その2
「で、何があったの? 鈴」
がらんとした放課後の旧校舎の空き教室。そこに俺たち三人は集まっている。外は相変わらずの梅雨曇りだ。
鈴に質問したのは眼鏡をかけた知的な雰囲気漂わせる美少女。そう、椎名れおなだ。鈴の相談に乗ってもらおうとわざわざこんな辺鄙な旧校舎の空き教室にやってきてもらったというわけで。
「同志星野と呼んで、同志椎名」
れおなは口に手を当ててくすくすと笑った。ちなみにおっぱいの大きさはと言えば普通だ。俺が嫌悪感を抱かない程度。きょぬーでもなく、ひんぬーでもなく。ちっちゃすぎて俺が思わず「ひんぬーマンセー!」と叫ぶようなものでもない。普通の普通。
「相変わらずね。す、じゃなくて同志星野」
「よろしい、同志椎名。それよりもね、生徒会のこと」
「あら、同志星野は生徒会の副会長になったんじゃないかのかしら?」
明らかに試している。れおなも分かってるくせに。意地悪というよりからかっているだけだと思うが。
「それが……その……ごにょごにょ」
鈴は言葉を濁した。言い辛いことでもないだろうに。
いいや。俺から言ってしまおう。
「実はな、同志星野はきいの下につくことが耐えられなくて……」
「やっぱりね」
詳しい事情は知らないだろうが、鈴ならこうすると分かってるくせに、わざわざ訊くとは鈴への羞恥プレイか? 新手の羞恥プレイなんだな?
「で、どうして同志縁屋も一緒に出てきたのかしらね?」
そう言ってクールな笑いを浮かべた。それを訊くか。
「そりゃ、まあ、同志星野をほっとけないからな」
鈴の一本アホ毛がふにゃふにゃになるのを目撃する。
「まあ、同志なんだから当然でしょ?」
そういう鈴だが、デレモードはアホ毛でバレバレだっつーの。れおなはまた手元に口を当てクスクスと笑う。彼女は笑い方まで上品だ。俺たち漫才やっているわけじゃないぞ。
「とにかく、同志椎名に相談したいことってのはな」
俺がそう言うと、れおなは微笑を浮かべて、こう言った。
「どうやったら、生徒会に戻れるか、でしょ?」
「違うの」
鈴はれおなの言葉を即座に否定する。そうだ、彼女が生徒会に戻るなんて生ぬるいことは考えていないということはれおなも分かっているはずだ。
れおなはまたクスクスと笑う。
「そうね、同志星野が単に生徒会に戻りたい、と思うわけがないわね。それなら副会長の座で甘んじて生徒会を出なかったらよかったんでしょうし。同志星野の望みは」
「生徒会を乗っ取ること!」
れおなの言葉の続きを待たずそう高らかに宣言する鈴。
「同志星野なら考えそうなことだわ」
一年ちょっとの付き合いで鈴の性格を把握してるからな、れおなは。このとことん負けず嫌いな性格。特にきいに対して発揮される、な。
「とりあえずだな、合法的にっていうか、生徒会のしきたりでちゃんとしたやり方で同志星野が生徒会長になるってのは無理だぜ?」
俺が釘を刺してやる。むっとする鈴の様子にちょっとビビッて。
「だったら」
どうやられおなにいいアイデアがあるらしい。俺とは違うよなー。さすがれおなだ。
「だったら?」
鈴はくりくりした丸い瞳をきらきらと輝かせながられおなを見つめた。期待の目だ。
「第二生徒会を作るってのはどうかしら?」
ぽむ、と俺は左手の掌を右手の拳で打つ。ほうっと、れおなを見つめる鈴。神様か仏様を見るような、そんな感じで。……どうせ俺は何もいいアイデアを出せなかったですよ。
「今の生徒会に喧嘩を売るには、その手しかないわねっ! いいアイデアよ、同志椎名! さっそく第二生徒会を作ることを知らせるポスターを書かなきゃっ! 同志縁屋っ、画用紙持ってきて!」
鈴は早速行動に出ようとする。しかし第二生徒会を作るのはいいとして、今の生徒会に喧嘩を売るときたもんだ。こりゃ大事になるぞ。
「第二生徒会ー、ううん、真・生徒会の生徒会長はもちろんあたしよね。あとのメンバーはー」
俺を指差して、次にれおなを指差した。れおなまで巻き込むことになるのか。
「すまない、れおな」
俺はれおなのことを『同志椎名』と呼ばず名前で呼んだ。れおなは首を横に振って、「いいのよ、結構楽しそうだし。それに大事な友達のためだわ」
友達だから、か。れおなは微笑を浮かべながらそう言った。
――十分後。
俺が持ってきた画用紙に、一生懸命鈴は真・生徒会について書いていた。赤いペンで。赤いネタ好きだな、本当に。
「えーっと、ついでに一緒に闘う同志募集中、っと」
おいおい、他の人まで巻き込む気かよ。さて、この真・生徒会、あちらにとっては偽・生徒会になるのか。あそこと闘うにはメンツが足りないからなあ。
心晴れ晴れ、とした表情の鈴。いい顔だぜ、鈴。
「できたっ、早速貼り出しに行くわよっ!」
「ちょっと待て、生徒会の許可なくポスターは貼れないんじゃなかったか?」
しまった、という表情の鈴。
「じゃあ、配りましょっ、コピーして配る、これしかないわねっ!」
俺たちは、下校していく生徒たちに、必死でチラシを配ることになったのであった。
前進、前進、前進、進! というわけで真・生徒会始動。