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第十二話「風祭康徒という男」(2)

「話が違うっ! 話が違うではありませんかっ!」


 表門の内側、三ノ曲輪(くるわ)では、煌々(こうこう)篝火(かがりび)が焚かれていた。

 自らの居城に導かれた砂道木金は、風祭軍総大将、風祭康徒と、そこで面会がかなうことになった。

 そして彼が現れるなり、挨拶も前置きもなく、いきなり吠えた。


 境目の城で同様の訴えを行った彼は、そこを守備する(あさひ)なにがしに先導されて城へと帰還した。


 侵略者に自らの領地を案内され、その許可を得て自らの国を通過するという屈辱を受けた、理知の人砂道木金は、震えていた。


「やぁやぁ、これは……ともかく、ご無事にご帰国あそばされ何より。この康徒、心よりお喜び申し上げる」

「康徒殿っ、どういうことかと聞いている!」


 怒鳴り返され、挨拶を中途で折られ、風祭康徒は床几の上で悄然(しょうぜん)とした。

 未だ二十手前の木金に比して、康徒は四十手前。倍近く歳の違う男が、目の前で幅広な肩をすぼめて見せている。

 それに対し、木金はさらにカサに掛けたような物言いを繰り返した。


「一体、何だったのだ……!? 貴殿が我ら四輪と日夜書簡で、あるいは対談し、朝廷への非を糾弾し、年の差はあれど、国を革める時は共に立とうと誓い合ったのは……っ! その誓いを信じたからこそ、わたしは安心して国元を出ることができたというに!」


 無論、最低限の備えをしていなかったわけではない。

 要害に兵を配置し、風祭府との国境を監視はしていた。が、風祭勢はその『万が一』を超えて速かったし、まさかこれほどの数を動員してくるとは見通しが利かなかった。

 その自らの判断の甘さも手伝って、舌峰はさらに鋭く冴えていく。


「それを……っ」

「まぁまぁ、落ち着かれよ」

「貴殿は何者なのだ! たかが一公弟が府公の地を踏み荒らすことが、許されると思っているのか!?」

「だからー、そのぅ」

「そもそもこの挙を風祭府公はご存じなのか!? もし無断とあればこの非道は貴殿一人の身に」



「黙れ、と言っている」



 その低音の恫喝が、康徒と、その周囲のまとう空気を一変させた。

 いや、実際に温度が変じたと言っても疑う者がいるだろうか。


 ただ一言で、萎縮する側は康徒から木金へ。

 ため息一つこぼすと、風祭勢の総大将は表情を引き締め、上半身をゆっくりと伸ばした。

 なるほどこうして座する姿は、二万超の大軍を差配する御大将の気風が備わっていた。


「なるほど、確かに我らは憂国の議を日夜語り合った。親睦も深めた」

「ゆえに」

「だがそれは私事である!」

「ッ!」

「勅命とはすなわち公務である。それを私情を理由に蹴ったとあれば、それこそ非道によりこの康徒一人……いや風祭府が糾弾されるであろう。故に涙を呑んで、兵馬を進んで友を討たねばならなくなったのだ! ……ま、確かに、中には勘違いをさせてしまう言動もあったやもしれんがな」


 ――何をぬけぬけと……っ! 朝廷への献金も滞納し、これまで幾度の勅命も無視して動向を静観していた男が! そもそも我々を焚きつけ、挙兵を示唆したのは貴様ではないかっ!


 そう返してやりたいのがやまやまだが、おのれの都合の悪い言葉を受け付けない雰囲気が、今の風祭康徒ならびにその陣営にはあった。

 だが、それでも自分たちが生き残るためには、あらゆる手段を用い、この男を故郷より退け、かつ味方につけなければならない。

 木金は自らの胴丸の内に手を差込ながら「では」と乾いた声を振り絞った。


「では我らを支援し、その背後を守るという起請文(きしょうもん)……っ、これも偽りと申されるか」


 ん? と。

 そこでようやく康徒の余裕を削ることができた。

 手応えを感じた理知の一輪砂道木金は、自らの胸の前に、件の誓約書を取り出した。

 夜目を凝らし、じっと見つめる康徒に、さらに言い募る。


「これが公表されたら、貴殿も無事では済むまい。いまさら知らぬ存ぜぬで通すことが許されると」

「偽書だな」

「なっ!?」


 一瞥(いちべつ)をくれただけで、風祭康徒は一方的に談じた。


「うむ。もしそれが真実拙者のものであったならば、花押の縁は閉じず下辺を開けてあるはず。それがないということは、偽者であるな。かかる奸計に陥る拙者ではありませんぞ、木金殿」


