笑った復讐者
本作品に登場する人物は、実在する人物とは一切関係ありません。
「おう! 久しぶりだな!」
「そうだな、会ったのは中学の時が最後だったな」
あまり気が進まなかったものの、祖父と祖母から行ってきなさいと言われ、電車に乗ってやってきた。
一応は式なので、出ないというのは自分の中でも後ろめたさを感じる部分があった。
正直、背中を押してもらって助かったような気もしている。
しかしいったい誰がスーツを着て小学校に集まる、なんてことを考えたのか。
「お前の中学の時のあだ名、まだそのままなの?」
「あたりめぇよ。情報屋の駆とは俺の事よ!」
主に男子にとって有益な情報を売ったりしていた俺の友人。
ガセネタだったり、時には危険な場所まで仲間数人を誘って噂を検証したり。
ほとんど噂話が独り歩きしただけの、しょうもないオチでしかなかったんだが。
それでも、中学校生活を十二分に満喫させてくれた悪友だ。
「最近の話は何かあるのか?」
ストーブに手をかざし、雪の降る中を歩いて冷えてしまった手を温めた。
体育館の室温は人が集まったせいで多少は暖かかったが、体の末端までを温めるにはまだ時間がかかりそうだった。
「あるぜ。とっておきのが」
「あの橋の下にエロ本が落ちてるとか、大人のお店の裏にいかがわしいものが捨ててあるとか、そういうのはもう必要ないからな」
「中学の時と一緒にするなよ。……数年ほど前、佐野が亡くなったらしい。飛び降り自殺だそうだ」
「……誰?」
「お前、忘れたのかよ!? 俺たちが小学生の時、「地味子」ってあだ名付けてからかってた女の子だよ」
温まってきた手のひらを裏返し、今度は甲を温める。
さて……そんな子はいただろうか……。
言われてみればなんとなく思い出せそうな気もするが、そこまでしか出てこない。
「成人式の日にそんな話はやめろよ。もっと明るい話はないのか」
「思い出せないのかよ! まぁ……じゃあ、さらにとっておきの話だ」
「明るいのな」
「半年前の話だ。中園って子は覚えてるか?」
中園……。
確か、頭が良くて毎回テストの度に学年トップをとっていた子だったような。
いわゆる優等生って子だったけど、あまり他の子と話している姿は見かけなかった気がする。
静かな子だったからなのか、顔が思い出せない。
俺ってこんなに記憶力悪かったっけ?
「ぼんやりと」
「その子がな、突然トチ狂ったかのように叫び声を上げて、自宅の2階の窓を突き破って行方不明になったそうだ」
「は……? なんだそれ」
「その後の捜索で遺体は見つかったものの、一部が白骨化していたらしい」
いつの間にか外に出ているかのように体が冷たくなり、ストーブとの距離を縮めた。
うちの学校ではそういう話しか出てこないのだろうか。
「それだけじゃない。その叫び声、母親によるとこう言ってたらしい。「ヒライタ、ヒライタ、アカズノトビラ」って」
余計に訳が分からんし、ここまで来ると誰かの悪いイタズラとしか思えない。
遺体となって発見されたのが本当だとしても、死者を冒涜するだけの気分の悪い話だ。
大方、どこぞの悪ガキが考え出したものだろう。
それを話すこいつもどうかしてると思うが。
「あのな、そういうのは情報って言わない。事実を面白おかしく話したいだけの噂話だ」
「せっかくお前が楽しめるかと思ったのに」
「人の死で喜ぶほど腐ってねぇよ。だいたいな、そんな話はするもんじゃないぞ」
こいつに話題を振った俺が馬鹿だった。
わざわざ電車に乗ってこっちまで戻ってきたというのに、なぜ暗い気持ちにならないといけないのか。
ストーブから手を離し、友人に背を向けた。
これ以上関わってもロクなことにはならないだろう。
二次会とか強引に誘われても困るしな。
