銃騎士物語 Ⅱ
夜、ガデットの部屋。
「あのさ、いまさらなんだけど……ごめんね?」
ディージェイが床に額をこするようにして謝っていた。医者の手当てを受け、言われた科白は「一ヶ月は安静にしなさい」だった。
「大会は三日後、とほほ」
ディージェイの言葉は殆ど耳に入っていないガデットだった。
「ちぇっ、人がこんなに謝ってんのに」
つぶやくディージェイをガデットがにらんだ。
「俺はな、今回の『勇者のあかし』大会に命かけてたんだぞ! ちったあ申し訳ないですって顔しろー!」
怒鳴られて再び土下座するディージェイ。
「うっさいガキね」
今度は口に出さず思っただけである。
「とほほ、やっと俺も銃騎士になれるはずだったのに……。賞金五万もパーか」
「銃騎士? 五万?」
ガデットのぼやきを何とはなしに聞いていたディージェイが、急に立ち上がる。ガデットの肩をがっしとつかみ前後に力一杯ゆする。
「何? 何? 銃騎士が何? 五万って? 何? なんなのよ!」
ディージェイの余りの勢いで、ガデットは床に転げ落ちる。
『勇者のあかし』大会、町に二百年前から伝わる伝統行事。
町の西の外れにある大森林「帰らずの森」には野生のドラゴンが多数生息していた。
技術の進歩による「結界」がまだ無かった頃、ドラゴンは幾度と無く町に現れ、人々を恐怖させた。
腕に覚えのある剣士、術士などが帰らずの森へ行き、ドラゴンの親玉を倒し、彼らは町を襲わなくなった。
ドラゴンを倒した一行を人々が称え、以後、帰らずの森のドラゴンを倒せる者を「勇者」と呼ぶようになる……。
そんな話が元になって町の年中行事『勇者のあかし』大会が出来た。
銃の登場によりドラゴンを倒すことが昔ほど難しくなくなった今日、その大会は半分はお祭りのようなものに変わってしまった。
年を重ね、強くなったドラゴンがあまりいなくなったことも、お祭り化の一つの要因だった。
大会の審査内容は、狩ったドラゴンの大きさ、年齢、種類、使用した武器などで、もっとも強いドラゴンを倒した者一人がその年の「勇者」として称えられる。
賞金五万と、闘士、銃闘士の称号が与えられる。
ちなみに賞金五万は、平均的な家族の五年分の収入程度で、銃一挺の平均価格は二万……銃騎士に貴族が多い理由でもある。
「……ド、ドラゴンを倒すだけで五万! しかも銃闘士! よし、やる、あたしもやるー!」
ガデットに話を聞き、目を輝かせるディージェイ。
「残念だな、申し込みは今日までだぜ。それにあんたにゃ無理だよ」
冷ややかな目でディージェイに言うガデット、いくらか仕返しのつもりらしい。
「申し込み? なんて事務的な。ロマンも何もないわね。それよりさ、何であたしには無理だと?」
いくらかプライドを傷付けられたディージェイがガデットに言った。
「そりゃそうさ。いくら最近のドラゴンが弱くなったっつっても、どこの馬の骨とも知らないあんたなんかにゃ無理だよ。腐っても竜ってね、強いぜ?」
ガデットの言葉を聞き終わるとディージェイは立ち上がり、今度は両手を胸の前で組み、にやにやしだした。
「ふっふーん、なーめてもらっちゃ困るわよ。あたしはね、こー見えても剣士なのさ! ナイトよ、ナ、イ、ト! どーだ、びびったか、ガキンチョ」
得意そうな表情のディージェイにガデットは冷たく一言。
「へえ、すげえな。じゃ、がんばれよ、来年な」
窓の外はすっかり暗くなっていた。
そして、ディージェイとガデット、二人の心もまた暗かった。