第十一話「黒雲払う銃火」
背後で盛んとなっていく火炎は、孟玄の黒獅子とて、白痴の少年となさしめるには十分であった。
だが、彼らの狂乱の上を行く衝撃が、正気は取り戻せないまでも静けさだけは取り戻し、争いを止めた。
そして残されたのは、身内同士の凄惨な殺し合いの、血生臭い痕跡だけであった。
我を取り戻すのは、理知の人、砂道木金の方が盟主よりも早かった。
「……もうだめだ。一度退こう、雪新」
だが獅子に例えられた朋友は、その声にも反応せず、馬上にて呆然としていた。
――これほどまでに脆かったのか、この常勝の天才は。……それに敵味方の区別ぐらいつきそうなものだがな!
尊敬すべきはずの友に対し軽い失望を覚えた。
しかしまず大将が動かないことには、配下も道を見失ったままである。
「……背後に敵が回った以上は仕方がない。正面より敵を突破するほかない」
「……」
「雪新!」
「あ、うん。そうだね……」
意気消沈したままの彼は、迷い子のような表情で、神妙に頷いた。
彼が手にした刀は、同胞の血で赤く塗装され、小刻みに切っ先は揺れていた。
のろのろと、その敗軍は歩き始めた。
周囲からの恨みがましい非難の視線にさらされながら、彼らの大将は最後尾、否反転したから最先頭に向かい、退路へ向かっていった。
それに合わせて、引き鐘が打ち鳴らされる。
しかし軍勢としての速度は、夜駆けで味方を切り潰した時の十分の一にも満たなかった。
他の味方が未だ混乱から立ち直っていなかったというのもあるし、何より盟主天童雪新自体が、まだ自身の敗北と失策を認められず立ち直れていないということもあった。
その山の口、本来ならば砂道木金が受け持っていたはずの、唯一の退路。
死兵を正面から食い止める愚を恐れたのか。既に敵勢は引き払い、彼らの撤収を阻む者は存在しなかった。
思考停止した盟主の傍にあって、副将はひそかに安堵した。
そこに達した時、 天上を覆っていた黒雲は風もないというのに取り払われていた。
赤々と燃える城を光源にしてそこまで至った彼らを祝福するかの如く、満月が神々しく冴えていた。
そして、彼らの眼前の、いや周囲の全容が明らかとなった。
挟まれていた。
山の口、その東西の山裾に配置された火縄銃の無数の、黒々とした口が、斜め前方より、眼下より、彼らを捕捉していた。
「……ありえない……」
己が心中で、実際に口で何度も繰り返した言葉を、天童雪新もまた低く呟いた。
「ありえない、ありえないっ、ありえないッ!」
悲鳴に近い、裏返った子どもの声が、もはや何の打開策もないことを周囲に伝えたのだった。
その声を合図とするかの如く、丸薬のごとき鉄球の嵐が、轟音と共に発射される。
互い違いになるようにして、その射線上で身動き取れない彼らを、無慈悲に撃ち抜いていったのであった。
大晦日にこれの原本をUPした時、
「※今年はお世話になりました。
来年もよろしくお願いします!(祝砲)」
とか書いたらポイントいただけました。
その節はありがとうございました。




