川島夕の月曜日(天敵)
「アハハハハハハッ! 遅刻した上に転けてやんの! ドジにも程があんだろ! アハハハ!」
教室に遠慮のない笑い声が響く。その声の主を睨むと、その男子は一度笑いやみ、私を見てから再び大笑いした。
私は小林先生の手に支えられながら立ち上がり、そのまま席に座る──わけもなく、怒り任せに男子──古泉颯人に掴みかかった。
「古泉! あんたいつまで笑ってるのよ!?」
「アハハハ、俺だって・・・・・・くくっ、わかんねーよ・・・・・・とめらんねーんだからさぁ。アハハハハハ!」
「あっそーかい。なんなら、そのまま笑い死にでもしたら? そしたらあんたは世界一マヌケな死に方した人として歴史に残るわよ。わぁ、すごーい」
私の嫌味も聞こえてないのか、古泉は笑い茸でも食べたようにお腹を抱えてゲラゲラと笑い続けている。
まぁ、こいつにこの手の嫌味は通じないんだけど。貶し言葉には人一倍敏感なクセに・・・・・・。
古泉は私の最大の天敵にして、クラスの男子のリーダーだ。顔もそこそこいいから女子にも人気がある。ったく、顔がよくて性格悪いとか、一番始末の悪い奴だ。
──にしても、本当にいつまで笑ってるつもりだ? こいつ。そろそろ黙らせるか。
私は古泉の胸ぐらを掴んでいた手を前後に思いっきり揺すった。
「うわっ! なにすんだ!?」
「やかましい。笑いすぎなのよ、あんた。ちょっとは慎みや礼儀ってものを学んだら?」
「遅刻してくる奴に礼儀がどーたら説教されたかねーよ」
「なんですってぇ?」
古泉の言ってることは(珍しく)正論だったが、頭に血の上った私には通用しない。負けじと言い返す。
こうなると、もうどっちも退かない。負けず嫌いなのだ。相手がお互いなら尚更。
古泉との天敵関係は奴が転入してきた二年の冬から始まった。自己紹介する古泉と目があった瞬間、本能がこいつは敵だと悟った。それはあっちも同じだったようで、以来、顔を合わせる度にケンカしている。
「授業中に居眠りこいてるあんただって似たようなもんでしょ。だから、通知表の成績で私に負けるのよ」
ふんっと鼻を鳴らして言ってやると、ニヤニヤと緩んでいた古泉の口角がへの字に歪んだ。
「はぁ? なんだって?」
古泉が眉間に皺を寄せて睨んでくる。今度は私の口の端が上がる。
「事実でしょう? 四年の学期末の通知表、私の方が大変よいが多かったもの」
「ああ、そーだな。だけど、お前、社会は頑張りましょうだったよなぁ?」
「ぐ・・・・・・」
「ハハハッ! 俺は頑張りましょうは一つもなかったぞ。勝ってもいないが負けてもいない! むしろ、社会では大変よいだった俺の勝ちだ!」
「くぅ」
悔しいが事実だ。他ならともかく、社会だけはこいつに勝てない。でも、これだけは言わせてもらう。
「国語と算数と理科は私の方がよかったんだから引き分けよ!」
すると、また口ゲンカになってしまい、小林先生の制止の声がかかるまでこの争いは続いた。そのあと、先生に遅刻を注意され、罰の宿題として漢字の書き取りを言い渡され、古泉がまた笑いだした。文句を言ってやったら振り出しに戻りそうだったので、結局、二時間目の体育で決着をつけることにした。