川島夕の月曜日(校長)
「すみませーん、これ、返却お願いします」
私は図書室のカウンターの上に、借りていた二冊の小学生向けの探偵小説を置いた。すると、カウンターの向こうの続き部屋から図書当番の六年生が出てきて、返却の手続きをしてもらう。
「じゃ、元の場所に返して置いてね」
「はい」
私は頷いて『虫メガネ探偵シリーズ』と書かれた厚紙が差し込んである本棚に向かい、空いてるスペースに本を収めた。ついでに新刊が返されてないかも確かめる。
ウーン、新刊はまだ貸出中かぁ。残念。他のも見てみよう。
そう思って、壁沿いに並んでいる本棚の本の背表紙を眺めながら、ゆっくりと歩く。
晴山小の図書館は、本のバラエティーに富んでいて、利用者が多い。
小学生向けの本は勿論、人気のライトノベルや、小学生には難しそうなハードカバーの小説、果てはファッション雑誌まである。
私はどちらかというと、アウトドア派だが、読書も大好きだ。ただし、本に対する好き嫌いは激しく、重苦しい話や悲しい話はほとんど読まない。恋愛モノもよくわからないから、借りるのはコメディやハッピーエンドな話ばかりだ。
なかなか気になる本が見つからず、気づけば図書室をぐるりと一周していた。今度は中央にある本棚を見てみようと踵を返すと、意外な人物を発見した。
「校長先生」
「ん? おお、川島さんでしたか。こんにちは」
「こんにちは~」
いつも通りの福々しい丸い顔に満面の笑顔を浮かべている大橋福吉校長に挨拶をして、持っている本の表紙を覗き込んだ。
「何読んでるんですかー? ・・・・・・罠?」
見てみると、そこには『ゼロから始める楽しい罠』とビビッドカラーのゴシック体で書かれていた。
こんなもの読んで、どうするんだろ?
「なんで、罠の本なんか呼んでるんですか?」
訊ねると校長先生はフッと、七福神フェイスには全然似合ってないニヒルな笑みを浮かべ、答えた。
「ロマンですよ」
「ロマン?」
「そうです。川島さんも知ってるでしょう? 毎週木曜日の夜九時からやってる連続ドラマ『しののび』」
「知ってます、知ってます。毎週見てますよ、『しののび』!」
『しののび』とは、視聴率30%越えの大人気忍者ドラマだ。今、大人気の若手俳優が主演ということもあって、女性からの人気が圧倒的だが、ストーリーもコメディかつ重厚でアクションシーンも派手なことから男性ファンも多い。
クラスのほとんどの子が見ていて、私も大ファンだ。
「それで、どうして罠とロマンと『しののび』が結びつくんですか」
「『しののび』といえば、罠でしょう。多くの敵をなぎ倒し、数多の罠を掻い潜り、仲間と共に囚われの身となっている愛しい姫君を救い出そうと戦う姿・・・・・・くぅ、男のロマンそのものですよ」
「へー、そうなんですか・・・・・・」
拳を握り締め、いきいきと語る校長先生に、取り敢えず同調しておく。
確かに、『しののび』は恋愛要素を含んでいるが、主人公の忍者とヒロインのお姫様の絡みが全くないので、つい忘れてしまう。私の中では『しののび』は友情系のバトルものという印象が強いのだ。
もともと、恋愛ドラマは見ないし、見てもそうゆう要素のところでは、こっちが恥ずかしくなってしまい、ついチャンネルを変えてしまう。『しののび』は大好きなコメディとアクションが多いから見ているだけだし・・・・・・。
「まぁ確かに、そうですね。私も忍者たちの友情は好きですよ。一緒に戦ったり、危機を乗り越えたりすると絆って深まるものですし」
「そうでしょう、そうでしょう・・・・・・ん? 危機・・・・・・絆・・・・・・」
「ん?」
突然、校長先生が固まり、何かを考えるように顎に指を当てる。
・・・・・・何やら、嫌な予感が・・・・・・。
冷汗が背中を伝う感触を感じていると、校長先生が突然、私の両手を取って、物凄い勢いで上下にぶんぶん振った。
痛い痛い! もげる!
私が痛みに顔をしかめていることにも気づいてないのかが校長先生は後光が射しそうな笑顔で、
「川島さん、ありがとうございます! これで新たな遊びを思いつきました。ああ! 急いで準備しなくては! では、校長先生は失礼します。来週の全校朝会、楽しみにしててくださいね。じゃ」
「あ、はい。じゃ」
校長先生がビシッと手を掲げたので、つられて手を振ってしまった。罠の本をカウンターに持っていくその背中を見送る。
来週の全校朝会・・・・・・って。校長の今までの奇行を考えると、不吉な気がしてならない。が。
「ま、いっか」
私は気にしないことにした。考えたってしょーがない。
その後、私は中央棚から好みのライトノベルを見つけ、それを借りて教室へと戻ったのだった。