銃騎士物語 Ⅵ
昼食を済ませ、ふらふらと歩いていると、あっという間に夕方になった。
「なあディージェイ、そろそろ帰ろっか」
「ん? いいの? ドラゴン探さなくて。あんた、一匹も持ってないじゃないの?」
「賞金はちょっと惜しいけど、もういいよ。あんな凄いの見せられちゃあな。俺もさ、銃騎士なんてちゃらちゃらしたんじゃなくて、ディージェイ、あんたみたいな本物の剣士を目指すことにした」
ガデットの顔が随分とりりしくなった気がしたディージェイだった。
「へー。いっちょ前のこと言うじゃないの。銃騎士がちゃらちゃらしてるかどうかは別にして、その心がけ、いいんじゃない? 頑張んなさい」
二人は町に戻ってきた。日没までにはもうしばらくあったが、大半の参加者は帰ってきていた。皆、それぞれがドラゴンを数匹持っていた。
「トカゲ、たしかにトカゲだな、あんなもん」
誰にともなくつぶやくガデット。
三人がかりで二メートル近くのレッドドラゴンを抱えている一行がおり、どうやら彼らが今のところ、優勝候補のようだった。
「ガデットー!」
二人の方に女性が駆けてきた。ガデットの恋人のリッシュだった。
「リッシュ!」
「怪我はない? 大丈夫だった?」
手を取り合いながら言葉を交わすガデットとリッシュ。ディージェイはそばの木箱に腰掛けて、くしゃくしゃになった煙草に火をつけていた。
「大丈夫さ。リッシュ。すまね……俺、ドラゴン一匹も倒してこなかったんだ」
「ドラゴン? いいわよ別に、ガデットが無事なら……」
煙草をふかしながらディージェイはブーツでそばの石をごりごりといじっている。
「青春だねー」
二人には聞こえないよう、小声でぼやいている。
「俺さ、親父の跡を継いで、騎士を目指すよ」
「そう! お父様、きっとお喜びになるわ!」
「なんだ? こいつ騎士の息子なのか。ふーん、そういえば出発前に何か言ってたっけ」
ぶつぶつといいながら煙草をふかしていると、ディージェイの視界にロブ・フォリオが入ってきた。
「おーい、ガキンチョー」
ぶんぶん手を振るディージェイに気付き、ロブが走ってくる。
「ありゃ? あんた、さっきのロックドラゴンは?」
だらけたディージェイに対し、ロブは背筋を伸ばし、全身がこわばっている。緊張しているらしい。
「は、はい! あれはやはりあなたが倒したようなものであり、私がそれを横取りするような真似は、その、出来ません! なので、あそこに置いてきましたです!」
「ふーん、意外に真面目なのね」
「はっ!」
ロブが敬礼の格好をした。何か勘違いしている風だったがディージェイは特に気にしない。
「わ、わ、私も、剣士になるべく、日々精進することにしました!」
「そう? 頑張ってね」
「はっ! では、失礼致しますっ!」
一礼するとロブはぎこちない足取りで去っていった。しばらくして会場の辺りから歓声が上がった。
「ねえガデット、何かあったみたいよ?」
あつあつの二人にディージェイが声をかけた。
「何だろう、行ってみよう」
ディージェイ、ガデット、そしてリッシュは歓声の上がった方へ向かった。
「な! 何と! 凄いことになりました!」
広場の中央に組まれた台の上で、司会の八百屋が叫んでいだ。
「こんな凄いものを、私は物語でしか知りません! 小山ほどもあるドラゴンです! まるで神話の世界の出来事のようです! これを倒したのは、大地主グレス家の長男、ギム・グレス、その人です!」
司会の八百屋にうながされ、男が周囲に手を振る。
そこには、数時間前、ロブ達を恐怖させ、ディージェイが倒したあのロックドラゴンの死骸が置かれていた。
「何言ってんだ! あれはディージェイが!」
ガデットが叫ぶが歓声の方が大きく誰にも聞こえていない。ディージェイは澄ました顔でその様子を眺めている。
「では! 勇者ギム!」
言われて、ギム・グレスが歓声を手で制してから、喋りだした。
