その1
昼休み、がらんとした教室。窓の外は梅雨らしく曇り空だ。学校の裏山もちょっと霞んでいるかのようだ。ここは旧校舎の空き教室。極東学園は私学のわりにこういったところを放置しているのだ。大規模な施設を作っている割に、だ。そういったところが俺は気に入っているんだけどね。その人気のない教室に机が雑然と放置されている中、窓際に一部の机を向かい合わせにくっつけて俺と鈴は座っている。
埃の臭いというのだろうか、なにか古びた臭いの中、俺たちは弁当を食べている。
「くにゅうううううううううう! ほんっとにあの女、ムカつくんだからっ!」
アホ毛を三本針金のように立てて、鈴は玉子焼きに箸を突き刺す。
作戦会議、などという名目で鈴にここに連れてこられたのだ。いつもなら鈴ともう一人、椎名れおな(しいなれおな)という友達と一緒に教室で食べている。リア充爆発しろ、という声が聴こえたが気にはすまい。
「うーん、ミートボールうめぇ!」
などと呑気なことを言っていると。
ぎゅむっ!
「いてっ、いてーよ鈴。足を踏むなって!」
足を踏まれたせいでさっきのミートボールの味を忘れちゃったじゃないか。ちなみに俺の弁当は、母親が作っている。そして鈴の弁当、なんと鈴自身が作ったものなのだ。こういうところは女の子なんだよなあ。
「あんたの弁当の味のことはどうでもいいの。それより何とかきいに一泡も二泡も、ううん、一億泡くらい吹かせる方法はないかしらっ。あ、うーん。この玉子焼きおいしー。さすがあたしが作っただけのことはあるわねっ」
鈴の頭を見れば、さっきまで三本立っていたアホ毛が一本だけになり、さらにふにゃふにゃになっている。どうやら怒りは収まっているらしい。よっぽど美味しいんだな、鈴の玉子焼き。
「同志星野、俺にも一つくれませんか?」
「ダメ。それよりもうタメでいいから」
一言で却下。冷たいです、鈴。
「相変わらず横暴だなー、鈴は」
そう言って俺は外を見やった。窓の外を俺は弁当をつつきつつ、見ている中、鈴ももくもくとおにぎりを食べている。
しかし、この学校、私立極東学園は本当に変わっていると思う。普通の学校なら五月の上旬に生徒会選挙が行われるだろう。それがうちの学校は六月中旬に生徒会選挙だぜ。いくら私立とはいえ珍しいだろ? そもそもがこの学園の理事長が変わっているんだよな。自由な校風で、理事長が、『やりたいことは自分で見つけろ、青春時代は一度きりだぞ、思いっきり楽しまないと損だぞ』などと中等部の入学式の挨拶でのたまっていたものだ。
現生徒会長登呂津きい、彼女はその理事長の孫娘だ。生徒会長になったのもその影響が大きい。むしろ鈴が生徒会長選挙で一票差まで迫れたのが奇跡に近いのだ。鈴と俺は一年生のとき、生徒会メンバーだった。その中で鈴はよく頑張っていたんだ。本当に。筆ひげおじさんとは正反対なほど、生徒のために尽くしていた。だから一般生徒に受けがよかったんだ。あと、ここまで生徒会長選挙で健闘したのは、きいがこの学園の理事長の孫娘ってことに反感を持っている生徒が多かったからか? それでも説明がつかないくらいに鈴に票が集まった。この学校はひんぬー好きが多いんだなあ。
そう考えながら視線を鈴に戻すと。
「漣、あたしの胸がどうかした?」
「いや、そんなところ見てないぞ?」
よっぽど胸にコンプレックスがあるらしい。鈴は背がちっちゃい上にひんぬー。俺にとってはそれがいい! ひんぬーが理由で鈴に投票した人は同志だ。貧乳は希少価値! とか誰かが言ってたよな。オタク御用達四コマ漫画のキャラだったか、それが宇宙の真理だと俺は思っている。
「話を元に戻しましょ、きいに一億泡吹かせる方法、思いついたの」
「タコさんウインナーうめー」
「もう、いいから話聞いてよ。あの生徒会を乗っ取るのよ! そしてあたしが生徒会長になる! これよ、これ」
「そりゃ無理だろ」
「どうして?」
