第五話「乱ふたたび」(2)
「それでは、改めて状況の説明をさせていただきます」
十七畳という広さは、十名足らずの朝臣たちだけでは持て余し気味であった。
その評議の場にて、禁軍第一軍の本郷定健がわずかに震えを帯びた声で今回の謀反の経緯を説明し始めた。
事の発端は、帝を帝たらしめる一連の儀式、即位の直後であった。
「『順門崩れ』なる大愚を犯した先帝! 果たしてその子に、世を統治する資格が、器量がありうるだろうか!? いや、ない! ならば、布武帝の高貴なる血を正当に引き継ぐ私こそが、それを正さねばならないのだ!」
自領にてそう宣言したのは、その『順門崩れ』にて敗死した平安帝の実弟、御坂宮の一人娘、祭姫であった。
女帝にでもなるつもりかと、この時点では朝臣たちは笑い話の種とした。
彼女が実際に自領にて挙兵した際も、楽観視していた。
……だが、討伐に赴いた軍中、孟玄府勢ならびにその傘下が突如味方の脇腹へと襲いかかったと報じられた瞬間、談笑は凍りつき、凍りついたままにさっと青ざめた。
彼らの脳裏に浮かんだのは、孟玄府の七〇〇〇の軍兵の多さではない。たった一人、孟玄府公であり当世の麒麟児と目される、天童雪新一個人の、涼やかな容姿であった。
三度防戦し、三度とも敗退した。
余勢を駆って朝廷直轄領へ|破竹の勢いで進撃する彼らに対し、虎の子である禁軍第三軍までを投入した。
が、いずれも半数を割るような逆賊の軍に翻弄され、なすすべなく潰走の醜態をさらした。
彼らはその軍勢よりも、その才腕よりも、当世の麒麟児としての声望に気圧されたような感が拭えない。
――まったくの、無意味であった。
そこまで本郷の報告を静聴していた新帝は、酷薄な感想を抱いた。
内容が、ではない。この現況は、まぎれもなく危急存亡の秋である。
問題なのは、その禁軍の将の一言一句が、三日前と寸分違わないということであった。
おそらく自ら率先して動こうとはせず受動的に外部からの風聞を受け取り、それをまともに吟味することなく、また何ら対策を講ずることなく上奏しているのだろう。
「ほかに、なにか情報はないのか」
と訊ねても、戦闘を担当する者らは皆、ふわふわとした返答をくれるばかりである。
『順門崩れ』にて、先帝に撤退を忠言し、無事御身を救出せしめた功、とやらで太宰中輔なる身分に達した星井文双が、傍らに在る。
その彼でさえ、宮中の外側、自分の権威と権謀術数が通じない相手には、まるでその才腕は振るえないらしい。畳を見据えたままに、じっと岩のように動かない。
――朕の許しなくば、こやつらは斥候一つまともに出せぬのか。
呆れて物も言えない、というわけにはいかない。
あるいは自ら兵を率いて親征を行った方が、はるかにマシではないかとは思ったが、同時に脳裏をよぎったのは、亡き父の大失敗、すなわち『順門崩れ』。
自分がその決意を表明すれば、家臣たちの頭にも同様の過去が落ちてくることだろう。
故に、征けぬ。
故に、臍を噛んでこらえるほかない。
所在無く、居並ぶ臣下を見渡す。
ふと、末席に不自然な隙間があるのが分かった。
それぞれ誰の席かは、彼らの背後に垂れた一反の錦の帯、その家紋で分かるようになっている。
その欠員の席には、肉太な『五の字』と、下に『交わし剣』。
『彼』の欠落を知った瞬間、帝はふと浮いてきた疑問を、そのまま音声に乗せた。
「そう言えば、上社信守卿はどうしている?」
そしてその不用意な一言が、停滞していた朝議に、ちょっとした波風を立たせた。