「いや実際、私も驚いたよ。この恐ろしい怪物が岩場にいたのを見付けた時は。こいつが私達の方を睨みつけ、そして襲ってきた。しかーし! 私に恐怖は無かった。こんな恐ろしい奴がもし町に現れたら、そう考えると恐怖など消し飛んだ。何としてもこの怪物を倒さねば! 私は怪物に立ち向かった! 死闘の末、何とか倒すことが出来たのだ!」
ギムが言葉を切ると、周囲から大歓声が沸く。
先のロブ達やガデットの例を出すまでも無く、この町の住人は体長五メートルを超える生き物など一度も見たことはない。そんなものは、それこそ物語の中での出来事だと誰もが思っている。それが今、目の前にいる。騒ぐなというほうが無理というものだ。
「ディージェイ! あいつ……」
ガデットは必死にディージェイに訴える、が、当のディージェイは先ほどから変らず澄ましている。
「なあ、ディージェイ」
「いんでないの? あたしはさ、別に人に褒めてもらうためにあれ倒したんじゃないし。そもそもあいつを倒したのは、さっきのロブとかいうガキじゃない。あたしはちょこっと手伝っただけよ」
さらっと言うディージェイだったが、ガデットの方は全く納得できない様子だった。
「くそ! 我慢できねぇ! 俺が言ってやる!」
「やめといたらー?」
面倒くさそうに言うディージェイの制止を振り切り、ガデットは広場の中央へ向けてずんずんと歩いていく。
「――その時! この恐ろしい怪物の尾が我々の頭上に振り上げられ……ん? 何だね、君は?」
ギムが演説を中断し、目の前に現れたガデットをわずらわしそうな目で見る。
ガデットは大きく息を吸い込み、そして吐く。
「そのドラゴンはお前が倒したんじゃないだろ!」
そう叫んだのは、ガデットの隣から顔を突き出したロブ・フォリオだった。
「ロブ?」
いきなりの大声でガデットは驚いていた。
腰に手を当て、ロブが続ける。
「そのドラゴンは、あそこにいる誇り高く勇敢な剣士、ディージェイさんが私を救うために倒したのであり、お前などではない!」
ロブの言葉で一瞬呆けたギム・グレスだったが、すぐにその表情は笑顔に変り、そして大声で笑い出した。
「剣士? は! はーっはっはっは! お前、確かロブ家の長男、だったな。何を言い出すかと思えば。お前にはこの怪物が見えんのか? こんな恐ろしげな生き物をお前は今までに見たことがあるか? 剣士だと? 剣士ってのはあれか? 剣をぶんぶん振り回してるあの時代遅れのことか? そんな奴らにこの怪物を倒す力なんてあるわけがないだろうが! 第一、こいつの鱗は剣なんかじゃ傷一つ付かないぞ?」
にやにやしながら言うギムをロブが睨む。
「とどめは私の銃だが、それを可能にしたのは彼女の剣だ!」
再び大声でギムが笑った。
「なあロブ。お前がこの怪物を見て驚いているのはよーく判ったよ。だがな、自分がとどめを刺したなんて嘘は、みっともないからやめたほうがいいぜ。だったら何でお前がこの怪物を町に持ってこないんだ?」
「私は! 彼女の手伝いをほんの少ししただけで、倒したのはあくまで彼女だから――」
「はっ! もういい、もういい。ロブ、早く家に帰ってベッドに潜り込んでな」
ギムの言葉と周囲からの罵声でロブは会場の隅へ追いやられてしまった。
「なんて奴だ……」
ロブと共に隅に追いやられたガデットがつぶやく。ロブは悔し涙をこらえ、体を震わせている。
「私は、私は何と言われたって構わない。だが奴は剣士を侮辱した! 以前の私も奴と大差なかったが、今は……くそっ!」
そばにあった樽を蹴飛ばし涙をぬぐうロブ。見ると彼の腰にはいつの間にか剣が下がっていた。
「なあガデット、一体どうしたらいい? あんな卑怯な奴を許せるか?」
「ガキンチョー、なーに熱くなってんの」
いつの間にかディージェイが二人のそばにやって来ていた。隣にはリッシュもいた。
「ディージェイさん!」
「ディージェイ……」
相変わらず涼しげなディージェイ。