「どう考えても鈴に分がないだろう」
「たった一票差じゃない!」
「それでも負けは負けってきいに言われただろうが」
と、鈴が突然立ち上がった。そして目の前でぐっと拳を作り、演説を始める。
「同志縁屋っ!」
「は、はい」
思わず俺も立ち上がってしまった。また『同志』か。
「負けって認めた時点で負け犬になるのよ。あたしはまだ負け犬じゃない。負けって認めていない。きいなんかに負けてはいないの。まだ咬みつく牙はある。あいつの喉笛をがぶりって咬みつけるための。そのためなら、どんな手段でも使う!」
堂々たる演説である。さすが鈴! 負けず嫌いには定評がある。
「しっかし、なんできいはあたしのことを目の仇にするのかな。昔っからそうなのよ。中等部のころからあたしに張り合ってきて。成績とか気にするし。体育祭のときもそう。高等部一年の体育祭で、あいつを百メートル走で負かしたときは本当に悔しがってたしね! あれはあの無節操に大きい胸のせいだと思うのよね。あれは走るのに本当に邪魔だと思うのよ。あの時だけはこのあたしの胸を誇りに思ったものよねっ」
「同志星野も十分きいを目の仇にしてるじゃないか」
「ま、まあちょっとはね。とにかく! あの生徒会を乗っ取る方法、考えて! 同志縁屋!」
そう言われても困ってしまう。鈴のために何かしてやりたいのは確かだ。しかし、この状況で生徒会を乗っ取るいいアイデアは……うーんアイデアアイデア。鈴が生徒会を乗っ取るためのいいアイデア。
……考えつかん。
「すまん、考えつかねえ」
「学校の裏山に行って木の数を数えてくる?」
でた! 『同志』に続く赤いネタ。スターリンが政治犯を強制労働させにシベリア送りにするときの言葉、『シベリアで木の数を数える仕事を与えよう』のパロディである。
「行ってくるぜ」
鈴のためなら行ってやってもいい。そう俺は考えているんだ!
がしっ!
「ちょっと待って」
食べかけの弁当を後にして空き教室を出ようとする俺の肩を鈴は掴む。
「その前に、本当にいいアイデア考えつかないの?」
「あるぜ」
「えっ、なになに?」
目を輝かせて鈴は俺に期待を寄せる。よし。決めるぜ。
「きいに謝って副……ぐぇっ!」
股間にぃ、股間にぃ、鈴の蹴りがっ、またか……だから男にとっては耐えられない痛みだというに。再びあそこにボールが当ったキャッチャーのように、ピョンピョン跳ねてポジションを元に戻そうとする。まあ怒りももっともだ。
「同志縁屋っ! あんた、今までのあたしの話聞いてた? 生徒会を乗っ取るの! 誰がきいに屈しろなんてアイデア出せと言ったのよっ! 本当に学校の裏山の木の数数えてくるっ?」
アホー毛三本お怒りモードあるよ。虎の尾をわざわざ踏んだ俺もバカだが。
「いいアイデアねぇ。俺よりれおなに相談したほうがよくねぇか?」
れおなこと椎名れおなは、俺と鈴のクラスメートだ。学年でも一、二を争う成績で、啓太とタメを張れるほど頭がよい。常に冷静沈着で、しかも美人だ。ちょっと本音が見えにくいところもある。高等部に入ってから鈴と知り合い、その縁で俺とも仲良くなった。
「なるほど! 同志縁屋よりよっぽど頼りになりそうね」
そう言われると地味に傷つくんだよなあ。まあいいアイデアを考えつかない俺が悪いんだけどな。しかしあのれおなでも、現生徒会を乗っ取る方法を思いつくかどうか。
俺と鈴は再び椅子に座って、弁当を食べだす。
「あー、たくわんうめー」
「結局同志縁屋はあまり役に立つアイデアを出さなかったし」
「あー、ほうれん草のおひたしうめー」
「なんかムカついてきた。れおな、いいアイデア出してくれるといいなあ」
アホ毛を一本ぴくぴくさせながら、そうのたまった。
「あんまり期待すんなよー」
言って、からあげを一つ俺は口の中に放り込んだ。
もしプーチンがツイッターやってたとして、プーチンのハゲ! ってリプしたらどうなるのでしょう……gkbr。