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俺が変態になった日

如月先輩の断章です

 俺には3人の姉がいる。


 一番上の姉さんは優しい人だ。小さいころはよく一緒に出かけてくれたし、泣いていればそっと背中をさすってくれた。俺と姉さんは半分しか血が繋がっていない。姉さんのお母さんは姉さんが小さいころに他界した。そんなこと気にしたような様子はなく、いつも俺に優しくしてくれた。俺の母さんは俺が小さいうちに家を出て行ってしまったため、俺にとって姉さんは母さんみたいな人だ。


 二番目の姉さんは意地悪だ。よく俺に悪戯をする。プリンのカスタードがしょうゆに代わっていたり、寝てるうちに女装させられていたりした。姉さんとはまったく血が繋がっていない。姉さんは父親が連れてきた養子だった。自分の母親や父親のことはまったく知らないといっていた。つらいはずなのにいつも笑って俺に悪戯をする。姉さんは強い人だった。


 三番目の姉さんは厳しい人だ。悪いことをしたら、母親の代わりに俺をしかってくれた。昔は姉さんがあまり好きでなかったけど、今ならそのやさしさが分る。姉さんとは半分血が繋がっている。姉さんは俺の母さんの連れ子だった。それでもいつも怒ってばかりではない、何かがんばれば褒めてくれたし、落ち込んでいるときは励ましてくれた。


 4人とも仲良くしていたし、母親がいない分そこらの兄弟より結束が強かったと思う。だからこそあの日、俺は女性恐怖症(へんたい)になった。




「ただいま」


 その日は珍しく、一番上の姉さんが帰ってきていた。就職が決まり旅行会社で勤め始め最近は遅い日が多かった。


「風香姉さん、ただいま」


「あら修君、お帰りなさい」


 やさしくはにかむ姉さん。ふわりとウェーブがかった茶色の髪が肩の位置より少し長く伸び、薄い化粧は社会人らしくその整った顔を引き立てた。その微笑にこちらまで心が和んでいく。ランドセルを部屋に投げ捨てると再びリビングに戻る。


