たぶん死亡→俺憑依→落ちてます←おぃぃぃ!
転生ではないよな…。憑依?憑依なのかな?うん、憑依でいいよな!
あぁ…本当難しいよ短編。そしてざまぁの種類がもうなくなってきてる。でも好きなんですざまぁ。よろしければ読んでいただけると嬉しいです。
「ちょっと待って嘘っ…これどういう状況ぉぉぉぉ!!」
光矢という少年が目を開けた時。そこは崖っぷちだった。心理的なものではなく、そのまんま、崖っぷち。
サスペンスのあるあるで追い詰められた覚えは光矢にはない。いや、むしろサスペンスであったならば何だかんだで誰かが助けてくれたであろうが、ここには光矢しかいなかった。
しかも光矢が目を開けた時にはもうその足が一歩前、つまり地面がない場所へ踏み出されていた。
頭が可笑しいと思うかもしれないが光矢からすればそうでありたかったくらいだろう。
ちなみにちょっと待って嘘っ…というところがその大切な一歩を踏み出していたところで、これどういう状況ぉぉぉぉ…が落ち始めである。
「死にたくねぇぇぇ!!」
叫ぶが空中では哀れにも変な踊りにしかならない。
何なの意味分からんまま死ぬの!?
と色々な水をありとあらゆる穴から出す光矢の頭を割れんばかりの痛みが突如襲い……さらに酷い顔になった。
光矢に痛みと共に流れてきたのは情報だった。自分がグライス家の四男であること。上の兄達はとても優秀で四男の光矢……もといシグルド・グライスは役立たずとしていじめられていることが分かった。
「むかつくし、今意味なくねぇぇぇ!?」
本人の言うとおり今の状況では全く意味がない。
ので、そのまま落ちて行く。
「覚えてろクソ家族ぅぅぅ!!」
変な踊りをしたからか幸運なのかは分からないが、岩にぶつかるということもなく光矢改めシグルド…いやむしろシグルド改め光矢は水へ大きな音をたてて落ちた。
ーーーーー
グライスの家は男ばかりだった。両親も兄弟も女の子が欲しくて仕方がなかったのだ。そしてやっと生まれたのは双子の男女だった。
姉はソフィア。
弟はシグルド。
シグルドは生まれた瞬間にすべての愛情を姉に取られる運命にあった。
「あにうえ」
「「うるさいな、僕たちはソフィアと話したいんだ。お前に用はない」」
「ちちうえ」
「何だ。私はソフィアへの贈り物を考えるのに忙しい。お前には兄達の物があるだろう」
「ははうえ」
「うふふ、ソフィアったら可愛いわね!何でも似合うわ!あら、何か用かしら。貴方の物はここにはないわよ」
「あねうえ」
「あら、何か聞こえた気がしたけど…。うふふ、妖精かしら、私は愛される運命だから」
シグルドは気付いたら一人だった。
上の兄が優秀だからか教育に熱を入れる必要もなく、それよりも姉のソフィアを構うのに忙しい。
その証拠に誕生日は双子なのだから当然一緒であるのにも関わらずソフィアへの贈り物ばかりでシグルドへの贈り物はない。兄達の使わなくなった物を仕方なさそうに渡されるほどだった。
唯一だったのはケーキがソフィアとシグルドへと書いてあったことであろうか。どう考えても使用人が頑張ってくれたのだろう。
使用人は家族とは違いきちんとシグルドをグライス家の一員として扱ってくれた。そのおかげかシグルドは捻くれず、健気というか……ようは最後まで家族に期待をしてそして結果絶望した。
決定打になったのはソフィアの結婚相手だ。
グライス家はそれなりの位だが上はたくさんいる。
ソフィアの可愛さもあり結婚の申し込みが殺到したのだが、その中でもかなり上のルイード家の申し込みを断ることは出来なかった。
ルイード家は当主の噂がよくない。何人もの幼子を囲ってるとか、また大人になってるはずなのにいつの間にかいなくなってるとか。しかも15才のソフィアとは30才の差がある。つまり45才。
家族は絶望したが、名案を思いついてしまった。
「俺が嫁げばいいってな!!」
