川島夕の大作戦(探索)
お久しぶりです。
「あ、ヒントパネルあったよ。えーと、『腑分けしなくても大丈夫』……腑分けって何?」
「確か、解剖の事じゃなかったかな?」
見慣れない言葉に頭を悩ませていると、加藤君が脇から教えてくれた。
「へぇー、詳しいね」
「たまたまだよ。この間読んだ昔の医療小説に書いてあったから。夕っちこそよく『腑』なんて難しい漢字読めたね」
「前に兄さんが借りてきたB級ホラーDVDのタイトルにあって教えて貰ったんだよ」
「どんな話? タイトルは?」
「ファンシーでグロい見た目のアニマル達が森に迷い込んだ人間達の内臓ムシャムシャ食べて、ふふふって不気味に笑うだけの『ふふふの腑』っていう映画」
「……へぇ」
加藤君は珍しく言葉に困っているらしい。無理もない。
私も見たけど、ありゃ意味が分からなかった。
なのに、父さんはガチでビビるし、兄さんはどこでつぼったのかけらけら笑うから、うちの男って変だと思ったわ。
「んなことより、これが一体何のヒントなんだよ」
DVDの話をしていたら、古泉が半眼で言った。
五年の下駄箱前の廊下の壁に貼り付けられたパネルをもう一度見る。
このパネルは宝探しのヒントだ。
さっき、グループが決まった後に校長先生が学校のあらゆる場所にヒントの書かれたパネルを設置したと言っていた。どんなお宝も地図なしに見つけられないという事だ。
にしても、朝会始まる前はこんなのなかったのに、いつの間に……。
「解剖……医療……保健室?」
「違うと思う」
「じゃあ、古泉はどこだと思うの」
「いや、わかんねーけど」
「えー」
二人で頭を捻っていると、知代ちゃんがちょいちょいと指先で肩をつついてきた。
「知代ちゃん、わかったの?」
「多分。腑分けしなくても大丈夫って、言い換えると解剖しなくてもいいって事でしょ? だったら、理科室の人体模型の事じゃないかなぁ?」
「「それだ!」」
二人揃って声を上げた。くぅっ、ハモった!
「なるほど。賢いね高科さん」
「いえいえ、腑分けの意味をご存じだった加藤君のお陰です。意外と博識ですね」
「うん? これでも成績は君と同じくらいいいけどなぁ」
「いえいえ、無駄な知識をお持ちで、という意味ですよ」
「雑学は会話に困った時に役立つと思うな」
「そうですか。そうかもしれませんね。私はいきなり内臓の話なんてされたら引きますけど」
「それは言葉のあやだよ」
「また始まったよ」
「ほっといて先行こーぜ」
「……うん」
私と古泉は黒いオーラを纏う二人を置いて、理科室へ向かった。
「人体模型あったよー」
「おう……で、宝はどれにあると思う?」
「さぁ」
理科室へやって来た私達は、ずらりと並んだ人体模型に怯みつつ途方に暮れた。
晴山小の理科室には人体模型がたくさんある。そりゃもう、引くほど。
軽く十体を越えるこの模型達は、理科の笹岡先生が趣味で買い求めたものだ。……自腹で。
ちなみに、晴山小は高学年になると授業ごとに先生が変わる。総合や道徳の時間は担任の先生が受け持つけれど、それ以外の国語や算数はその科目を専門とする先生が見る。
なんだか中学生みたいだが、晴山小の先生は殆どが中学の教員免許を持っているらしい。だから、校長先生が中学生になる前の予行練習と称して今の仕組みにしたそうだ。
にしても、このままじゃ拉致が明かない。
「とりあえず、一つずつ調べてみようか」
他に案も出なかったので、私達はとりあえず加藤君の提案通りにすることにした。
人体模型に近づき、内臓のパーツを一つずつ外していく。
……なんだろう。なんか申し訳なくなってきた。
「ねぇ、古泉よぉ、私達って……」
「何も言うな」
うん、そうだね。やっぱこういう話は古泉に振るに限るよ。振っておいてなんだけど、ばっさり切り捨ててくれてよかった。
知代ちゃんと加藤君なんて黙々と──
「加藤君、パーツが混ざるのでもっと離れて作業してくれませんか?」
「いやいや、同じ大きさなんだから、混ざっても問題ないよ?」
「貴方の分解したパーツと混ざるなんて、絶対嫌です」
していなかった。ギスギスしてた。
「あの二人は……」
ため息混じりに大腸のパーツを外すと、カランという音がした。
「ん?」
大腸を振ってみると、カランカランと固いものがぶつかる音が聞こえる。ひょっとしたら……?
大腸の口部分を下にして、中に入っているものが出てくるよう振る。しばらくして、中身が床にカツーンっと落ちた。
拾い上げてみると、それは小さな鍵だった。
「知代ちゃーん、古泉ー、加藤くーん、なんか見つけたー」
三人に鍵を見せてみた。
「何の鍵かな?」
「教室の……ではないよね? 小さいし」
「うーん、どっかで見たような気がするんだよねぇ」
この鍵。どこで見たかなー? たしか四月の入学式の時に……。
「あっ!」
「っくりしたぁ! 急に大声あげないでよ、古泉。何? パンツでも忘れたの?」
「忘れてねぇよ! つか、忘れるか、アホ!」
「まぁまぁ、それより何か気づいたんだろ? 颯人」
加藤君が古泉を宥めると、古泉は鍵を指差して言った。
「これ、多分体育館の舞台下の鍵」
「舞台下って、あのパイプ椅子閉まってるとこ?」
「ああ」
「そっか! 思い出した! この鍵、入学式の片付けで大木先生が使っているの見た」
そうと分かれば、次にするべき事は決まっている。
「体育館にレッツゴー!」
人体模型……久しく見てませんね。