第321話
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「奇跡と言っても、そこまで大それた物は使えないんです。今回使う奇跡は物質の修復ではいかがですか? 人の部位欠損を治す魔法も出来るんですが、今回は魔法や魔力を使わない約束なので」
ユカさん以外が俺の言葉に唖然としている。
「はぁ!? 待って! 待って下さい! 奇跡は選択出来る物じゃないはずです! しかも魔法で、魔法で無くなった腕や足が回復できるんですか? 魔道具も使わずに? 嘘をつかないでください!」
ムスカリ司教がテーブルを叩き大声で捲くし立てる。
なるほど、そんな魔道具もあるのか。見てみれば劣化版を作れる可能性もあるから見せて欲しいな。
いや、叩き潰して強制的に手に入れるのも…いや、俺達が居なくなったらまずいしやらないけど。
「嘘は言ってないですよ。奇跡の選択も出来ますし、魔法での欠損箇所の回復も出来ますよ。とりあえず、それは置いておいて話を戻しますね。今回は、魔力を使わずに再生の奇跡を起こすと言ってるんです。良いですか?」
「いや、ありえません。絶対にありえませんよ! 奇跡の選択などあってたまるものですか!」
「いやいや、出来る物は出来るんです。ただそれだけでしょう?」
「そ、そうかもしれません。ですが、魔法の…ソングスペルにはそんな効果がある物など発見されていないんです! 魔法では欠損を治す事など出来ません!」
ムスカリ司教は睨みながら言う。
「ああ、隠してるわけじゃないですけど、私達の魔法はオリジナルなんです。エルフでも魔力切れを起こすほど、燃費が異常なまでに悪い物です。ただ、燃費が悪いからこそ威力が格段に高いです」
というか、ムスカリ司教はモンステラの街で何を調べてたんだ? 一番簡単に調べられる物だと思うんだけど。
「そんな…オリジナル? じゃ、じゃあ勇者? ですか?」
「ああ、残念ながら勇者じゃないですよ。勇者なら神から聖なる武器ってのを授かってるはずでしょ? 私達は一つも持ってませんから。
それで? 今から始めても良いんですか? 後での方が良ければ言ってもらえればやめますよ?」
「待て! そう言ってはぐらかす気だろ! そうだ、そうに決まっている。エリカ・ストック・ムスカリ司教! 騙されてはなりませんよ! きっと口から出任せです」
気難しそうな助祭が言う。
「そ、そうですね。時間を与えれば何をするか解った物じゃありませんよね」
本当に酷い言われようだな。俺のことをなんだと思ってるんだ? 俺は小さく肩をすくめる。
「では、カナタ殿。お願いいたします」
「はいはい、じゃあ始めますね…あ! 最初に今回行う奇跡は再生の奇跡です。しかも、生き物ではないただの縄を再生させます」
俺の言葉で見ているユカさん以外が驚きの表情を浮かべる。
今回行うのは簡単なロープマジックである。使うのは2本が寄り合わさっている荒縄と鋏だ。
荒縄の真ん中位を1本ずつ引っ張る。すると、2本の角が立ったような状態になる。
角の部分を結び、荒縄の端の切れていた部分をくっ付けると結んだ輪の様な状態になる。
まず、鋏を見た事がないであろう助祭と司祭に紙と共に渡し使い方を学んでもらう。
準備が整ったところで亜空間収納から荒縄を出す。その時にあらかじめ作ってあった結び目を軽く持ちながら皆に見せる。
「この縄を切って貰い、もう1度繋げます。良いですか?」
助祭、司祭、そしてムスカリ司教と聖騎士まで頷いている。
「では、司祭殿。この輪を切ってもらって良いですか?」
俺は鋏の支店の部分を持ち最初から切れていて無理やりくっ付けた部分に鋏を近づけ保持する。
司祭は恐る恐る荒縄を切断する。
「では、これから切断した物を直したいと思います。ですが、まず最初に聞いておきたい事があります。ムスカリ司教、魔力などは使っていませんでしたね?」
