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パレード・デイズ  作者: ふみわ
小学五年生 一学期
1/26

川島夕の月曜日(朝)

初めてのお話です。

どうか、おかしいところがありませんように。

あったら教えてくれると嬉しいです。

 ジリリリリリリリ・・・・・・


「ほいっと!」


 朝。まず、部屋に響く安眠妨害時計の音をとめてベッドから勢いよく飛び出すことから、私、川島夕(かわしまゆう)の一日は始まる。

 起きたら、裸足でペタペタと窓に寄り、カーテンと窓を開いて日の光と朝の少しひんやりした空気を部屋に通す。

 今日の空は雲一つない日本晴れだ。

 私は大きく息を吸い、ゆっくり吐いてから思いっきり伸びをした。


「やぁやぁ、快晴かな快晴かな。気持ちいい朝だねぇ。ね、七ちゃん」


 そう言い、勉強机に置かれた写真立ての中の少女におはよう、と朝の挨拶をする。これは毎日欠かさない日課だ。

 写真の中の女の子は胸元まであるまっすぐな黒髪の上に、鍔の広い白い帽子を被っていて、年齢は五、六歳くらいに見える。

 真っ青な夏の空の下で向日葵のような笑顔を浮かべている、私そっくりの女の子。


「さーて、今日は月曜だから学校だー! まずは顔洗わなきゃ。洗面所いってきまーす!」


 元気よくドアを開けて、閉める。勢いがよすぎてドアにかけられた『なな&ゆう』と書かれたプレートが揺れた。



 階段を降りて、洗面所に行く前にキッチンに顔を出す。そこでは兄の(ぜん)がフライパンを巧みに操りながら朝食を作ってる。

 さすが、料理上手な兄さん! 何作ってるかはここからでは分からないけど、漂ってくる匂いだけでもう美味しいと確信が持てる。

 あぁ、お腹が空いた。朝はいつも腹ペコ。だって、九時間も何も食べてないんだもの。

 お腹の虫が小さく鳴いていると兄さんが振り返り、こっちに気づいた。

 兄さんはキリリッとした目が凛々しい、美人さんだ。身内の贔屓目を除いても、カッコいいと思う。

 う~む、今日も今日とて男前だねぇ。青いエプロンが眩しいよ。


「夕か。おはよう」

「兄さん、おはよー! 朝ごはん何~?」

「夕べのカレーが残ってたから、チャーハンにした。あとはまぁ、ありあわせだな」

「でも、兄さんのごはんは美味しいよ」

「サンキュ」


 にこりと笑いながらチャーハンを皿に盛る。

 カレーの香りがまた堪りませんなぁ。しかも、美味しさの約束された二日目のカレーだ。早く食べたい食べたい。

 でも、その前に──


「じゃあ、顔洗って着替えてくるねー」

「おう、ついでに父さん起こして来てくれ。でも、ゾンビレベルなら放置でいいから」

「分かってルンバ~」



 さてさて、顔洗って、着替えて、髪も梳かしたら、再び一階に降りて、一番奥の部屋に向かう。

 ここは我らが父にして、川島家の大事な稼ぎ頭の庸一(よういち)さんの仕事場だ。父さんの私室は別にあるけど、忙しくていつも仕事場で寝ている──というより、仕事場に生息している。

 さぁ、父さん、絶対起きてないけど、果たしてゾンビレベルになってるかな? 私はなってると思うけど・・・・・・なんなら、兄さんと賭ければよかったかも。

 そうこう考えつつ、ノックを飛ばして中に入る。朝に父さんの返事があった(ためし)がないからだ。

 カーテンの閉めきった暗い部屋。

 父さんの仕事場はとにかく狭い。八畳あるが、仕事用の机とベッドと本棚を入れてしまえば、一気に狭くなる。しかも、本棚に入りきらなかった本が床に雑多に積まれてるから、足の踏み場も限られる。

 人一人入るのがやっとのこの部屋は、小さい頃、こっそり七ちゃんと秘密基地として使用してたっけ。

 ・・・・・・って、思い出に浸ってる場合じゃないよ! 今は父さん父さん。


「父さん、おはよ。朝ですよ~」


 まずは普通に声をかける。この時間帯の父さんは非常にデリケートなので、扱いには要注意!