「言いたい奴には言わせときゃいいし、ロブだっけ? あんたがあのロックドラゴンを倒したってのは、あんたが一番よーく判ってんじゃん。剣士がその剣を振るうのはさ、誰かに見せる為でもお金の為でもないのよ。ねえガデット、あんたもお父さんにそんな風に言われたことない?」
「……ある、けど……」
「人に何を言われようと、認められなくても、我が道、信じる事を貫く。何より自分に誇りを持つこと、それがさ、本当の剣士や騎士だって、あたしはそう思うよ」
ディージェイの言葉にガデットとロブは頷く。が、やはり悔しさは隠せないようだった。
「そのお嬢さんの言う通りだ、ガデット。そしてロブ・フォリオくん」
ディージェイの後ろから年配の男が声をかけてきた。
がっしりとした体格、堀の深い顔には立派な髭があり、その腰には古びた剣が刺してある。
「親父……」
「へ? あんたのお父さん? ってことは……騎士?」
「初めまして、息子が色々と世話になったようで、遅ればせながら、ありがとうございます」
深々と頭を下げるガデットの父。騎士、ランス・マーベリック。
慌てて手を振るディージェイ。
「いやいやいや! あたしは別になんもしてないです! 人に礼をされるようなことはなにも!」
しばらくして頭を上げると、ランス・マーベリックはにっこりと微笑んだ。
「剣士、騎士としての誇り……あなたのような若い方がそんな風にいうのを、久しぶりに耳にしましたよ。最近は皆、銃を好んで使いたがりますからね。こんな田舎町では、本当の剣士や騎士は、もう数えるばかりになりました。私を含め、皆、老人ばかりですがね。ガデットが、息子が銃騎士になりたいと言うのなら、それでも良かろうと思っておりましたが、どうやら……」
息子、ガデット・マーベリックを見るランス。
「俺は、騎士、ランス・マーベリックの息子。親父の剣、使わせてもらうぜ!」
にっこりと微笑んで応えるガデット。
「修行仲間も出来たようだし、なあ、ロブくん?」
言われて、こちらも微笑むロブだった。
「リッシュちゃんをめぐっての恋敵って奴ね」
二人に向けディージェイが言い、一同に笑いが起こる。
遠くではギム・グレスの演説がまだ続いていた。日没が近いらしく、辺りは暗くなってきていた。
「そういやさ、ディージェイ。あんた、なんで銃なんて欲しがってたんだ? あれだけの腕があるのに」
ガデットの言葉に、ディージェイの顔はあからさまに引きつった。
「え! あ? あー、そ、そう、そのー、そうよ! あの、た、頼まれたのよ! そう! 友達にさ、頼まれちゃってさ! あたしが旅に出るって言ったらさ、じゃあついでに銃を買ってきて、ってね!」
その笑顔はとてもとてもぎこちなかった。見ると冷や汗だか脂汗だかでびっしょりになっている。
「へえ、そうなんですか。それは、申し訳ないことをしましたね」
すまなさそうに言うロブとは目を合わせず、ひひと笑い続けるディージェイ。
「……(い、言えない! あんだけかっこいいこと言っといて、実は剣士がダサいから銃騎士になりたかったなんて、口が割けてもいえんぞ!)」
おろおろするディージェイの気持ちなど全く気付かず、ロブが、なら自分の銃を譲ろうか、などと言い、ますますたじろいでしまう。
「い! いいのよ、そんなこと! べ、別に急いでるわけじゃないしさ! ま、まあ、そのうち手に入れるから!」
「あら? 何かしら、あれ……」
取り繕うディージェイの横で、空を見上げたリッシュが何気なく言った。
リッシュの指差す方向には、一羽の鳥が飛んでいた。
何とか話をそらそうとディージェイも空を見上げる。
「え、あ、あら、本当ね。何かしらー。鳥、烏かな? ……ん?」
瞬間、笑顔が消えた。
ディージェイの様子を見て、一同も空を見上げた。
その鳥のシルエットは降下してきた。すぐそばを飛んでいると思われたその影は、予想外にどんどん大きくなっていく。距離感がわからない。
「……アーマー、ドラゴン……」