「今日は早いんだね」


 ソファーに腰掛ける風香姉さんの横に座り再び話しかける。


「時間休で午後からお休みをいただいたんです。少し風邪気味だったのですが、修君の顔を見て元気になりました」


 笑いながら腕を曲げて元気さをアピールする風香姉さん。そんな言葉に照れくさくなり、顔を背けてしまう。


「姉さんがんばりすぎだと思う、たまには休んでよ」


「そうですね、今度一緒にお出かけしましょうか?」


「そうじゃなくてさ、自分のためにだよ」


 ずっと大切にしてもらっている分、やはり心から心配だった。反抗期という言葉は父親に向けられていた分、おれ自身姉にはずっと態度を変えなかった。


「姉さんにとっては修君といるのが自分のためなんですよ」


 姉さんのやさしさに涙腺が緩む、それをこらえるようにして話題を変える。


「姉さんは……彼氏とかと遊びに行ったりしないの?」


 正直姉さんがお嫁に行ってしまうのは自分としては悲しいが、でもやはり姉さんの幸せのためにはそれが一番だと思う。


「彼氏? 変なことを言いますね、私は修君と結婚するんでいいんです」


 いつもこの手の話題になるとこう言って話題をそらされてしまう。今日こそはと思い話をとどめようとする。


「いつまでもそんなこと言ってないで、まじめに話してよ」


「私はまじめですよ、変な修君ですね」


 意地でもこの手の話題を避けようとする姉さん。


「冗談はよしてよ、俺まじめに聞いてるんだから」


「私もまじめに話してますよ、どうしたんですか?」


 姉さんと向かい合う。そのまっすぐな目に俺は恐ろしいものを汲み取った。


「姉さん……?」


「何ですか?」


 考えるのを放棄してしまいたかった、今までどおり勘違いのままのほうがいいと思った。それでも気づいてしまった以上これから目を背けることはできない。


「姉さんはその……本気なの?」


 言葉に出した後に無性に後悔した。姉さんの目がうつろになり、人形のように動きを止める。


「まさか、修君本気でないなんてことはありませんよね?」


 口だけが動く。生まれてから今まで聴いたことのない、姉さんの声だった。


「姉さん、修君が小さいころ大きくなったら結婚してくださいって言ったから、ずっと彼氏作らなかったんですよ? まさか忘れたわけじゃないでしょ?」


 怒りとも微笑みとも取れる複雑な表情を浮かべ、姉さんは言葉を繋げる。


「ずっとずっとずっとずっと、姉さん待ってたんです。修君は小さいから結婚できる年まで……」


「……」


「修君の18歳の誕生日プレゼントは決めてるんですよ? そのためにこうしてお金をためてそれまで待ってるのに……」


 すっと立ち上がりかばんから何かを取り出す姉さん。


「ほら、あとは修君がはんこを押すだけです」


 姉さんの持っていたものは婚姻届だった。そこには姉さん自身の名と俺の名前が書いてあった。


「姉さん……」


「あぁ、誕生日プレゼントは家のことです。修君と私二人だけの家、あとこの婚姻届。楽しみにしててくださいね」


「ッ!?」


 恐ろしくなってリビングを飛び出した。部屋に鍵をかけ布団をかぶり震えた、きっと夢なんだと自分に言い聞かせ目を閉じた。次第に精神の疲労のためか意識はゆっくりと落ちて行った。




「つんつん」


「ん……」


 誰かにつつかれていることに気づき目を開く。


「食べちゃうぞ」


 可愛らしい声でささやくモンスターは手を前に出し威嚇をしているらしい。


「翠子姉さん、鍵閉めてるのに何で入ってこれるの?」


 上から二番目の姉、翠子姉さんはお面をはずし笑っていた。ショートの髪は首より上で切りそろえられ、前髪はヘアピンで左右見分けられている。子供のような無邪気な笑顔が特徴だ。近場の大学に通っているので帰ってきいてもおかしくない時間帯だった。


「そんなのいつものことだよ、この前は本棚の後ろからとても面白いもの見つけたし」


 その言葉に背筋に汗がにじむ。


「別に修ちゃんも年頃何だから仕方ないよ、ちなみにそのあと風香姉たちとじっくり見た」


 風香という言葉に先ほどの記憶が掘り起こされる。


「どうしたの? 顔色が悪いよ」


「翠子姉さん、……実は」


 わらにもすがる思いで翠子姉さんに先ほどのことを伝える。いつもおしゃべりな翠子姉さんだけど、ちゃんと話を聞いてくれた。


「なるほど」


 話を聞き終えことの概要をつかみ納得しているようだ。


「信じてくれる?」


「信じるも何も、……始めから知ってたし」


 翠子姉さんのその言葉はさっぱり意味が分らなかった。


「どういうこと?」


「私は姉さんが修ちゃんをそういう風に思ってることずっと前から知ってた」


「そんな……」


 そんな告白に再び絶望感が沸きあがる。


「ふーん、でも修ちゃんそんな顔できるんだ」


 先ほどまでの態度と一転し、急に翠子姉さんに押さえつけられる。


「いいなぁ、姉さん修ちゃんからこんな表情引き出せるなんて」


「す、翠子姉さん?」


「私ね修ちゃんのいろんな表情が好き、怒ってる時の顔も、泣いてるときの顔も、笑ってるときの顔も、もちろん……そんな風に絶望してるときの顔も」


 俺を押さえつける翠子姉さんの力が強まる。ゆっくりとまた分岐した考えがひとつに集約する。


「ほんと大好き、……食べちゃいたいくらいに」


 ゆっくりと翠子姉さんの顔が俺に近づく。間違えなくその考えは合っていた、悪い予感ばかり当たってしまう。


「ッ!?」


 俺を掴む手を振りほどき、翠子姉さんを押しのける。そして再び俺は走った。




「ひゃッ!」


「こら修! 家で走るんじゃないの」


 急に目の前に飛び込んだ人影に身をすぼめてしまう。そこにいたのは上から三番目の姉知里姉さんだった。落ち着いたロングの黒髪は肩まで掛かり、少し鋭い目と重なりいかにもクラスの委員長といった感じだ。そして見た目を裏切らず彼女自身高校でクラスの委員長をしている。