 ──しかし、待てど暮らせど父さんは反応しない。

 ゾンビレベルじゃないなら朝ごはんを食べさせるのが兄さんと私の教育(?)方針だ。なので、確認しなくては。


「父さん! 起きて! グッドモーニング! ボンジュール! グーテンモルゲン! ニーザオ! 生きてる? ゾンビってない?」

「う・・・・・・うぅ・・・・・・」


 色んな国の朝の挨拶を捲し立て、毛布にくるまっている父さんの体を力一杯揺すると、小さなうめき声がし、微かに父さんがモゾモゾと動く。

 反応があるってことはゾンビレベルまではいってないらしい。予想が外れたな。

 ゾンビではないので、起こして朝ごはんを食べさせることを決定する。しかし、仕事明けの父さんはちょっとやそっとじゃ目覚めない。

 よし、強行手段だ。

 私は最もよく効く手段に訴えることにした。窓へと歩み寄り、カーテンを開け放つ。一瞬で春の日射しが部屋いっぱいに満ち満ちる。

 すると──


「ぎ・・・・・・」

「ぎ?」

「ぎゃああああ────っ!! 焼ける焼ける! 灰になる────!!!」


 突如、父さんが跳ね起き、苦しみながら狂ったようにベッドの上で這いずり始めた。まるで、朝日に苦しむゾンビのようにもがいている。

 徹夜明けの父さんにはこれが一番効果的なんだけど、今回は部屋に籠る時間が普段より長かったせいか、突然の日光は毒だったっぽい。


「とっ、父さん!? 大丈夫?」

「すみませんすみません!! 原稿は必ず、死んでも上げますから、ご勘弁を──」

「ちょちょちょー! 落ち着いて落ち着いて! 原稿は昨日全部仕上げて編集さんたちに渡したでしょ? もう休んでいいんだよ。てゆーか、休んでお願い。私が悪かったから。ゾンビレベルじゃなさそうって思って起こしたけど、ゾンビ通り越してトランスレベルだったとは──ホント、ごめん」


 慌てて謝りながら錯乱状態の父さんを寝かせると、「原稿・・・・・・オワタ・・・・・・」と呟いて一秒も立たずに泥のように眠った。

 はぁ、よかった。てか、どんだけ根を詰めたんだよ? 父さん。仕事が大変なのは分かるけど・・・・・・。


 父さんは漫画家さんだ。それこそ少女向けから青年向けまでなんでもごされのオールラウンダーで、今は少女誌と少年誌で一本ずつ描いている。当然、ハードスケジュールで特に修羅場を越えたあとは死んでんだか生きてんだか分からなくなるほど弱る。なので、その状態の父さんを川島家ではゾンビレベルと呼んでいる。ちなみに今日みたいに疲弊を通り越して発狂した時はトランスレベル。

 普段は優しくたくましい父さんだが、天敵の〆切には弱いのだ。


 カーテンを閉めて、お疲れ様でした。と呟き、そっと部屋を出る。

 ダイニングでは兄さんがすでに三人分の食事を並べて待っていた。


「父さん、どうだった?」


 グラスを用意し、牛乳を注いでいた兄さんに訊ねられ、私は首を横に振った。


「ダメ」

「ゾンビだった?」

「ううん、トランス」

「マジでか?」


 兄さんが目を見開く。父さんがトランスレベルまでいくことは、滅多にないからね。前になったのも、大分前だったし。

 私は大きく息を吐いて、ホッと肩を落とした。


「うん。いやー、まいったまいった。すぐ寝てくれたけど」

「そっか、よかった。そういえば、今月は別冊で読み切りもあるって言ってたっけ」

「あ! だから、トランスだったのか・・・・・・納得納豆」


 こくりと頷くと兄さんが首を傾げた。


「なんだ? 納得納豆って・・・・・・まさか、カレーチャーハンに納豆かけるつもりか!?」

「違うよっ! いつもの言葉遊びだよ! 納得と納豆って、“なっと”まで同じだから。てゆーか、兄さん、私が納豆ダメなの知ってるでしょ」

「そういや・・・・・・」


 自分の早とちりに気づいたらしい。

 兄さんは真面目だけど、少しそそっかしいんだよね。だから、私の言葉遊びでとんでもない勘違いをすることも結構ある。気をつけなきゃ。


「じゃあ、父さんのは冷蔵庫に入れとくか。お前は早く食べろ。遅刻するぞ」


 父さんのチャーハンにラップをしてる兄さんがテレビを差す。

 左上に出てる時間は七時三十分。


「わわっ! もうこんな時間! いただきまーす」


 両手を合わせてからスプーンでチャーハンを掬う。溶けて小さくなったじゃがいもや人参に味が染みてて美味しい。サラダもうまうま。おっと、牛乳も飲まなきゃ。カルシウムカルシウム。

 と、牛乳の入ったコップに手を伸ばしたら──


「ぎゃああああ────っ!!」


 さっきの父さんそっくりの悲鳴をあげてしまった。ああ、ご近所迷惑、すみません。だが!! 今はそれどころじゃない!

 コップをうっかり取り損ねて、そのままひっくり返してしまったんだから。

 コップから流れ出る白い液体はそのまま私の服を濡らす──じゃなくて、布巾! 兄さん、布巾プリーズ!

 兄さんが「あ~あ、何やってんだよ」と布巾を差し出してくれる。急いで服を拭くが、すでに時遅し。

 牛乳だから、目立つ染みにはならないけど、いかんせん──臭い。溢した奴は人類の敵だと思う。

 私は、ショックのあまり、兄さんに泣きついた。


「うぇーん。兄さん、(くさ)いよ、(にお)うよ、シャワー浴びるー」

「いや、今からじゃ遅刻だぞ」

「いいもん、浴びてくる!」

「あっおい!」


 止める兄さんを無視して、私はダイニングを飛び出し、お風呂場へと向かった。


 ──こうして、私の一日は初っぱなから慌ただしくスタートしました。

夕は基本的に元気というより慌ただしい子です。

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