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第十四話「地獄の音」(3)

「死んだな」

 敵方が武装民の受け入れを受諾したと知った信守の開口一番は、それだった。


 そも、彼にとっては勝敗などというものは既に触里山の夜戦にて決していた。彼が待っていたのは、あくまで天童らの末路でしかなかった。

 その証左に、彼は笑いも憐憫も浮かべてはいなかった。厳然たる事実として言い渡しただけだった。


 だが他の者はそうはいかない。

 作戦の詳細を聞かされていない彼らは顔を見合わせ、次に主将の冷酷な面を見た。


「……ということは、やはり送り込んだ義勇兵の中へ、何かを仕込まれていたと」

「何も仕込みはせんよ。せぬ、が……まぁお前達の考えるとおりのことを、敵も考えているだろう」


 諸将はまた主将から視線を外し、再び隣同士を見合った。その男が何を言わんとしているか、それを探ろうとした。

 ――直接聞けば答えてやるものを。

 内心で信守は彼らの遠慮を嗤った。


 恥を忍ぶ、というほどのことでもなかったが、ほんの少しの悔しさを滲ませながら彼らを代表して平針が進み出た。


「ぜひ、今回の策の趣旨をお聞かせいただきたく」

「……説明するのも億劫だな。では代わって説明を頼もうか」


 信守は視線を陣中へと巡らせた。

 その目先が、一人の青年……末席の知立景経の地点で止まった。


「さて、誰に頼もうか」


 景経は、目をそらした。

 ニヤリといびつに歪んだ大将の目が、景経を射貫いた。


「だれに、たのもうか」


 景経は、首をそらした。


「だ、れ、に」


 信守はその肩に手を置いた。

 景経は上半身を限界までねじ曲げた。


「……では、僭越(せんえつ)ながら私が」


 そう申し出たのは、隣席にて二人のやりとりを眺めていた水樹陶次だった。

 客将でありながら、もはや自他ともに認める信守の副官となった彼は、ごく自然な振る舞いで立ち上がると、大きくその手を振った。


「まず理由の一つとしては、背後の糧道(りょうどう)の確保。背後に潜在的な敵を抱えるよりかは、いっそ前面に集中させてしまった方が良い。そう判断してのことです。事実、こちらの輸送路は広がり、安定している」


 安堵した様子の景経の隣で、陶次は弁を振るう。その様子を、信守は白けた様子で横目で見ていた。


「第二の理由。敵の消耗の加速。そしてそれこそがこの策における最大の効果です」

「ちょ、ちょっと待て!」


 と、一将が片手を掲げた。

 それに応ずるが如く、他の部将も反論を口々に唱えた。


「籠城する敵の兵力はさらに増したではないかっ」

「それに、一揆衆はめいめいの食料を持ち込んだとも聞く。貴殿の言われた効果とはことごとく真逆のことを、我々はしているのではないか?」


 表面上は、と目を細めて口元を緩める。まとった爽風は怒号を洗い流し、静寂を場に取り戻させた。


「ただ兵糧は膨れあがった兵力の数日分にも満たず、食いつなぐことができる安心感からかえってその浪費を加速させます。無論、それを雪新公も承知されています。その消費を少しでも少なくし、かつ公平に物資が分配しようとするべく確固たる体制を作り上げることでしょう」

「真に公平というものがあるならばな」


 皮肉めいた付け足しを、憎たらしげに信守が吐いた。

 その厳しめな視線を受けて陶次は首肯し、自らが描いた策を戸板に流すが如くに語り続ける。


「……そう。自らがせっかく持ってきた食物が、自分たちが使うことなく取り上げられる。そこに新参の民たちは不満と疑心を抱く。そうした疑心に対し、古参の兵はこう考えるはず」


 ――自分たちがもっとも働いているのだから、それを得る資格はおれたちにこそある。むしろ貴様らはなんなのだ。今更しゃしゃり出てきて、何様のつもりだ。

 と。


「あの要塞の内部の中で派閥と軋轢が生まれるのは、当然の行く末でしょう。まして天童公ご自身が、おそらく今回の受け入れに今なお疑念を抱いているはず。もはやそこに、信はない。それでも今になって新兵を追い出すことなどできましょうや」

「遠からず、自滅が始まる」


 景経の言葉に、陣中は静かなるも重苦しい空気に包まれた。


「上手くゆくかはともかく……いささか、哀れではありますな。仮にも、民を思って起ち上がった者たちでしょうに」

「あわれ?」


 平針の独語を、薄笑いを浮かべた信守が拾った。


「ただの侵略行為に、たかが謀反に、義戦だの民のためだのとか寝言をほざいているからこういう矛盾が生まれる。戦をすれば民も兵も区別なく無意味に死ぬ。貴賤の別なく家は焼かれる。……そんなに民のために戦いたければ、民によって殺されようとも恨みはすまい、なぁ?」