げぼぉっ!と声を出し光矢は水面から顔を出した。酸素と一緒に水も当然入ってくるが気にしてはいられない。
流れは速くなく浮くことに専念した。
「本当ねぇわ!そんなとこに嫁がせるとか!」
見た目は双子だが、男と女。そして片方は可愛がられ金を惜しみなく使われている。区別がつかないはずがない。
だがルイード家の申し込みには性別には触れず今年デビューをした子をとしか書いていなかった。よってシグルドが来ても追い返すことは出来なかったのである。
そもそもそう書いたのはシグルドのことは綺麗に無視というかないような扱いのデビューだった為周りの家でさえシグルドを知らないからだろうが。
「……まぁ結果的にはよかったんだよな…そこまでは」
嫁いだ先ははっきり言って天国だった。ルイード家は驚きはしてもきちんとシグルドを迎え入れてくれたからだ。ちなみにシグルドの結婚相手はルイード家の現当主シュリではなく息子のカイルだった。この世界では光矢の世界と違い男同士でも問題ない為、二人は少しずつ愛情を育んでいった。
ちなみにルイード家の現当主シュリの噂の原因は孤児を引き取っていたからだった。シグルドが初めて家に入った時もたくさんの子供がいた。ある程度成長すると家を出るのだそうだ。教育をきちんとして出すのでどこからも引っ張りだこらしい。稼いだお金は皆使った分を払い終えても送ってくる為お金がたくさんあるとのこと。なのでまたそのお金で孤児を引き取るのだそうだ。
シグルドはそこでたくさんの愛情を注いで貰った。
そして好きなことを見つける。歌と踊りだ。家族だけでなくルイード家に来た客にも請われるほどの腕前になった。ちなみにこの客という人達はルイード家の本当の姿を知っている人達だ。
しばらくしてシグルドはその人達に妖精の踊り子と呼ばれるようになる。
シグルドの歌と踊りに惹かれて妖精が集まるからだった。妖精は幸せを呼ぶ。
シグルドはこれでやっとルイード家に恩を返せると、とても喜んでいた。
「あ、歌えば助かる?」
ここまできてシグルドの特技を思い出す。踊りは無理なので溺れないように歌った。
「ドングリころころどんぶりこー!お池にはまってさぁ大変!!」
シグルドの情報は知っても今は光矢だ。同じ表現が出来るわけがなかった。
『いつもと違うけど面白ーい!』
『シグルドお水と遊んでるのー?』
『私も遊ぶー!』
「や、やたーっ!あ、待って!歌う!んで遊ばなくていいから助けて!」
ぴっちぴっち
ちゃっぷちゃっぷ
らんらんらん!
ぴっちぴっち!
ちゃっぷちゃっぷ!
らんらんらんっ!!
そう、光矢はそこしか知らない。
まぁ無事に岸にあがれたので問題もないし何より突っ込める者は誰もいない。
「ふぁぁ……助かった!ありがとな」
『シグルド踊りはー?』
『お礼はそれがいいー!』
「ぇ、お、おど、踊り!?」
だが光矢にはまた違う危機が訪れた。
今のシグルドはシグルドではない。シグルドの情報と体を持った光矢だ。
体が覚えているとかがあれば良かったが光矢はあくまで情報を知っているだけ。映画を目の前で見ているような感覚の為、見ているのと実際にやってみるのは違う。まぁ出来るならさっきの歌はないよね。
結果。
「いっちにーさんしー…」
ラジオ体操を披露した。
ちなみに夏休みはかかさずに参加していた光矢だ。音楽はないが完璧だ。
『おもしろーい!』
「よかったぁ。…あ、なぁ俺のこと光矢って呼んでくんね?頭可笑しいと思うだろうけど俺シグルドの体なだけで中身は光矢っていう高校生のイケメンで…待って!行かないで!嘘です!中の下です!たぶん!」
体操が終わるなり消えようとする妖精に縋る。すると妖精はそばにいていいの?とその可愛らしい顔を傾けた。
「へぇ、面倒な世界だなぁ」
聞くと歌と踊りの時はいいが終わるとありがとうございました。とすぐに帰らせようとしてくるらしい。
光矢は勿論現状が分からないし傍にいて欲しかったのでそう告げたら妖精達は喜んで光矢を囲んだ。