「どこ行くんだ?」
「始まるまでまだ時間あるだろ。お前と離れて静かに式を終えるよ」
「なんでだよ! ……ま、お前も気を付けろよ」
振り返りもしないまま友人に手を振って、机に並べられたフルーツを手に取った。
いったい俺は何に気を付ければいいのか。
その他にも適当に会った仲間と当り障りのない話をして盛り上がっていると、ようやく式が始まった。
懐かしい先生たちやらの話が終わり、記念撮影も終わり、未来への自分へ書いた手紙を貰って赤面したり。
とりあえず最低限の事は終わったので、あとはダラダラ話してるもよし、さっさと帰るもよし。
二次会でも行きたい奴は勝手にメンバー揃えて行くもよし。
もちろん俺はそんな面倒な事はしたくないので、やや早足で出口の方へ向かっていた。
「あ、あの……いいですか?」
「えっ、……俺?」
ここで話しかけられるんだから同級生に決まっているのだが、悪いが誰だか思い出せない。
直球でそんなことを言えるほど鋼の精神は持ち合わせてないし、どう返していいのか分からない。
相手も何も言わずに、ただずっとモジモジしてるだけ。
一刻も早くこの場を何とかして帰りたい……。
「えっと……」
「あの、今、帰るところですか?」
「え、あ、あぁ……そうだけど」
「もしよかったら、その……」
あれ、もしかしてこの流れは、もしかするのか?
期待してもいい方向の流れなのか?
今までそんな経験ないから、勘違いだったら死ぬほど恥ずかしいぞ?
いいのか俺? 俺でいいのか?
「俊介? 何やってんだ?」
「駆! うるせぇぞ! なんでもない!」
あんなクソ情報屋もどきに今の場面を見られたら、今後なんてネタにされるか分かったもんじゃない。
「と、とりあえず出ようか」
出口でPTAの人から記念品を素早く貰い、逃げ隠れるように体育館の裏へと回った。
実際のところ逃げ隠れているわけだけど、なぜいきなり俺に声をかけてきたのか分からない。
しかしこのタイミングで来るということは……答えは限られてくるんじゃないのか?
「えっと……?」
「……私のこと、分かります?」
向こうから言ってくるとは思わなかった。
正直に答えるのはつらいが、変な嘘をついても自分が苦しくなるだけだろう。
「ごめん……」
「そうですよね、分からないですよね。一緒のクラスになったことなかったですし、私、中学はみんなと別々だったから……」
「……。それで、あの、俺に話しかけてきたのは……」
心臓が高鳴っているのが、はっきりとわかる。
こういう事って、普通は男の方がするもんじゃないのか。
されるがままっていうのはどうなの?
「嫌なら断ってくださいね? 私、すぐ帰りますから」
「と、とりあえず要件を聞かないことには、なんとも」
「当時は伝えられなかったけど、もし私でよければ、その……と、友達からでも……」
当時言ってくれていれば、もっと早くから勝ち組の生活を送れたことだろう。
時期はだいぶ遅くなってしまったが、しかしこれで俺もそちら側の人間というわけだ。
友達なんかといわず、最初から彼女として迎え入れてもいいくらいだ。
「……もちろん。こちらこそ、俺でいいなら」
返答はこんなのでいいのか?
なんか結婚間際の返事みたいじゃないか?
とりあえず手を伸ばして握手でもしようと試みたが、彼女の方は目にたくさんの涙を浮かべたと思えば、走ってどこかへ行ってしまった。
追いかけるべき……なのか?
遅れて走って行った方へと向かってみたものの、彼女の姿はどこにも見当たらない。
呼びかけようと思ったが、名前すら聞いていなかった。
思い出そうとしても思い出せないし、「俺に告白した子」なんて言えるわけないし。
周辺を歩いて探すが、やはり見つからない。
もしかして帰ったのか?
