間話「愚かなり若桜」
桃李府、蓮花はすばな城。
俯瞰すれば山にその名を通り大輪の蓮花が咲いたようなこの堅城で、ある評議が一決した。
「やぁやぁ」
そこに参加した桜尾家臣団の重鎮、羽黒はぐろ圭道けいどうが、大股で廊下を歩いていると、その男に声をかけられた。
いまいち風采のあがらない、土の臭いが漂ってくるような男。
それが器所きそ実氏さねうじであった。
じっと睨み返す老将に、気後れしたふうはなく、この頭角を顕し始めた重臣はまるで十年来の旧知のように圭道に話かけてきた。
「やはり、朝廷の援軍へは赴かないはこびとなりましたな」
「当然だ。風祭勢のみならず、西では鐘山宗流まで動いている。そう簡単に動かせるか」
鐘山家方面の守将に、東部戦線の防壁とも称される老将はそう答えた。
桃李府公子桜尾重種しげたねなどはしきりに増援を主張したが、この意見は退けられている。
「……勝てますかな? 朝廷は」
「勝てるかどうかではない。すでに天童勢は詰んでおる。あの男に、風祭康徒に背を預けた時点でな」
「ほほぅ、しかしかの大妖怪殿は、その天童公と通じているとの話も……」
実氏は賢しらげにアゴに手をやり、伸びかけた髭を撫でつける。
ようやく、その上等な上下に違和感がなくなってきた頃だというのに、そういう挙措がいちいち泥臭くて嘲笑の対象となっている。
だが、その泥の臭いをどこはかとなく漂わせる男を、圭道は信用はしていた。
好いているかは別として。
「密約なればこそ、手を切るのをあの男はためらうまいよ。情熱あふれる若き才人は、あれにとって好餌でしかない」
「……若き才人と言えば、殿の第五子は今回の決議の流れ、見通しておられたとか。……はてさて、未だ成人は遠い方ではあるのですが、先が楽しみな」
「大うつけよな」
「楽しみな……」
「うつけよ、大馬鹿よ、その御子は。まったく先が思いやられる」
その少年は、枯れ草色の頭髪と、左右非対称の色をした、兄たちに似ず、白皙の美少年だという。
いやその上の子たちが、白い肌を持つ偉丈夫である桜尾典種のりたねに似ていないのか。
「……あのぅ、殿の御子なのですから、もう少し手心というか……」
おずおずと忠告する実氏へとギョロリと目を向け、
「阿呆を阿呆と言って何が悪い」
と険しく言い返した。
「嫉妬深い四人の兄がいるにも関わらず、自らの後ろ盾を確たるものとする前に才を発揮し、むざむざ危険視される。それのどこが賢明か」
まったく、と毒づく老将は天井を仰いだ。
「願わくば、そんな小僧めには関わり合いになりたくないものよ」
微苦笑を浮かべる実氏は、その視線を外へと向ける。
大きく伸び上がる桜の大樹は、先月の落雷によって枝を落とされていた。
だがその割れ目から、新たな枝が力強く伸び上がろうとしていた。