 などと、一人得心したふうにしきりと頷く男に、木金は唖然としてその顔を見返した。


 ――ま、まさか最初から、我らは切り捨てるためだけの捨て駒か……っ! おのれ一人が漁夫の利を得るためのっ。


 だが、捨て駒であろうと偽書であろうと、とりあえず手元のそれと己の才覚が、唯一無二武器であることには違いない。

 なけなしの矜持が、彼の精神の崩壊を押し止めていた。


「だが、わたしがこれを持って禁軍に捕らえられれば同じ事だ! この書状が表沙汰になれば、それこそ言い逃れできなくなるぞ」


 一世一代の大音声で、彼は言霊を振り絞る。

 康徒は俯き、背を丸めていた。額に手を当て、肘を膝に置き、肩を振るわせていた。


「……そう、そこが懸念であったのだよ」

 風祭府公弟は、嗤っていた。


 やがて(おこり)にも似た身体の揺れは、青年の身体の方へと伝染したようだった。

 得体の知れない感情に怯える木金とは対照的に、康徒は逆に静けさを取り戻していた。

 その手が持ち上がる。木金の左右に控えていた武者が、その両肩を押さえつけた。


「な、何をっ!?」

「……改めて申し上げる。『元』江名府公殿。よくぞご帰国……いや我らの領地にご訪問いただいた。心より歓迎いたす」


 康徒は腰を上げた。

 酷薄な冷笑を見上げた瞬間、木金は自分の内で何かが壊れる音を聞いた気がした。

 全ての失敗と、己の命の終わりと、そして決定的な敗北感を知った。



「そういういわれのない『嫌疑』を晴らすためには、その首が欲しかったところでな」


~~~


 篝火に照らされて、地を濡らす血液なてらてらと脂を浮かせていた。

 目の前から、否この世から消えた青年が流したそれにひたさぬよう、風祭康徒は彼が取り落とした書状を拾い上げた。


「殿」


 彼の被官にして、国境の城代を務めていた旭午昌(ひるまさ)は、そう呼んだ後、振り返った主の横顔に息を呑んだ。


 芸や美、書や歌や音曲を好み、学もある文化人。だが時折そういう表皮を突き破り、鬼の貌が顕れる。そんな錯覚を起こすことがあった。


「……木金公が待機させていた江名勢の八割方は、大逆の罪を咎めぬことを条件に我らに帰順。残りは主人に殉じることを選びました」

「上首尾、上首尾」


 機嫌良くしきりに頷いた公弟は、そのまま書状をつまみ上げた。

 その様子にほっと胸を撫で下ろし、その安堵からつい軽口など叩いてしまいたくなる。


「しかし驚きました。偽書を警戒し、花押にあのような細工を平素よりなされていたとは」


 旭の声には、その大将は反応しなかった。

 つまみ上げた起請文を、何を思ったかぞんざいに引き裂いた。


「なっ!?」


 思わず大口を開ける旭の横で、それをまた四つ、八つと手で引きちぎっていくと、篝火の中にくべ、燃え尽きて灰となっていくのに任せる。


「なにをなさいます!? それは我らの潔白を示すための」


 言いかけた刹那、決して愚鈍ではないその被官の脳裏を、あるおそろしい予感がよぎった。

 想像するだけで背筋が凍るが、好奇心が勝った。その一瞬、つい疑問がそのまま口を出て行った。


「……本当に、言われたとおりの細工は花押になされていたのですか?」


 紙吹雪を火中に投げ込んだ康徒の表情は、旭の側からは分からない。

 だがやがて、ゆっくりとその横顔を傾けていき、



「あァ?」



 張り付いたような満面の笑みと、それに反してこれ以上なく、低い恫喝。

 その劫火の傍らで浮かび上がる陰影は、まぎれもなく鬼のものであった。

 歴戦の武者たちを戦慄させるに、十分過ぎた。


「それはそうと、天童を破るとは。上社の(ボン)は珍しく張り切っているではないか」

「は……ははッ! そのまま敵方の寺を包囲! その制圧は、時間の問題かと」


 裏返った声で部将の曽根(そね)が告げると、薄気味悪い笑みを浮かべたまま、次の問いへと移る。


「で、禁裏の動きはどうだ? 包囲軍に対して干渉する様子はあるか?」

「いえ……他の禁軍の将は汚名返上とばかりに増援や交替を願い出ており、信守卿自身もそのように上奏されたようですが、帝はそれを許さず、包囲の続行を彼に命じた由」

「今、信守を戻し、他の愚将にすげ替えればすべて水泡に帰す。新帝はそれをご存じらしい」


 結構結構、としきりに頷き、康徒はそのまま御殿に向かった。

 彼とすれ違った瞬間、極寒の風のようなものが、旭の総身を撫でた。


 風祭康徒は何かを呟いた。

 それがどういう意味だったか、それを理解する前に、凄まじさが恐怖となって、身体が動かなくなったのである。




「目障りだなぁ」




 とは果たして、誰に向けられた呟きであったのか。

このお話は、ラノベ主人公的な若者を、いい歳した大人が本気でブッ潰す話となっております。

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