でも電話番号も知らないし連絡を取る手段もないし、どうすれば……。
結局のところ妙案など思いつかず、ただ寒い中、家路に就くしかなかった。
それから数日が過ぎた。
告白なんて一大イベントがあったにもかかわらず、意外にも俺は変わらない日常を謳歌していた。
当然だが向こうからの連絡もなく、一部を見ていた駆から茶化すようなメールが来るわけでもない。
あいつの事だから、絶対に何かアクションを起こしてくると思ったのだが……。
本当に俺は告白されたのかと疑問に思うほど、何一つ変わっていなかった。
「それじゃあ、行ってくるからね」
「夕方には帰ると思うから、留守番は頼んだぞ」
「分かってるよ。行ってらっしゃい」
祖父と祖母は出かけていった。
広い家に俺一人だけ残されて、自由な気持ち半分、どことない恐怖感が半分を占めていた。
まぁどうせ気のせいなんだ、気にすることはないさ。
そう、自分に言い聞かせるように、玄関の鍵を閉めた。
しばらく時間が経った。
もう少しで昼ご飯にしようかという時に、家のチャイムが鳴った。
面倒くさいと思いつつ、祖父母は出かけたと伝えればそれで済む話なので、一応出てみることに。
「あ、やっぱりここでよかったんだ」
出てみると、そこにいたのは俺に告白をしてきた人だった。
想定外の再会で全く声が出ず、喜びよりは違和感を先に覚えた。
「突然来ちゃいましたけど、もしかして都合悪かった……ですか?」
「……いや、えっと……どうして俺が住んでる場所を知ってるの?」
実家暮らしでもなければ一人暮らしをしているわけでもない。
数少ない友人には教えているものの、成人式で初めて声をかけられた人に家の場所なんか教えているわけもないし。
小学生の時と今住んでいる場所も、そこまで近いわけじゃない。
「同じクラスだった友達から聞いて……。大きな家だからすぐ分かるよって、それで表札を見たら……」
確かにここら辺では大きい家ではあるが、それを教えた友達ってやつも又聞きだろう。
誰が情報を漏らしたのか、考えるまでもないが。
まぁ俺にとって良い方向に転んでくれたので、今回だけは不問にしておいてやろう。
「なるほどね。……悪いんだけどさ、その、名前とか思い出せなくて。あの後、探したんだけど……」
「ごめんなさい! 私、恥ずかしくなって家に帰っちゃって……。連絡先とかまだ教えてなかったですね」
まだそれほど面識もないというのに、ものすごくかわいい子に見えてきた。
やばい、これが恋に落ちる感覚というものなのか?
「私、溝口沙耶香です。これ、電話番号を書いた紙です」
そう言われ手渡された一枚の紙。
普通のメモ用紙のようなもので、丁寧に四つ折りにされていた。
……沙耶香? どこかで聞いたことのあるような。
でも同じ学校だったのだから、名前くらい聞き覚えがあっても不思議じゃないか。
「あと、私のことは下の名前で呼んでもらってもいいですよ。普段からそう呼ばれているので」
「え、でもいきなりそんな」
「その代わり、私も俊介くんって呼んでもいいですか?」
「え、あ……うん、いいけど」
恋愛って、こんなにテンポよく進んでいくものなの?
むしろ疾走してる気がするんだけど。
いきなり下の名前で呼び合うなんてことが、こんなにも早い段階でやってくるものなのか。
「今、もしかして一人ですか?」
答える前に、あることに気が付く。
これはひょっとすると、二人きりになって甘い時間が流れる夢みたいな体験ができるんじゃないだろうか。
そしてそれを向こうから誘ってくれているのではないか。
だとしたら俺に残された返答は、これしかない。
「そうだよ。あ、良かったら上がっていく?」
「いいの? じゃあお言葉に甘えて」
スムーズに物事が進みすぎて、自分の才能が怖くなる。
これならもっと積極的に行動していれば良かったかもしれない。
何はともあれ、こうしてかわいい彼女が出来たことだし、過去のことは振り返らないでおこう。
彼女をリビングまで案内して、机を挟んで向かい合うように座った。
しかしここで一つの問題が生じた。
彼女を家に上げたは良いものの、二人きりとなったこの空間で、全くと言っていいほど会話がもたない。
初めてのことだし、そもそもこういう時にどんな会話をしたらいいのか分からない。
「……。大きな家だね」
「え、あーうん。使ってない部屋とかも結構あるし、無駄に広いって感じだけど」
「そーなんだ」
「あぁ、あと井戸とか蔵も庭の方にあるよ。使ってないんだけどね」
井戸は表からは見えない場所にあり、しかもすでに枯れ井戸だという話だ。
というのも、俺が実際に見たわけではなく、もう十数年前から蓋がされ放置状態にある。
蔵は表からも見えるようにはなっているが、扉が錆びついて開きにくくなっている。
何か特別な用事でもない限り開けることはないし、鍵がどこにしまってあるのかさえも知らない。
小さいときに一度だけ入れてもらったことがあるが、埃の被った段ボール箱がほとんどを占めていた。
「……」
「……そうだ、テレビでもつけようか」
なぜ今まで気が付かなかったのだろう。
偉大なる文明の利器がというのに。
重苦しくなった空気に耐えられず、俺はテレビのスイッチを入れたが、
『近年、いじめ問題が深刻化し――』
不相応の話題を耳にしてすぐにチャンネルを回した。
いくらなんでも今はニュース番組ではないだろう。
バラエティ番組なんかが無難か……?