実際は妖精は尊い存在と考えられている為強請ればいてくれるなんて誰も知らないだけである。
「ってか聞いてくれよ!」
たき火だ、たき火だとくり返し歌って火の妖精に服を乾かしてもらった光矢は今度は話を聞いてもらうことにした。自分の整理の為でもある。
ーーーーー
そもそも光矢なら家族の扱いの時点で家出しているがこのシグルドは耐えてそして幸せを見つけている。なのに身投げした。
理由はそう、先程も言ったが結婚相手のカイル。もう結婚したのと同じだったがシグルドを見て当主であるシュリが急がなくてよいと婚約期間に変更してくれたのだった。三カ月経ち、もう良いだろうとあと一週間後に正式に結婚するはずだった二人は当然パーティーにも二人で参加していたのだが、そこで姉のソフィアに会ってしまったのだ。
「あらシグルド。そちらは?」
「ね、えさ…あ…その…ルイード家の……カイル様です。…カイル様、こちら…姉の、ソフィアです」
会わせたらこの人も姉に取られるのではないか。シグルドはそう思うも挨拶もなしに離れられる訳もない。必死でカイルの腕を掴んでいた。
そしてそれは正しかった。
シグルドの歌と踊りは有名だった。当然そのパーティーの主催者はそれを願う。
シグルドはカイルの横に姉を残したまま離れなければならなかった。
そして、帰ってきた時のカイルの冷たい表情にすべてが終わったことをシグルドは悟った。
「こんなに可愛らしい姉をお前は虐めていたそうだな」
「家族も胸を痛めだからこそ僕の家に寄越した。…家の噂は僕も知っている」
「お前とはこれまでだ。二度と僕達の前に現れるな。あぁ、ソフィア。泣かないでくれ。君が許しても僕が許せないんだ」
「…そもそも当初の予定ではソフィアだったんだ。今思うと父上の婚約という選択は正解だったな。お前と結婚しないでよかった。僕はソフィアと結婚する」
どうしてそう思うのかと光矢は思った。来たときのシグルドの怯えを見ていればむしろ逆だと気付くだろう。怖い噂を持つ家に生贄として捧げられている。そして求めていた姉ではない自分。お前じゃないと言われ殺されるかもしれない。
しかし待っていたのは幸せで、ようやく自分を見てくれる人達が現れその人達を幸せに出来る力も手に入れた。なのにその一人に、その中でもこれから一番になる人に裏切られたのである。
「…分かりました」
乗ってきた馬車に乗れるはずもない。そもそも帰る場所もない。
シグルドは絶望し、そして身投げしたのだ。
正確に言うなら決意して踏み出した瞬間死んだのか光矢になっていたが。
ーーーーー
『ひどい、ひどいよ!』
「だろー!ねぇよな!っておいおい!火の妖精さん!?泣いたら消えるから!」
第二体操を披露し妖精を慰めた後光矢はこれから先どうするかを考えた。
もうシグルドとして生きるのは無理だ。どちらの家に戻れないのもそうだがもう光矢だ。
「妖精さんや、どこかオススメとかある?」
好きに生きることにした。
ーーーーー
「コーヤ、ありがとな!」
「どういたしまして!またよろしく!」
光矢が妖精に導かれるままにきたのは冒険者の町だった。ここは珍しく貴族の管轄ではないらしい。依頼があればここに届き、往復の運賃やそれ以外もしっかりとその依頼主の貴族に請求し平民からは最低限とのことで、貧乏人に優しいところも共感出来た光矢はここに住むことに決めた。
冒険者は気さくで見ていておもしろく好きだと妖精達は話し、光矢もすぐに馴染んだ。
妖精は普段から人間の傍にいるがその姿を見せないだけらしい。本当に気に入った相手に会う為にその姿を見せるのだそうだ。
なのでここの冒険者は比較的妖精を見ている。見るとその日にいいことがあるのは確実なのだそうだ。
そしてそこでの光矢の仕事は……。
「はい、いっちにーさんし!」
ラジオ体操をすることだった。
冒険者が出掛ける前に行うのだが一々合わせてられない為前もってやる時間を決めておく。たまに光矢自身もパーティーに入って護衛を行ったりもするからだ。
