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第一話:平安帝の死

 樹治(じゅち)四十二年卯の月二十二日。

 この地上から二人目の帝が消えた。


 盛大に、最上級の葬儀は死後すぐさま執り行われ、今がその最中であった。

 空は白い雲が覆いかかり、天を仰いだ参列者の誰かが、

「あぁ、帝が天上へお帰りになられた……っ」

 と声を振り絞り、周囲の人間の涙を誘った。


 そんな故人の徳やらを惜しんでむせび泣く葬儀の場の前列にあって、男は一人、皮肉な笑みを浮かべていた。


 上社(かみやしろ)信守(のぶもり)

 禁軍第五軍を率いる大将は、目前で公然と行われる三文芝居を滑稽に思った。


 ――二、三万の人間を己の失策で犬死させ、十万の兵士を見殺しにしたような男が、文武百官と数十万の民草に惜しまれながら逝くとは。


 樹治(じゅち)三十二年。今より十年も前の話だ。


 西北の大国、順門府(じゅんもんふ)を支配する鐘山(かなやま)家が、朝廷よりの監視役を殺害した。


 実際はその役人は帝の目が届かぬことを良いことにやりたい放題だったようだが、まぁその是非は良い。


 数人の調査役を送れば済んだ話を、帝は怒りと虚栄心に任せるままに、己と十万超の大軍を送り込んだ。

 それが暗雲たちこめていた王朝の衰退をさらに加速させるとも知らず、予測さえせず。


 大義なき親征、と信守が内心で評する戦いは、征討軍の大敗で終わった。

 それも良い。勝敗は兵家の常という。千人単位の軍を預かっている以上、いつ自分が敗軍の側に回るか、わかったものでもない。


 ――最悪だったのは、その後のことよ。


 数で劣る相手に完敗した挙句、その総大将、地上で一番貴い御仁は、逃げた。

 敗色濃厚の陣中から単身、無断で逃げ帰った。


 混乱する総大将不在の軍で、多くの将兵が人柱になった。

 ある者は決死の殿軍をつとめ、ある者は玉砕した。

 信守の父、興国の功臣である鹿信(しかのぶ)もその一人だ。


 その一件に関する謝罪や弁明を何一つせぬままに、帝は心身の均衡を崩し、酒に溺れて死んだ。


 ――あの男に、臣民に看取られて死ぬ資格なんてあろうはずがない。それが偉そうな葬儀を執り行われるのは、ただそれが仕事と義務であるからよ。その強制を繰り返すほどに、徳や人望など失われように。


 そのことが、人臣位を極めたあたりになると分からなくなるほどに麻痺してくるらしい。


 弔問客のべ五千人の貴人たち。

 呼ばれない下々の家宅にも、喪に服す旨が伝えられているようだから、実際には十万を超す人間がその死を悲しんでいるという計算になるか。


 ――本心からその死を悼んでいるのは、一割にも満たないだろうさ。


 そしてその間に国の動きは鈍麻する。

 生産力は衰え、朝廷の支配に懐疑的な府国に付け入る隙を与えることになる。

 この場に集った佐朝(さちょう)府公、佐古(さこ)直成(なおなり)以下、親朝の姿勢をとる府公、また大小の領主にせよ、この弔問のために長く任地を離れることになるから、さぞ迷惑なことだろう。


 この葬式に二十日。

 その喪主たる新帝が天神よりの禅譲の儀を行う。その後、金王山の布武帝廟堂にのぼり、その復命と誓約を祖霊と交わす。これに二ヶ月かかる。

 その後、多種多様な祭典を新帝自身が執り行うこれに一ヶ月。その後改めて諸侯は新帝に謁見し、変わらぬ忠誠を誓うわけである。


 ――始祖布武(ふぶ)帝以来の形式だかなんだか知らんが、仮に布武帝がご存命ならばこんな時間と金銭と忠誠心の浪費など、この戦乱にするはずがなかろうに。


 指定の列に座しながら、信守は至尊の男の死を嗤った。


 男はその死後、平安(へいあんてい)帝と(おくりな)され、信守のさらなる嘲笑を誘った。

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