でも貰ってるんじゃないか」
そう言って、露田さんが、大きい拳を握り締めた。
「愛国心って、一体なんですか。それに、彼らに愛国心が無いなんて、どうして決め付けられるんですか」
愛国心。愛国心と言うけれど、一体何が愛国心なのだろう、と僕は思う。愛着?土着?祖国愛?郷土愛?家族愛?それとも、国に税金を払うことだろうか。独身の僕には、まだ、理解出来ないのかも知れない。
だけど、生まれ育った国を嫌いな人がいるだろうか。嫌いな人もいるだろう。光が強ければ、影も強くなるように。光が強過ぎれば、影は出来ない、と言う人もいるが。ちなみに、多国籍企業の株主には、愛国心があるのだろうか…?
「自分が可愛いばっかりに、国を守る倫理が欠けているんだよッ!!!」
そう言って、露田さんはアイスコーヒーを飲み干した。
「単に、人殺しが嫌なだけだと思うんですけど…」
そう言いながら僕は、ある学校の授業中に、「戦争は、嫌なヤツを殺すためにある。」と発言したという、小学生の事を掲載した雑誌の記事を思い出していた。
「ガム食いながらデモやってて、とても本気には見えなかったね」
「戦争法案に反対するパパやママの団体たちも、誰の子供も殺させない、と言っています。新聞の読者の欄にも、小学生の戦争反対の発言が、ほぼ毎日のように掲載されています。今の時代、罪のない人間が、罪のない人間を殺すことが理解出来ないと思うんですよ。」
「そりゃ、罪のない人間が、罪のない人間を殺したら、そりゃ罪になるよ。だけど、この法案は、自国を守るためには、仕方のない法案なんだよ。日本は、隣国の脅威に怯えているんだよ。核ミサイルを持たない日本には、どうしても必要な法案なんだよ」
金のない人間は、罪人になる可能性が高い。なぜなら、金のない人間は、交通違反をしただけで、前科者になる。例えば、信号を無視して交通違反をし、反則金を期限以内に納付できなければ前科者になる。最悪、禁固刑か懲役刑だ。殺人という犯罪行為をしていなくても、犯罪者になってしまう。つまり、いつでもどんな時でも、【金が無い=罪人】になってしまう可能性があるのだ。
しかし、核ミサイルを保有するという事は、戦争を未然に防ぐ抑止力だ、と言う人達がいるのも確かだ。核ミサイルはつまり、威嚇であり、敵への牽制になる(牽制で済めば、の話だが)。
「何かで読んだんですけど、日本は今すぐにでも核兵器を作る技術を持っているらしいんですね。そのために、原発が存在すると。」
僕が産まれる前の1970年代に2回も、【オイルショック】という原油価格高騰による経済混乱があったらしい。原発の加速が広がったのは、ちょうどこの時期だ。
「笑男くん。アメリカが、本当に日本を守ってくれるのか、確信がないんだろう?」
米国は、世界の警察権を放棄した。「だからこそ、日本も核ミサイルを持つべきなんだよ。核ミサイルを持ってる国は、攻撃されないからね」
露田さんもマスターも、同じことを言った。「でも、日米同盟の安定は、日本が核ミサイルを持たないから成り立っているんですよね?核武装した日本は、ただの危険な存在でしかないじゃないですか。婚約だったら、即解消ですよ」「だけど、だんだんアメリカも変わってきているんだよ。方針が変わってきているんだよ」
マスターが言った。
「どう変わってきているんですか?」
「日本の存在は、重要なんだという事にだよ。そのことは、このことは、高速増殖炉の常陽ともんじゅの使用済み燃料を再処理する技術を、日本に売ったことで明らかだよ。原発を持っている限り、短期間で核兵器を作ることは簡単なんだよ」「なるほど。でも、非核三原則がある限り、無理な話でしょう」
非核三原則とは、核兵器を製造せず、持たず、持ち込みを許さない、という日本政府の方針だ。
1967年12月、衆議院予算委員会で、佐藤栄作首相は、核兵器を【持たず】【作らず】【持ち込まず】という政府の政策を述べた。また、米ロ英仏中以外に、核保有国が増えることを防止する条約の核不拡散条約も存在する。
「なんか誤解しているようだけど、福島非難区域だって、もうすでに安全なんだよ」
「安全!」
僕は、露田さんに聞き返す。
「誰がそんなことを言ったんですか?」
「科学者だよ」
御用学者じゃないのか、と言いそうになって止めた。
「世界的な放射線の研究者だよ。確かに、避難生活のストレスなどによる震災関連死はあるけど、放射線が原因で亡くなった人は、ゼロなんだよ。福島県民に、健康被害の報告は出ていないし、放射線レベルも、もう既に安全レベルだから、20キロ圏内も復興できるって。それに、我々は普段から、放射線を浴びているんだよ。メディアが、大袈裟に騒ぎ過ぎなんだって。」
僕は、言葉を失った。広島と長崎に投下された原爆は、いわゆる米国による人体実験だったと聞く。これにより日本は、無条件降伏し、戦争は集結した(未だに尾を引いているが…)。
「日本は、世界に冠たる長寿大国なんだよ」
「でも、今の日本は、世界に冠たる少子化ですよ。」
しばしの沈黙の後、僕は話題を変えた。
「ちょっと話は変わるんですけど、皆さんは、超古代文明の存在を信じますか?」
「ああ、あると思うよ」
オカルト好きな露田さんも、「間違いなく存在するだろう」と同調した。
「じゃあ、古代核戦争説は?」
「ああ、あるだろうね」マスターも露田さんも否定をしなかった。世界遺産には、そういった痕跡が多いという。そして、それらが発見された場所や時代には全くそぐわない《オーバーツ》などの存在だ。
たとえば、トルコのカッパドキアの巨大地下都市は、核シェルターだったという説がある。
外観はまるで、核爆弾が落とされたような焼けただれた岩肌であって、内部には、耐熱板の防護扉のようなもので塞がれている。修道院の避難施設だったとも言われるが、避難目的にしては、規模が大き過ぎるという。そのほか、【死者の丘】を意味するパキスタンのモヘンジョ・ダロの人骨やエジプトのシナイ半島のテクタイト状の土壌。古来の中国に伝わる《火炎輪》や《乾坤圏》と呼ばれる一面が焼き尽くされたとされる究極の武器の存在。古代インド神話に伝わる《マハーバーラタ》《ラーマーヤナ》という大量破壊兵器や殺戮兵器を意味する言葉。
原爆の父と呼ばれるオッペンハイマーの『アラモゴードでの原爆実験は、近代においては世界初だろう』という意味深な言葉。
苦いコーヒーになった。3杯目のコーヒーを飲みながら、僕はこの言葉の意味するところを考えていた。
突然、喫茶店のラジオから、警報音が鳴った。そこにいた全員が、ラジオに釘付けになる。
タランッ
タランッ タランッ…〜途中ですが、ここでニュースをお伝えします。政府は先ほど、北朝鮮からミサイルが発射された模様ですと発表しました。繰返しお伝えします。政府は先ほど、北朝鮮からミサイルが発射された模様ですと発表しました。続報が入り次第、お知らせします。〜