ちなみに冒険者の幸運は生きて帰ってくること。光矢により冒険者の生存率はかなり上がった。
そんな中一つの依頼がこの町に届いた。
「シグルドという妖精の踊り子を探してるそうだ」
絵姿もありこれお前だよね、と長が光矢を見る。
「えー…俺ですけどぉ。俺じゃないですぅ」
気持ち悪い。
長に顔を歪められ光矢は落ち込んだ。
光矢はここに来たときにすべて話していた。家族のこと、カイルのこと。
そして頭が可笑しいと思うだろうが身投げした瞬間光矢になったこと。
長はきちんと調べシグルドのことを知った上で光矢であることを納得した。
「貴族がそんな性格でたまるか」
長の前の前が昔貴族だったそうで、嫌気がさしてこの町を仲間と作ったとその時に光矢は教えてもらった。
「んでどうすんの?向こうは俺が光矢になったの知らねぇよ?」
「あぁ?お前もシグルドも傷つけといて今更妖精の祝福が欲しいとかほざいてる連中にすることなんざ一つだろ」
売る。
「長、いくら優しい俺でも泣いちゃう」
気持ち悪いと返され光矢は落ち込んだ。
ーーーーー
「シグルド!探したのよ!」
ソフィアが駆け寄るがその前に仲間達が立ち塞がる。
「何だお前達は!」
ソフィアに危害を加えられたらたまらないとカイルがすぐにソフィアをその背に隠した。それにため息をつきながら長は仲間へ左右に分かれるよう伝え光矢の少し前に立った。
ちなみにシグルドの家族も後ろにいる。
「それはこちらの台詞です。絵姿と妖精の話から連れては来ましたがこの者はコーヤ。私の伴侶なんですよ」
長の台詞にギョッと光矢が見るが黙ってろ糞ガキとその目が語り光矢は斜め上へと視線をずらす。
作戦ならまず、仲間に伝えとくべきじゃないのかと思ったが仲間も頷いているためどうやら知らされてないのは光矢だけのようだ。
「な!?馬鹿にしているのか!その者ははシグルド・グライスだ!忌々しいことにこの美しいソフィアと双子だ。ソフィアのがずっと美しいがな。…その顔がいくつもある訳がない。しかもそいつは顔だけじゃない、心も綺麗な姉を妬み傷つけた!僕まで騙し続けたんたぞ!」
「……なら何故そんな相手を探すのですか。確かシグルドという方は数年前にあるパーティーで貴方様が縁を切り追い出したと聞いていますが」
「ソフィアが許すと言ったからだ!」
「そうなんです。実は私シグルドから暴力を受けていて…でももう私は気にしてないから…だからシグルド、戻っておいで」
何このキチガイ。
話しには聞いていたがここまでなのかと冒険者仲間と長が光矢を見る。
光矢としては自分に言われてもと見つめ返すしかない。
「えーと…取りあえず俺はコーヤなんですけど」
むかつくが話も通じない。こんな頭のおかしい人物と話してたら自分が疲れる。
今は光矢であることもありもう関わらなければいいかと別人であると通そうとしたが、姉がまるで悲劇のヒロインのように前に出てきた。便乗して後ろにいた兄達も一緒だ。
「あぁ、シグルド!私を傷つけたことを後悔してるのね!大丈夫よ、私は貴方を許すわ!」
「ソフィアがそう言ってることだし僕達も許してあげるよ」
小さな男の子が声もなく泣いている姿が光矢の頭に浮かんだ。
ブヂッ!
「ダーリン、作戦知らんけど裁判官喚ぶわ」
光矢が冷めた目で彼女達を見る。長は愉しそうに頷くと仲間へ合図した。
「むーすーんーでー ひーらーいーて てーをーうっーてー むーすーんーでー まーたひらいてー てーをーうっーて」
そーのーてーをー
うーえーにー
歌詞にあわせて手も動かす。真顔だ。
光矢の手が上に開かれた瞬間、光が現れ中から天秤をもった真っ黒な妖精が現れた。
「裁判官さん、そこにいる女を俺が虐めてたってそいつらが言うんですよ。虐められてたのは俺なのに。話し合いでは埒があかないんで真実を明らかにしてくれませんか」
何なの!?