「知里姉さん……」


 自然と涙がこぼれた、そして千里姉さんに抱きつきおろおろと涙を流していった。


「しゅ、修? どうしたの具合でも悪いの?」


 不安そうに俺を見つめる姉に対し首を振ってその言葉を否定する。


「泣いてても分らないでしょ? まったく男の子なんだからしっかりしなさい」


 そんないつも通りの厳しくやさしい姉さんの言葉がますます俺の気持ちを揺さぶった。涙はますますその勢いを増していく。


「もう、とりあえず私の部屋に行きましょう」


 そう言って知里姉さんは俺の手を取って部屋まで連れて行ってくれた。


「それで? 一体どうしたの?」


「それが……」


 先ほどの翠子姉さんの件もあって話づらいこと極まりなかった。おずおずとしていると姉さんは立ち上がり話を切り替えた。


「飲み物とってきてあげるから、それまでに言葉をまとめなさい」


 そういって知里姉さんは部屋から出て行った。改めて見渡すと知里姉さんの部屋はきれいだった。本棚から机までありとあらゆる場所が整理され、姉さんらしい部屋だった。


「ん?」


 そんな中、不自然に本棚から本が何冊か飛び出ていた、恐る恐るその本をどかし覗くとそこには一冊の手帳があった。


「ごめん、姉さん」


 それを読むことは姉さんを信用するためもあった。そうすれば先ほどのようにためらうこともなく、先ほどの出来事について話すことができる。ページを開くと日付と短い文章が書かれていた。どうやら姉さんの日記らしい。それをぱらぱらとめくり一番文が長いところを読み始めた。


『私は母さんが嫌いだ 自分と修を捨てこの家を出て行った母が大嫌いだ でも所詮私も母の娘だった 私は父を愛している 家族ではなく、一人の男性として だからその大好きな父と大嫌いな母の間に生まれた修を心のどこかで憎んでいた 昔から私はあの子に冷たく当たってしまった あの子を見るたびに母への憎しみがこみ上げてくるのだ でもあの子は次第に父に似ていく もはや私はあの子を憎むことはできない なぜなら私はあの子のことを――――』


 そこまで読んだところで知里姉さんが部屋に入ってきた。驚きと恐怖を織り交ぜた表情で俺のことを見ている。


「修……」


「知里姉さん……これって」


 姉さんを信じたかった、だからこそ俺はまっすぐ姉さんを見つめた。姉さんは俺に厳しかったけどそれ以上に自分に厳しかった。だからこそ決して嘘は言わない、ちゃんとたずねればどんないやなことでも答えてくれた。だからこそ俺は姉さんに今尋ねた。


「ごめんね、修」


 視線をそらした姉さんの頬を涙が伝った。


「姉さん……」


「私あなたのことが好きなの、だからもうあなたを兄弟としてみることはできない」


 そしてそう言い放った。風香姉さんも翠子姉さんもここまではっきりとは言わなかったため、正直これが一番こたえた。


「ッ!?」


 そして知里姉さんの部屋を飛び出し、家を飛び出し走った。誰もいないところへ。




 あれから何時間経っただろうか、俺は公園のベンチに一人座っていた。ポツリポツリと雨が降り次第に全身が濡れていった。今日という日がなくなってしまえばよかったと何度も後悔した。あの時風香姉さんに言及するのではなかった。あの時翠子姉さんに相談するべきではなかった。あの時知里姉さんの手帳を見なければよかった。


「……」


 すると目の前が光ったそこには三人の姉がいた。皆素敵な姉だ美人だし、優しい。だけど、だからこそ俺には三人が悪魔に見えた。


「修君」


「帰ろう?」


「修」


 そっと手を伸ばす三人。


「……づくな」


 ふと言葉が出た。


「俺に近づくなあああぁぁぁああッ!」


 その日、俺は女性恐怖症(へんたい)になった。

うん自分で書いてゾッとしました

よろしかったらご感想ください^^

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