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第十五話「皮肉の悪花」(2)

 客人水樹を伴っての道半ば、それこそ入郷の一歩手前で、かの一騎は待ち受けていた。


「我聞、こんな所まで出迎えか。ご苦労なことだ」

「……殿におかれましても、ご無事で何より」


 心身の労苦がそのまま刻まれたような気むずかしげな腹心貴船我聞は鞍から身体を起こして地に足をつけた。


 だが顔つき自体は苦労性の宿命か、普段からのそれと大差はないように思える。

 それでも、いくらかはやつれたかのように信守には思えた。


「……奥方への葬儀、滞りなく終わりました。一郎君は幼いながらも喪主として十分にお務めを果たされました」


「そうか。奴の辛気臭い顔なら、さぞ抹香臭い場が似合っただろうに」

「殿!」


 我聞は馬上の、なお先へ進み行こうとする主君の袖を引いた。


「若は健気に耐えておられますが、今なお傷心から立ち直っておられません。何卒そうした言動はお慎みくだされ。あたたかなお言葉をお与えくださいますよう」

「帰って早々、我が子のご機嫌取りか。いかにも父親らしい」

「殿ッ!」

「わかっている。わかっておりますとも、義父上」


 信守は、肩をすくめておどけてみせた。


 だが、誰の視線にもさらされなくなると、忌々しさを包み隠さず、苦みを顔に出すのであった。


 ~~~


 上社領本宅に着いた時には軍勢の大多数はすでに解散と相成り、五、六騎ばかりの供回りが信守、我聞、陶次の周囲にいるだけであった。


 その邸宅の前で留守を守る家人らに擁される形で、かの一郎君は立っていた。


 本人が隠しているのに本当に耐えているかわかるものかよ、と思っていた信守はそこで考えを改めた。


 口の端から端まで引き締めて、眉をひそめて目元のあたりは赤黒く染まっていて、親を仇のように睨んでいる。

 なるほど一見してこらえているのが分かる、懸命な表情であった。


 ――さてどう励まして良いものやら。


 そう思案する信守は、思わず知らず、企図するところもなく、理由も目的もなく……ただ、我が子に触れようとした。



「お早いお帰り、お祝い申し上げます。父上」



 先回りするような息子の一言が、その手を止めた。

 彼の視界には今自らに伸びた手が入っているはずなのに、それが視認できないかのごとく、淡々と祝辞を述べる。笑いを薄く伸ばして引きつらせて。


「見事に逆賊を誅伐し、この一郎も鼻が高うございます。母も草葉の陰でさぞやお喜びでしょう」


 ……先回り、というよりは先制攻撃に近い。

 それほどまでに鬱屈した感情を溜め込んでいたのだろう。事の理非はともかく、今目の前の父にしか、持て余した感情の塊をぶつける相手もいなかったのだろう。


 それだけのことを汲み取れない信守ではなかった。

 彼に理不尽ななじられ方をされたということに対する怒りや不満はなかった。


 ――親子だな。


 という奇妙な共感はあった。

 ただ、乾いた嗤いが口を吊り上げる。

 心は不毛。無気力が胸を占め、そんな己も他人も滑稽すぎてただただ笑える。


 そんな心理の土壌に、悪戯心の悪花が咲く。

 彼の心境を一言で表すのであれば、


「皮肉な気分」


 というものであった。



「そういう父親を、お前は望んでいたのではないか」



 上社一郎は、断崖から唐突に突き飛ばされたような、そんな顔をした。


「臨終間近の妻とそれに一人で立ち会わねばならない子を見捨てる。そういう風に私心を殺し、公務をまっとうする父親だ。常々お前が言っていたことではないか。第五軍の大将であるならば、それらしき振る舞いをしろとは。……で、どうだ? 気分はさぞや最高だろうに。……あぁ、お前は今まさに自分でそう言ったな。自分の母親を見殺しにする父親を得て、鼻が高いと」


 子は、父に飛びかかった。いや、飛びかかろうとした。それよりも速く、背後の家臣らが彼を抱き留めた。


「離せッ、こいつは……この男、だけは……っ!」

 体躯にめぐまれない男子一人を捕らえることは、それほど困難ではなかったはずだ。


「この……っ、クソオヤジが! ふざけんな、畜生が! ふざ、けるなよっ!」


 普段の気品をかなぐり捨てて、口汚く罵る。そんな我が子を一顧だにせず、彼は空の屋敷に一人、入っていく。


 いの一番にその背に縋るのが、こうなることを懸念し、道中何度も諌言していた貴船我聞であった。


「殿ッ! あれほどお諫めしたというに、何故あのようなお振る舞いをっ!?」


 さしもの忠臣も主の無道に憤ったか。その口吻は極限まで鋭かった。


 言こそは穏やかたろうと努めているようだが、背越しに伝わる威圧感は、義孫に代わり今にも飛びかかってきそうではある。


「では正論を説くか? 優しく諭すか? 言っておくがな我聞。あれのきまじめさは筋金入りだぞ。そのくせ情の激しさは人一倍よ。正しさでその感情を抑さば、内に篭めすぎていずれ壊れる。奴の正義や倫理には、敵が必要なのだ」


「……ゆえに、あえて千尋の谷より突き落とされるか」


 信守は淡く笑って振り返った。


「俺がせめて獣並に肉親の情愛を持っておれば、貴様もこうまで苦労はすまいよ。俺はただ弄ぶだけだ。他と同じようにな。それしかできん。……できんのだよ、貴船我聞」


 しかし、と信守は足を止め、くつくつと喉を鳴らした。

 顔の半分には、強い自虐の念が込められていた。


「言霊とはよく言ったものだ」


 『内紛』とは、得るもののない戦い。


 かつて主上の前で吐いた自身の大言を思い返し、彼は自らを嘲笑った。


「なるほど確かに、喪うばかりの戦いであったわ」


~~~


 上社家は王朝開闢以来の武門の名家。その一門に愚将無し、と称されている。

 十年と経たぬ内、その上社家に新たな良将が誕生する。


 上社一郎改め、上社一守。


 その才は期待こそされるも、誰も知り得ないことであった。

 しかし今日この日こそが、終生にわたるこの父子の付き合い方が決定づけられた瞬間であった。

リハビリと、曝しage。


以上が、この作品を直してUPした最大の理由です。

文章はともかく、ひどい展開です。


何しろ救われた人間がいない。これでは、盛り下がるばかりで娯楽としては失敗です。おまけに途中で折れたときた!


よって自戒と自罰の念を込めてこちらへと奉ぜさせていただきます。

今後は、もっと楽しい作品が作れますよう……

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