第二話:浪人水樹」(2)
その奇人を担ぎ込んだことにより、上社邸はちょっとした騒動となった。
その男を、曰く「くだらぬ通過儀礼」の帰途に信守が発見したのが発端である。
旅の浪人と言えども、おのれの領内にて倒れるのを放置すれば、外聞はともかく夢見が悪くなる。
そこでやむを得ず拾って屋敷にあげたわけだった。
濃い紅色の奇妙な髪色をした、それでいて見目麗しい白皙の青年は、家人らの好奇の対象となった。
二日して後正気と会話のできる口を取り戻した彼は、まず改めて信守本人に謝意を示し、礼を口にし、金と食糧を騙し取られた経緯をかいつまんで説明した。
「で、こちらはどなたの家ですか」
と、多少の強さの欠けた調子で、訪ねた。
呆れたことにこの青年は、目の前にいる男がその上社家の長だということ自体には、気がついていないようであった。
年不相応に落ち着き払って成熟しているくせに、妙なところで抜けている。
そう呆れかえりながらも、信守は自分でも驚くほどに実直に、正直に返答をした。
「俺の名は、上社信守という。十年前、先帝陛下のご意向に逆らい、勝手に順門府との戦闘に入り、泥沼の地獄と無数の屍を築いた稀代の愚将。二十万石を差配するには力量不足の愚か者。さるお偉いさんはそう言っている」
やや自虐気味に名乗った信守に、青年は目を見開いた。
しかし表情と姿勢を持ち直した彼は、ニッコリ笑った。
「当時の信守卿の武威は、こんな浪人の耳にも届くほどです。お目にかかれて嬉しく思います」
「当時の悪名も、今なお続いている」
あの時、『順門崩れ』。
戦死した父の名跡をその場で継いだ信守の乱行は、今も朝議にて時折火種となっているようだった。
敵と味方を混乱させるため、味方の輸送を妨害したこともあった。敵に内通した同朋を罠に掛けて、敵ごと殺そうとしたこともあったし、その結果、両軍の戦意を煽ることで総力戦になりかけた。
……もっとも、その隙を突いてこそ、信守の第五軍は生き残ることができたのだが。
「裏返せば、それだけ嫉妬を買っておられる。と同時に、他人に嫌われることを受け入れる度量をお持ちだ。人それは悪漢と呼びますが、そうした御仁に実力と実績があれば」
「あれば、どうなる?」
「妙なもので、世間では英雄と呼び始めるのです」
大真面目にそう答えた彼に、信守の頰がいびつな形で固まった。
一瞬後に、その強張りが小刻みな震えに変わり、それがまた、大笑へと転じた。
「名は、なんという? 客人」
「申し遅れました。姓を水樹、名を陶次と申します」