裁判官だと!?
元家族と家族になるはずだった者が騒ぐが裁判官は待ってはくれない。
裁判官が手を翳すと今度は白い妖精達が現れた。
『この者の過去を写せ』
白い妖精達が光ると何もない空間に小さな男の子が現れた。その男の子は無視をされ無いものとして扱われている。使用人以外誰も少年に話しかけない。両親は話しかければ仕方ないように扱い、追い払う。兄達は少年が廊下を歩けば何もないものと扱い突き飛ばすこともあった。姉はそんな弟を笑って見ている。
「嘘よ!」
「嘘だ!」
姉と兄達が叫ぶ。両親とカイルは青ざめていた。
彼らは知っているからだ。
裁判官は真実しか映さない。
だからこそ重罪人を裁く際に王族が頼み裁判官が裁くのだ。
『その者達もだ』
裁判官は頷き今度はソフィアを示す。
白い妖精は同じようにまた光った。
「うちの子達は優秀だし、これ以上はいらないわね」
「まったくだ。可愛いソフィアだけが生まれればよかったものを」
「本当可哀想。でも私と一緒に生まれるのが悪いのよ。可愛がってくれる人を分けるなんて嫌だもの私」
「僕達のことずっと見てきて気持ち悪い。何も出来ない役立たずのくせに」
両親は待望の女子が生まれ喜んだ。同時にこれ以上の男子はいらず、邪魔に思った。殺しはしないが教育をする必要もないと扱い、それは子供へも影響する。
そう、シグルドは何も出来ないのではない。させてもらえなかったのだ。
「私達はこんなことしてないわ!」
「そうだ!僕達はシグルドを大切にしてたのにシグルドがソフィアに暴力をふるうから!」
天秤が一方に傾いていく。
両親は悲鳴を上げ子供達を抑えるが止まらない。
ソフィアはカイルを見た。
グライス家はソフィアで散財しもう後がなかった。遠巻きに見た時にシュリではなく相手がカイル(イケメン)と知りソフィアも満更ではなかったこと。噂が嘘だとは知らなかったがカイルのシグルドへの接し方から不幸にはならないうえに次期当主だ。金回りが良いことは分かっていた為ソフィアとシグルドを交換するだけと考え二人を結婚させ、シグルドを連れ戻し妖精で金儲けをしようとしたのだ。シグルドが回収する前にいなくなってしまったのは誤算だった。
ちなみにシグルドがルイード家に入った時にも金が入ったがあっという間に使い果たしたようだ。
ルイード家の当主であるシュリはシグルドを見て事情を察したようで、普通よりも多くのお金を渡しシグルドに接触をしない条件をつけたがシグルドの心労になるからとシグルドには伝えなかった。まさかそれを破り接触してくるとは思わなかった。
『この者達が嘘を重ね罪もない者を傷つけたのは明白だ』
『裁きを』
裁判官が天秤を空に掲げると闇がソフィア達を包む。
悲鳴があがったが闇が消えた後は呆然と佇むソフィア達がいた。
「あは…あはははは!何よ!裁判官なんて何も出来ないじゃない!」
しばらくして戻ったのかソフィアが笑う。それに釣られて兄たちも笑い出した。
ただ、両親だけは青ざめていたが。
「妖精は人々に幸福を与える。しかし妖精の怒りをかえばそれは呪いへと変わる。その恐ろしさが分かっても、もう手遅れだがな。…俺達はこれ以降貴方たちに一切関わらない」
長が静かに言えば両親から悲鳴があがった。兄とソフィアは冒険者ごときと笑ったがカイルも青ざめている。
カイルは裁きの対象にはならなかったが、シグルドを傷つけたことにはかわりない。もしルイード家まで冒険者に見捨てられたら…。
「ルイード家とは縁は切らないですよ」
震えるカイルに長はニコリと笑って返した。カイルはほっとしたが、その笑顔を見た仲間と光矢は引き攣っている。
「では私達は帰らせていただきます。あぁ、カイルさん…でしたね。私達の旅費の請求は後で致しますので失礼します」
すいと長は光矢の手を掴み仲間とともに去ろうとする。しかしそれを許さないのはソフィアと兄達だ。両親は崩れ落ちている。
「待ちなさいよ!そいつは返してもらうわ!妖精なんてどうでもいいけどお金にはなるんだから!」
「そうだ!役立たずがようやく俺たちの為に力を使えるようになったんだ!恩を返すのは当たり前だろ!」
コイツ等!
