川島夕の月曜日(ちょっと昔)
キンココン♪ カンココン♪ ピョロロロロ~♪
体の力がふにゃふにゃと抜けそうな間の抜けた晴山小特有のチャイムが、四時間目の終わりを告げる。
「んっんん~、終わったー!」
苦手な社会の授業が終わり、伸びをする。
ああ、この瞬間が最高に気持ちいい。
しかし、教科書を机に仕舞っていると、社会の大木勝典先生が、
「来週の木曜に小テストをする。範囲は教科書の二十ページから二十五ページまで。しっかり予習しとけよー」
という、ひじょーに残念な予告をしてくれたおかげで、私の気分は奈落に落ちる小石のように、急降下した。
ショックのあまり、熱中症になったアザラシみたいにぐったりと机に突っ伏していると、真っ白な給食着に身を包んだ知代ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「夕ちゃん、社会の小テスト、よっぽどイヤなんだね」
「うん、嫌。地理ならともかく、歴史とか無理無理。あー、人生積んだー」
「大袈裟だよ。たかが小テストで」
「大袈裟じゃないよ! だって、他の教科やスポーツならいざ知らず、歴史だけは古泉に勝てないんだもん!」
「ああー・・・・・・」
知代ちゃんは呆れ半分で納得したように頷く。
「確かに、夕ちゃんが完敗したのって、歴史のテストと、確か──」
「相撲でしょ?」
「あ、なっちゃん」
知代ちゃんと同じ清潔な給食着を着用したなっちゃんこと、烏丸夏海ちゃんがパック牛乳を配りにやって来た。
「高科さん、そろそろ配膳始めるから、パンお願いね」
「あっ、うん。夕ちゃん、じゃあね」
そのまま知代ちゃんは配膳台に置かれたパン箱のところへ言った。
なっちゃんに牛乳を貰うと、前の席の篠野まゆちゃんが、背もたれに両腕を預けて尋ねてきた。
「ねぇねぇ、聞こえちゃったんだけど、相撲って何の事?」
「え!? 知らないの? 私と古泉のコート分け目の大相撲決戦を!!」
思わず大声で聞き返してしまう。
声が大きすぎたのか、まゆちゃんは目を真ん丸にして固まっちゃった。
すると、なっちゃんが思い出したように言った。
「そういえば、篠野さんは去年転入して来たんだっけ?」
「うん。夕ちゃんと同じクラスだったよ」
「ねー♪」
そうそう、まゆちゃんとは同じ班で仲良くなったんだよねー。晴山小で不朽の名作と言われる魔法少女アニメ『マジカル☆おとーふちゃん』の話で意気投合して、一緒におとーふちゃんの絵を描いたり、まゆちゃん家でDVDを一期から夜通しで見直したりしたのはいい思い出だ。──次の日、二人揃って居眠りしちゃって大木先生に廊下に立たされたけど・・・・・・。
同じ転入生でも、古泉とは初日からどつき合いしたんだけどねぇ。やっぱ、相性かな?
あ、でも待って・・・・・・。そっか!
「四年の時に転入して来たんなら、三年の時の相撲大会は知らなくて当然だねー」
「そうそう」
「で、なんなの? そのコート分け目の大相撲決戦って」
業を煮やしたまゆちゃんが椅子をガタガタ揺らして説明をせがむ。
私はコホンッと芝居臭い咳払いを一つしてから、
「説明しよう。コート分け目の大相撲決戦とは、三年の冬に校長先生の思いつきで行われた全校相撲大会の決戦で私が女子、古泉が男子の代表としてテニスコートの所有権を争った闘いのことであーる」
「全校って・・・・・・学校でやったの?」
「うん、校長先生がテレビで一月場所見てさー、ハマっちゃったんだよ」
「いつも生徒に趣味を押しつけてくるのよね。あの校長」
いつも朗らかで移り気な校長を思い出してか、なっちゃんが嘆息する。
「まぁまぁ、みんなもなんやかんや楽しんでたじゃん」
「へー、お相撲かぁ。去年はなかったよね?」
「ほら、去年は数年に一度の大雪が降って巨大雪だるま作り大会になったから」
「ああ、あったね。そんなこと・・・・・・」
んん? どうして遠い目をするの?
でもって、なんで残念なものを見る目で私を見るの?
「川島さん、忘れたの?」
「? 何を?」
「はぁ、やっぱり。去年、三組だった川島さんと古泉君が雪だるま作ってる最中にいつものように口喧嘩になって、挙げ句雪合戦を始めたじゃない。しかも、他のクラスまで巻き込んで」
「そ、そういえば・・・・・・」
なっちゃんの言葉でハタと思い出した。
去年、雪だるま大会がクラス対抗で、古泉が同じクラスだったから相撲大会のリベンジが出来なくて、ぶうたれてたら古泉にブタ呼ばわりされて、特大の雪玉をお見舞いしてやったらやり返してきて雪合戦になったんだっけ?
しかも、私か古泉の投げた雪玉が他のクラスの雪だるまにぶつかって飛び火ならぬ飛び雪して、怒った他クラスの生徒が仕返しにうちのクラスの雪だるまに雪玉投げてきて、そのまた仕返しをしたら、別のクラスの生徒に当たって、被害が広がっていつの間にか全校雪合戦になってたんだよね。
原因は完璧に私と古泉だよねー。校長先生も面白がって本当に雪合戦大会にしちゃうし・・・・・・。
「あの時、うちのクラスの雪だるまにも雪玉が当たったのよ。自信作だったのに・・・・・・」
「うっ、ごめんなさい」
さすがに申し訳なくなって、落ち込んでるなっちゃんに素直に謝った。
それを見たなっちゃんは苦笑して私とまゆちゃんの机の上に、牛乳を置いて残りを配りに行った。
「あ、配膳始まった。夕ちゃん、一緒に行こっ」
「うん」
プレートを取って、列に並ぶ。
今日のおかずはほうれん草とベーコンとチーズのキッシュだ!
チーズ大好き! 嬉しいなー。
ほうれん草も体にいいんだよね。
給食を楽しみにしてると、後ろのまゆちゃんが、
「そういえば、相撲大会の話に戻るけど、夕ちゃん、古泉君に負けたの?」
「うっ! うん、そうだよ。押し出しで負けたの」
足が地面に食い込むほど粘ったのに、ぐいぐいと押し出された時の悔しさを思い出し、奥歯を噛み締めた。
「以外~。夕ちゃん、社会関係以外は古泉とほとんど引き分けか勝つのに」
「まぁね。でも、あいつ小三の頃から力強くてさー、喧嘩ならともかく、力比べじゃ勝てない」
「男の子だもんねぇ」
「ああ~、悔しい! あいつとは腕相撲とかは死んでもやらないわ。勝敗の見えた勝負なんてつまらないし」
「何興奮したゴリラみたいに暴れてるんだ?」
地団駄を踏んで唸っていると、超失礼な言葉が耳に入り、声を主を睨む。
案の定、それは右手をテーピングテープで固定した男子──古泉だった。