 信守の意味ありげな視線に、陶次は俯き加減に聞き流した。景経は、すっとぼけて再び視線を外した。


「だから最初から言っていれば良かったのだ。『これは自分の野心と栄達のための戦』だと、『自分たちの愛情ごっこと一環で、お前達はその犠牲だ』と」

「……いや、それじゃ将兵ついて来ないでしょ」


 景経の低い呟きによって、軍議の場は一気に白けた。

 暑さも寒さも、空気の湿気の多寡も曖昧なまま、その年は暮れていくことになった。



 果たして、陶次の予言が現実のものとなるのには、二月も必要とはしなかった。

「中は、地獄ですな」

 という前置きから始まった景経の報告は、内応した僧兵からのものであった。


 諍いは加熱していた。


 寺という聖域では今、倍速で消費していった食料を奪い合っていた。それによって一日に一人は死傷者が出た。やがてそれが一人、また一人と増え、やがて殺した相手の金品を奪い、穴を犯し、死肉を貪るようになるまでに時間はかからなかったという。


 それを押し止める仁徳は祭姫には存在せず、ただ正論を飛ばして鼓舞をするだけでは彼らのはらと欲とは満たされなかった。


 再戦するまでもなく、半廃人と化した天童雪新にそれを押し止めることはできず。むしろ姫を守り、彼女の美貌を保つための食や物資も得るために、彼自身が配下に手をかけることがしばしばあるという。


「その雪新公が、明晩に最後の特攻を仕掛けるとの密告がありました」

「真偽は?」

「信じて良いでしょう。門徒衆が虚妄を吐いて、もはやどうこうできる状況でもありません」


 ふん、と鼻を鳴らして禁軍第五軍の大将はその腰を上げた。


「相手は死兵だ。適度に道を開けてやれ。思慮なく懐に飛び込んだところを包んで殺す。その指揮は俺が執る」

「御意っ!」

「拠点の制圧は、坊主共が手引きすることになっている。これの調略に当たっていた景経殿と陶次に引き続き制圧を頼む。というか、言い出しっぺがやれ」

「承知いたしました」

「……承知」


 口を半開きにしてまるでアクビの体にて、景経はわずかに首を動かした。

 その横目は、この惨状を描いた両名に注がれている。

 大将は、苦みを含んだ嘲笑を。客人は、自然な微笑を浮かべていた。


 翌日の夜、果たして天童雪新は餓鬼と化した兵を引き連れて、夜襲に討って出た。

 だが、結果は知れきったものであった。包囲陣の大将、上社信守の軍旗めがけて突っ込んだ彼らに待ち受けていたのは、無人の陣。そして、軍鼓と共に四方より迫り来る伏兵。


 兵書曰く、囲師窮するなかれ。

 どんな形であれ、寺という地獄を脱出できた解放感によって、天童兵らの決死の信念はあっけなく飛散した。その虚を突く形で、信守勢が突っ込んだことが決定打となった。

 外部に活路を求めて四散した配下を呼び戻す雄弁さは、今の雪新にはなく、


「あ、あぁぁあ……」


 と、粗相をした子どものように呻くだけだった。

 逃げ惑う兵は、かつては忠勇の士と呼ばれていた者たちは、餓えをしのぐべく周囲の村々を襲い、焼いた。

 自領を襲うという畜生にも劣る所業は、旧孟玄府における天童主従の声望は地の底まで落とした。


 武運つたなく、とあくまで雪新に同情的な者は伝えた。

 いや敗亡は知れきった末路である、と批判的な者は反論した。

 ……つたなかったのは、奴の手腕だろうに、とさらに批判的な者は揶揄した。


 だがそれら後日の風聞が、当人の耳に届くことは決してなかった。


 往年の少年は、常勝の英雄であった。

 一夜にして、彼は敗残の愚将となった。

 逃げ惑ううちに亡国の暗君と蔑まれた。


 そしてこの最期の夜、何を思ったか焼け落ちる寺に逃げ込んだ彼は、もはや一人の狂人でしかなかった。


「あは、あはははは、あはあははははは」


 敵も味方も隔てなく斬り殺し、ついには自ら愛した女が狂乱の形相で自らをなじるのに耐えきれなくなって、彼女も刺し殺した。

 ハバキからねじ曲がった刀は、配下の、女の、多くの血を吸い、やがては彼自身をも貫いたのだった。

天童雪新……ラノベ的な戦記のパロディキャラではありますが、特定のモデルはいません(すっとぼけ)

まぁこの仕打ちは自分でもちょっと引きますね。反省反省。


と同時に、鐘山環伝における鐘山銀夜の対になる存在でもあります。

体制側と反体制側ではありますが、二人の根っこは同じです。

自分の正義と勝利を疑わなかったことと、失敗した時それに気づけない脆さ。

他人の価値観を認めない意固地さ。


あっちは比較的救われた最後となりましたが……まぁこっちは対した相手の性根が腐ってたのでこうなりました。

いや良かった。銀夜は某所でハッスルしてて本当に救われましたね。


ただ毎度毎度、魅力的な敵が描けないのは、歯がゆい限りです。

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