叫ぼうとする光矢を止めたのは長だ。すっと抱き抱え声を失う光矢の耳元で囁く。
「お前が返すまでもねぇよ」
叫んだ兄弟達と両親の周りが黒くなり始めたと思ったら床が腐り抜けた。
「きゃあぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁ!」
「では俺達は帰りますんで」
家が可哀想ですね。
落ちていく家族を笑顔で見送り長達は去った。
ーーーーー
妖精は姿が見えないだけで至る所にいる。
そしてあらゆる者に活力を与えているのだ。
草も、花も、土も、木も。
動物も、人も。
その恩恵を受けて生きている。
その妖精がもし見捨てたらどうなるのか。
恩恵を受けているあらゆるものが腐る。その呪われたものを中心にして。
活力のかわりに妖精の呪いが撒かれるからだ。
「カイル!助けて!貴方は私の夫でしょ!……っ役立たず!」
呆然と上から見下ろす夫に気づいたのかソフィアが叫ぶ。
シュリは反対したが、カイルはそれを無視し国へ届けを出していた。シグルドと同じく婚約ならソフィアを完全に手に入れたことにはならないからだ。
「外に一ヶ月もつ量の食糧を用意してある」
「え?」
そんなソフィアではなく、床の抜けた場所を呆然と見るカイルに声がかかった。シュリだ。
「私は言ったはずだ。シグルドは既に傷をたくさん受けていることを。だからこそ大切に愛することをしろと」
「それは、でも…」
「……お前は自分が優秀だから跡取りに選ばれたと思ったようだがそれは違う」
「……え?」
「お前は他の者と違い生きられないから私は跡取りにしたのだ」
他の者は独り立ちが出来た。だからこそここから出した。でも、カイルにはそれが出来ないと分かっていたから、シュリは跡取りにした。
もとはパーティーで見たソフィアも一緒に教育していこうとしたのだ。だが来たのはシグルドだった。シュリは驚いたがシグルドの態度から追い返すのも可愛そうに思い、カイルがシグルドを見てそれで愛を学んでくれるかも知れないと思った。
事実、シグルドと会いカイルは変わった。労ることを知った。シグルドも笑うようになった。子達も、領民もそんな二人を微笑ましく見守った。シグルドの歌と踊りは妖精を呼び田や畑も目に見えるほどに潤っていた。
そして二人の結婚が近づいたある日、連れて帰ってきたのはシグルドではなかった。聞くと明らかに嘘の言葉。カイルは騙されたと怒りをシュリにぶつけていたが、シグルドが誰よりも純粋であることは皆が知っていた。相手を貶める相手に妖精が姿を現すわけがない。
シュリはもとはしようとしていたのだからと二人を教育しようとしたが、たくさんの子らも、領民も二人を許さなかった。
…当然だろう。子らはシグルドの傷を知っていた。同じ場所にいた者もいたくらいだ。領民は妖精の祝福に自分達の未来が掛かっていることを知っていた。それがなくなることに耐えられるわけがない。シュリはここで決意した。
当然シュリはシグルドをすぐに探していたが見つからなかった。そこへ届いたのは冒険者の町からの手紙。シュリは長と手紙のやり取りをしていた。決意を告げると長に今ではないと言われ、そして今回のことになったのだ。
「お前の為に子と領民を捨てることは出来ない」
「ち、ちうえ?」
「お前の罪を私が背負っていく。だからせめて、お前はあの者達と行け」
去ったシュリの後を追うことも出来ず佇むカイルを子達が追い出す。
皆、泣いていた。
当然だ。カイルとは家族同然に育ったのだから。でも、だからこそシグルドへの仕打ちが許せなかった。
カイルは呆然としながら外に用意されていた荷車を引いて、ソフィア達を追った。
元家族が歩いた後ろにはヘドロが続いていた。ルイード家にいたため取りあえず家に帰ろうと馬車に乗れば馬車は腐る。なら馬に乗ればと思えば馬は泡を吹いて死んだ。それを見て行者ともう一頭の馬は逃げた。