「え? ええ、魔力などは使っていませんでした」
「そうですか、魔力使うかどうかを注意深く確認して下さいね」
そんな他愛もない話しを挟みながら、結び目を解き片手の中に縄を全部入れる。
その縄をテーブルの上で擦る。すると紐の端が手の外側に出てくる。
「司祭殿、助祭殿、その紐の端を持ってゆっくり引いてもらえますか?」
俺が言った通りに司祭も助祭も行動してくれている。
娯楽の少ないこの世界では、成功か失敗か解らなくても気になって言う通りに手伝ってしまうのも仕方がないだろう。
掌で紐が張るのを感じゆっくりと離す。
司祭と助祭、ムスカリ司教、聖騎士は繋がっている紐を見て絶句している。
「いやぁ、失敗しなくて良かった。それで、ムスカリ司教。私が魔法はおろか魔力を使っていなかったかを言って貰っても良いですか?」
ムスカリ司教は呆然として何も言ってくれない。
こりゃあ刺激が強すぎたか? マジックなんて見た事も無かっただろうし、魔法があるからこそマジックが本物に見えるだろう。
何度かムスカリ司教を呼び何とか気がついたようだ。
「すっすすす、すみません。驚きで、あ、驚いて固まってしまったみたいで」
「いえいえ、初めて見るんですから驚いて当然ですよ。それで、魔力を使っていたかどうか聞きたいんですが?」
「あ、はい、あの一切使ってませんでした。あ!」
ムスカリ司教は、失敗したと言う顔をする。
大方、魔力を使っていたとでも言おうとしたんだろう。本当にわかりやすいな。
司祭と助祭は縄に何か仕掛けがないか色々と調べ始める。縄を細切れにする事はないのに…
落ち着いたようなので、俺がニヤニヤしながら話しかける。
「さて、奇跡とやらを起こしたわけですが、皆様の神の力を借りなければ奇跡を起こせないと言う言葉を借りれば私自身が神と言う事になりますね」
「ち、違う! お前は悪魔だ! そうだ、そうに違いない! 正体を現せ!」
司祭はこちらを指差し虚ろな目で言う。
「まぁ、私が悪魔だろうが何だろうが別にたいした事じゃないんで良いですけど、ユカさんを引き抜きにくるのは最後にして下さい。あと、俺達の邪魔もしないでくださいね?
もし仮に俺達の邪魔になる行為をしたら、全力で叩き潰します。良いですね?」
「悪魔だと認めたな! このままで済むと思うなよ!」
助祭は俺を睨んで言い切る。
こいつらは馬鹿なのか? どうしたら良いかさっぱり解らん。
しかも、このままで済むと思うなって何? 別に変な事言ってないだろう? 人によって受け取り方が違う玉虫色の返事をした気はするが。
「俺が悪魔な訳ないでしょう。と言うか、悪魔ってこの世界にいるんですか? 居るんだったら会ってみたいんですけど、どこにいるか教えてもらえません?」
「き、貴様!! 馬鹿にしおって!!」
「馬鹿にする必要性が感じられません。で? 聖女と呼ばれるユカさんの勧誘を終わりにしてもらえませんか? 奇跡の代償としては安いでしょう?」
「こんな物! こんな物を奇跡とは認めない! 認められるわけがない!」
「現に切って直したでしょう? テーブルの上に少量にカスもありましたし」
「そ、そうだ! 全て元通りにして見ろ!」
「いや、あんなに細切れにしておいてよく言えますね。と言うか奇跡なんてのは早々使えないから奇跡なんでしょ? それとも、皆さんの持っている魔道具は何のデメリットもなく使いたい放題なんですか?」
「な! 何故それを!?」
今まで喋っていた助祭に代わりムスカリ司教が大声を上げる。
さっき自分で言ってた事に気がついてないのか? そんな馬鹿な! ここまでポンコツな人なんて居ないはずだ!
そう思いながらムスカリ司教の顔を見る。
「そう言うのも、もういいです。それで? ユカさんの勧誘をやめて貰えますか?」