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第六話「信守の献策」(1)

「そう言えば、上社信守卿はどうしている?」


 帝の言葉に、一同の顔は強張りを見せる。

 何か不味い物でも食したように、一瞬の驚愕に、そして嫌悪に歪む。


「……先帝ご崩御の後、病との届け出がなされておりますが、以降出仕してはおりませぬ。乱の直後、使者をつかわし出仕を求めたところ、『帝のご崩御に心を乱し、未だ心身とも優れぬ』との由」


 そう答える星井の眉間にも、わずかにではあるが険しさが浮かんでいた。


 平素面の顔厚く帝の裁可を仰がず、政務をさばくこの鉄面皮を歪ませられる男がいるのか、と帝は新鮮な驚きを噛み締めていた。


 そして彼の微妙な表情に百倍する激しさで、群臣たちは激しく居らぬ当人を弾劾した。


「ふんっ! 何を白々しい!」

「このような危急の時には、病をおしてでも参内するのが朝臣の務めであろうに!」

「大方敵の勢いに怖気づいたのだ!」

「そんなに病が長引くようであれば、幼児に重臣なり補佐せしめて家督を継がせ、自分は隠居すれば良かろう!」


 と、堰を切ったように非難が信守へと集中する。

 話題を転換するために、揃いも揃って槍玉にあげることを目論んだのだろうが、それにしても浅ましい。好餌に向けて突っ込む鯉のようではないか。


「まったく! とんだ臆病者よ! 主上よ、あのような者は、即刻処罰するべきと存ずるが!?」


 今まで冷汗をしきりに拭い、弱々しく言葉を紡いできた本郷定建が、にわかに発した強弁に、帝は正気かと思った。

 この五十を過ぎた老人は、『順門崩れ』の際に這々の態で帝よりも先に都へ逃げ帰ったではないか。むしろあの戦いで最後まで残り後始末をしていたのは、当時十八歳の上社信守その者である。


 ――厚顔無恥とはこの者らのことではないか。


 しかし、と我に返る。


 ――事なかれを旨として生きているようなこの者らが、かくも悪し様に罵る信守とは、一体何者なのか? 逆に話を聞いてみたい気もするが。


 そう思った帝ではあったが、それを玉音とすれば目の前の連中が烈火の如く激するのは分かっている。


 そも、『順門崩れ』における真の功臣を冷遇している今の朝廷に、信守は嫌気が差したのではないか。ともすればそれは、かなわぬ願いか。

 いや、この場に罵られる当人が現れないことは、むしろ僥倖であったのかもしれない。

 もし一語でも耳に入れば、確実に確執の種となるであろう。


 瞑目し、本題も己の存在も忘れて加熱していく罵声の数々に、帝はわずらわしげに眉をひそめた。


 そこに、である。



「私が、何か?」



 冷え冷えとした声音であった。

 朝服姿を見事に、雅風さえ漂うほどに着こなした若い男は、入り口でニヤニヤと口を歪めている。


 一部始終聞いていたぞ、と。その目が、態度が言外に語っている。

 皆が口を半開きにしたまま、答えられずにいるのをその当人は、愉快げに見返している。

 そして群臣が言い繕うことも、反論できないことを見越して、であろう。

 あえて、


「私が、何か?」


 と繰り返し問うた。


「か、上社信守卿……ご登殿」


 侍従が遅れること一寸、久しぶりに参内した男の名を告げた。

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