「……ねぇ俊介くん。いじめって、無くなると思う?」
ぞわっとする感触が背筋を舐めあげた。
思い出したくない記憶を無理やり引っ張り出されているような、不快な感情が湧き上がる。
先程とはまた別物の重い空気を、おそらく一人で感じていた。
「さ、さぁ……。でも、完全に無くすのは難しいと思うよ、俺は」
「そうかもね」
テレビが賑やかな笑い声を発していたが、それで気分が和らぐ事はなかった。
昼ご飯にしようと思っていたのにもかかわらず、食欲も一切なくなった。
今は彼女の方を見る勇気もなく、不自然に視線を外しつつ光る画面を見続けた。
そんな状態が何分か、俺にとってはとてつもなく長い時間に感じた頃だった。
どこからか重いものが落ちる音が聞こえてきた。
「何の音……?」
「……ちょっと見てくるよ」
最初はこの状態から抜け出せるチャンスだと思っていたが、次の瞬間にそんな事は言っていられなくなった。
触ってもいないはずのテレビの画面が突然乱れ、徐々に砂嵐へと変わっていった。
「アンテナの調子が」というのも考えたが、彼女の謎の質問と今の物音で不気味過ぎるものにしか見えなかった。
「俊介くん……? なに……何が起こってるの……?」
「わ、分からない……けど……」
ここにいるのは危険な気がする。
無意識のうちに彼女の手をつかんだ瞬間、今度はガタガタと何かを揺らす音が聞こえてきた。
例えるなら、鍵のかかった扉でも開けるかのような……。
音の方向的には蔵の方から聞こえてきた。
泥棒か何かだろうと心の中で願っていたが、こんなに音を立てるのはおかしいという事にも気付いていた。
彼女の手を引っ張ったまま、玄関を飛び出して蔵の方へと走った。
見れば全てが分かる。
そこには、いかにも怪しい人物が錆びついた扉を開けようと四苦八苦している。
そういう光景なら、どれだけ安心できたことか。
半開きになった蔵の扉。
滅多に開けることのない扉が、確かに開いていた。
もしやと思い、井戸の方へ向かっていった。
もはや彼女を連れていることなど頭には無かった。
「ねぇ俊介くん」
そこに枯れ井戸の蓋はなく、ただ暗い穴がぽっかりと開いていた。
覗き込んでみるが、深すぎて底は全く見えなかった。
さっきの物音はやっぱり……。
「いじめって、やった方は憶えてなくても、やられた方は憶えてるんだって。いつまでも、ね」
「こ、こんな時に何を言って……」
「私は佐野沙耶香。……地味子、だって?」
何かに突き飛ばされ、ふわりと体が浮いた。
「幽霊になっても、いじめられた記憶は憶えてるんだよ」
灰色の空がだんだんと小さくなっていく中、頭が血まみれになった女の顔が笑っていた。
まるで復讐を果たし終えたかのように…………。
ホラーは苦手で普段は書かないのですが、面白そうなイベントだったので。
ガチガチのホラーにしようとも思ったのですが、作者の精神が耐えられませんでした。