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ロリババァが現代に行くという発想のみで書き出しただけ

「む?」


 アンスリウなる名を持つ乙女は一人唸っていた。

 突如として風景が変貌してしまったからである。見慣れた森の奥に建てられた小屋の一室ではなくて、うち捨てられた廃屋の中にいたからだ。レンガ造りの建物の中にいるようだった。レンガ造りということは大きい町に来てしまったのだろうかと衣装の裾を払って立ち上がる。

 身長は大の大人の胸ほどの背丈も無い小柄。ふさふさとした金色の髪の毛をたたえた小動物のようなくりくりと愛らしい顔立ちをした乙女である。

 アンスリウ。今年325歳。エルフと神族の血統を受け継ぐ正統なる魔女の一人である。弟子をとるでもなく町に行き治療行為をするでもなくひたすら魔術の道を究めんとして探求し続けている真っ最中だったというのに、なぜか見たことも無い風景にたどり着いてしまったのだった。

 体にぴったりと密着する仕立てのよい紫色の装束備え付けのフードを背中に下ろす。青い瞳。凛とした顔立ちが姿を現した。尖った耳といい、妖しく輝く虹彩といい凡そ尋常なものではなかったが、通常の人のようにしか見えないように魔術で偽装されていた。

 扉は無いだろうかとうろつく。歩いていくと扉らしきものがあったが閂がかけられていた。

 おもむろに右手を動かすと閂が独りでに抜け落ちた。扉を押して外に出る。

 一面の海が広がっていた。竜の骨を直立させたかのような切り立った構造物まで。岩を切り取って垂直に並べたものの表面にガラスを並べたようなものが、当たり一面散らばっていた。

 それが別の世界ではビルと呼ばれる建築物であるなどとは魔女も流石に想像することもできなかったが、人が地面を歩いているのを見るとすぐさま顎に手をやった。


 「神殿のようには見えぬなぁ……神の都に来たという割には雑然としておる。人が創造したものと考えるが適当か。しかし、吾はどのようにしてこの場所に来たのであろうか」


 驚きはせど腰は抜かさない。伊達に数百年は生きていないのだ。

 述懐する。やけに小うるさい人がぎゃあぎゃあと怒鳴っている夢を見たような気がするのだ。異世界がどうとか言っていた気がするが、夢の輪郭線しか思い出すことが叶わない。魔術の探求者としては異世界なる単語は魅力的にうつったが、不確定要素が大きすぎる案件を安易に飲みたくはないのだと拒んだ記憶だけはあった。


 『君ほどの力なら異世界で活躍できるぞ』

 「やかましいぞ。吾は眠い。おなごの寝所に入って騒ぎ立てるとは何事ぞ」

 『異世界が――』

 「興味深いな……魔術をきわめ……ぐぅ』

 『聞いているのか!?』

 「すやすやと眠りたいのだ。もう勝手にしろ。吾は知らぬ布団の中で丸くならせてもらう!』


 なる流れがあったことだけは覚えている。寝ぼけながら聞いていたので女神を自称する怪しい白装束姿の言うことに適当に言葉を返していた。

 本人としてはお断りの意味で勝手にしろと言ったのだ。

 という割には異世界に来てしまっているようだったが。

 立ち並ぶ高層建築。汚れの無い衣装に身を包んだ市民たちが整然と舗装された道を歩いていく。

 アンスリウはフードを被ると廃屋――湾岸地帯の放棄された倉庫から出た。網状のフェンスで囲われていたが、まったく苦も無く南京錠を指の一振りで開けてしまった。あとは扉を押すだけでいい。

 体に張り付くような装束。フード。高価そうなネックレスをぶら下げた姿は不審だったろうが、ご時勢はさまざまな国籍の人間が行きかう国際社会である。宗教的な意味合いで特定の服装をしている人もいるし、民族衣装のまま出歩く人もいるのだ。偶然着物を着込んだ若者の集団――春先であるきっと行事なのだろう――とすれ違ったことや、袈裟を着込んだ男性数人とすれ違ったことで彼女の違和感が完全に消失した。どこかの国からの観光客程度の認識に収まるだろう。

 アンスリウは舗装された道を興味深そうに見つめていた。驚異的な技術である。魔術で再現するにはさぞ骨が折れるだろうと思っていた。岩を丸ごと溶解させ絨毯でも敷き詰めるようにしなければなるまいと。


 「面妖な……いや考えるだけ無駄であろうな。魔術なのかさえわからんゆえ」


 鉄の馬車が道路を通っていく。馬でひいているでもないのに勝手に走っていく姿を見てぽかんと口を開いてしまったが、すぐに首を振る。理解不能なものに気をとられては真理は見えてこないのだ。中で何らかの生き物が滑車でも回しているのだろうと解釈するにとどめる。

 まず間違いなく自分は異端者であろう自覚があったので、人目を避けるスペルを作動させる。指を振って呪文を唱えると胸を手を置いた。

 まさかこの世界において魔術なる法則を扱える人間がほとんど存在しないことは知るよりもなかった。

 まるで、そこにいないかのように通行人たちが彼女のことを無視していく。目をくべるでもなく歩いていくのだが、つまるところかわしてくれない。ぶつかりそうになりつつ歩く。挙動は怪しく、酔っ払っているよう。何せ故郷では数十人数百人が道を歩いているなどありえなかったからだ。人の波をかわして歩くこと自体未経験だった。

 歩き疲れたアンスリウはとある公園へとやってきた。

 ベンチに腰を下ろすと珍妙な構造物を見やる。アーチ状の鉄パイプに鎖で結ばれた座椅子がついている。

 ブランコというものであるが、アンスリウには見覚えが無かった。

 しいて言うならば道化が扱うような道具に似ているように思えた。

 ためしに乗ってみようかと歩み寄る。腰を下ろす。安定感が悪かったが座ることに成功した。


 「むぅ………こやつはどう使うのだ?」


 アンスリウはブランコの用途がわからなくて途方にくれていた。天を仰ぐ。何か小さいものが雲を引いて飛んでいるのが見えた。


 「……ドラゴン? ではないな。鉄のゴーレム? うぬぬ……わからぬ」


 該当しそうなものを次々挙げてみても答えは出てこない。飛行機が消え去った空を仰ぐ少女の姿をした魔女。

 足元に猫が擦り寄ってきた。

 うなーうなーとやかましい。手を差し出してみるとなぜか離れていく。

 手を引っ込めるとすりよってくる。

 手を出す。逃げる。こいつ俺に触ろうとは生意気なという空気を感じ取る冷たい視線で。

 思わず猫に通ずる一種の翻訳魔術を作動させて語りかける。元の世界では猫だろうがカラスだろうが会話が可能だった。通じればよいという程度の考えで。


 【とうとう猫にまで見放されるとは魔女失格だの。猫公め馬鹿にしおって】


 すると猫が驚いたように目を大きく見開き、“喋った”。


 【久しいな……魔術師か?】

 【む?】


 返事があったことにアンスリウは目を満月のように見開いた。

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