あとから追ってきたカイルにソフィアは喜んでその腕を掴む。カイルは叫んだかと思うとその腕が取れた。ソフィアは死んだ馬を見下ろした。
カイルは無言で自分の腕を手当てした。彼等はそれを見ることしか出来ない。それでもカイルが持ってきた食糧や水に歓喜した。取りあえず食べて落ち着こうと触れないように受け取り口に入れようとすれば途端に腐った。
ソフィア達だけでなくカイルも絶望した。むしろどうしてそれを想像出来なかったのか。床も馬車も腐り、馬は死んだというのに。
行く先々で彼等は暴言を吐かれ石を投げられた。どういう理屈かは知らないが石は当たってから腐る。
口に入れることが出来なくとも欲しいものは欲しい。たくさんのお金を払うからと度々食べ物を要求しても誰もが首を横に振った。
お金なんていらない。
さっさと出て行け。
それしか言われなかった。
逃げるようにひたすら歩き続ける。
洋服は破れている。体は石をぶつけられ血が出ている場所もある。
でも手当ても出来ないし、食べる物もない。
すべてがボロボロになり水たまりしか啜るものがないのに、顔を近付ければそれも腐る。
「どうして…どうして私がこんな目に遭わなきゃならないの!…私はただ皆に愛されていただけじゃない!」
「ソフィアが!ソフィアが望んだから!だから僕達は!?」
狂っていく彼等にカイルは絶望する。すぐ隣で、それを見て行かなければならないのだ。
彼等は餓死した。
腕が一本ない死体があったがそれを見た者はいない。
彼等は光がある所へは行けなかったからだ。
ルイード家は妖精の踊り子を貶めたと言われたが、それからすぐにその妖精の踊り子が訪ねてくる。
隣には冒険者の長がおり、そこは冒険者の町の第二の拠点となり賑わうようになった。そこにはかつてグライス家の領民だった者達もいた。
田や畑は妖精の祝福によりどの領土よりも潤い、ルイード家は妖精の踊り子の守護者として名を語り継がれる。
END
オマケ
「あのさ…長って俺のこと好きなの?」
帰り道。その一言に仲間がざわめく。その中の一人は可哀相な子を見る目だった。
「アンタねぇ……いくら長の口が悪いからってそんだけ愛されててそれはないわ」
実は引き続き抱き上げられたままであり色々と世話をされている光矢。
実際長は仲間の言うとおり口は悪いがそのすべてを光矢に注いでいる。
依頼書が来たときも売ると言いながらもがっちりとその手を掴んでいたし、仲間に頼まれラジオ体操をする時も必ずそばにいる。むしろかかさず参加している仕事しろ。
光矢は妖精が好きなだけだと思っていたが長は妖精に気に入られている方だ。光矢のように好きなときに呼べるわけではないが比較的頻繁に妖精を見る。むしろ最近は光矢のことで話し合っているがそれは妖精と長しか知らない。
「もう一回すべての妖精を呼んで…」
「長それ祝福結婚だから!王族とかがやる奴だよ!……ん?もう一回?」
全員が光矢を見る。
「え?あー…どんな妖精がいるのかなという話しになりまして……」
「俺以外お前に一生付き合える奴はいないと言ったらそうだとお前も返しただろう」
「お前みたいな馬鹿って付いてて分かるか!」
「ちなみに状況は?」
「ラジオ体操二人でしてた」
「長が悪いよ!ラジオ体操中に求婚て!」
「でも妖精達は祝福したからな」
「周り固める前に世界から固めたよこの人!?」
諦めろと皆が光矢を見る。
「え!?俺ラジオ体操中に結婚してたってことかよ!嫌だよ!もっと雰囲気とかさ!」
結婚自体はいいんだなと耳元で囁かれ光矢はそれに気付いて真っ赤になった。
仲間達は勝手にしろと馬車を飛び出して絶句する。
辺り一帯ありとあらゆる妖精がいた。
そして気付く。
あ、さっきのあれ新婚旅行のついでだったんだ。
気付かないのは光矢のみ。