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苦手な方はご注意ください。

窓のカブト虫(三題噺)

作者: 霧道 歩

「風鈴」「カブトムシ」「お中元」の題で書いた三題噺です。





 風鈴が鳴った。

 わたしははっと目を開けた。いつの間にか眠っていたようだ。

 吊るされた風鈴の方を見た。窓から差し込む日は高い。まだ昼過ぎらしい。どれくらい眠っていたのだろうか? 

 目線を落とすと箱が置いてある。箱には「お中元」と書かれた熨斗が巻かれている。そうだ、確か親戚に出すお中元の手紙を書いていたところだ。この箱の中身は近所の銘菓店で売れ筋の和菓子詰め合わせだ。わたしも好物だ。

 箱を眺めていると、違和感を感じた。箱は丁寧に包装されている。誰が包装した?

 店での包装は頼まなかったはずだ。手紙を書いてから箱と一緒に包装しようと思ったからだ。しかしわたしはまだ手紙を書いている途中だったはずだ。それに包装した覚えも無い。

 わたしは辺りを見回した、どこにも書きかけの手紙はない。机の下も見てみたが落ちていない。つまり、わたしは無意識のうちに手紙を書き終えて、包装し終わってから一眠りしたということだろうか? 覚えていないのは、まだ寝ぼけているからか暑さのせいだろうか……。

 暑さ。わたしは再びはっとなり、風鈴の方を見た。

 違和感を感じた。風鈴は室内に吊るされている。おかしい。窓は閉まっている。風は入ってきていない。

 室内には冷房機器は一切無い。わたしはそういった物が嫌いなのだ。自然な風を取り入れれば充分に暑さは凌げる。だからわたしは夏場は窓を開けて過ごしている。夏場。そう、今は夏のはずだ。なのに、あまり暑くない。これはどういうことだ? 窓を閉め切っているにも関わらず、この部屋はまったく蒸していない。体感温度は25度前後だろうか。暑くも無いし寒くも無い、快適な室温といえる。

 わたしは立ち上がった。体中から不快な汗が染み出してきた。暑さのせいではない。窓に近づき、障子に手をかけた。

 トン。

 外から窓に何か黒いものがぶつかった。わたしは驚いて一歩を身を引いた。ぶつかった物に目を凝らすと、それはカブト虫だった。6本の節足で窓に張り付いている。必然的にわたしはその腹を見る事になる。虫の腹というのは視覚的に快いものではない。わたしは眉をひそめて目を逸らした。

 トン。トン。

 また何かが窓にぶつかる音がした。ノックのようだった。

 見ると、やはりカブト虫だった。今度は2匹、合計3匹になった。しかもどれも大きい。わたしは首をかしげた。こんな住宅街にカブト虫がほいほい居るものだろうか。

 1匹がぶぅんと羽根を広げた。すると他の2匹もそれに倣った。

 胸が早鐘をうちはじめた。体中の汗がとめどなく滂沱する。わたしは声にもならない悲鳴をあげた。

 無数の黒光する塊がこちらに向かってくる。見なくてもわかった、カブト虫だ。何匹いる? 30匹では効かない。

 ドン! ドン! ドン!

 弾丸のようにカブト虫は窓に激突し、へばりついた。その数はどんどん増えて行く。

 ドン! ドン! ドン!

 窓はあっという間にカブト虫で埋め尽くされた。黒い節足がもぞもぞと蠢いている。わたしはその場にへたり込んだ。角と角が交差し、ぶつかり合い、かつんかつんと窓に当たる。彼等の一匹一匹がわたしを見つめている気がした。その口器がわしゃわしゃと動いている。それを見た途端わたしは悟った。彼等はわたしを餌にしようとしているのだ。

 カブト虫に歯はない。樹液を吸って栄養とするからだ。彼等の口はブラシ状になっている。それでは人間の皮膚を切り裂き肉を抉ることは出来ないだろう。ではどうやって人間を餌にするのか? わたしは腐乱死体の体内から無数のカブト虫が出てきたという話を思い出した。そうだ、彼等は穴という穴から体内に侵入するのだ。鼻腔を押し広げ、眼球を潰し、舌の上を這い、肛門から腸へ行軍するのだ。そしてわたしの血を、臓腑を、脳味噌をレモネードのように吸い、食い荒らすのだ。

 顔の筋肉が恐怖で顫動した。窓がきりきりと音と立てた。奴等は突き破ってくる気だ。カブト虫の数は刻一刻と増え続けている。おそらく、背後からどんどん新たなカブト虫が衝突しているのだろう。

 と、窓ガラスの面にへばりついていた一匹が六肢を広げた。すると、ぺきゃっと音をたて潰れた。黄土色の液体が窓を流れる。それを合図に、一匹、また一匹と次々とカブト虫は耳障りな音を立てて潰れていく。

 ぺきゃ。ぺきゃ。ぺきゃ。

 瞬く間に窓は奴等の膜で覆われた。四散した肉体はずるずると滑り落ちていく。潰れた奴の後ろに居た奴が窓に張り付き、そして背後からの重圧で潰れる。

 窓枠がみしみしと音を立てた。もう長くは持ちそうにない。

 わたしはなんとか立ち上がり、部屋から出ようと扉へ向かった。

 ドアノブに手をかけた時、天井からぱらぱらとなにか落ちてきた。それは石膏に間違いなかった。

 まさか、奴等はこの家全体を取り囲んでいるのか?

 そう考えた瞬間、家中が軋む音が聞こえてきた。このままでは奴等の餌食になる前に、家に押しつぶされて圧死することになる。

 背後から効きたくない音が聞こえてきた。氷が解ける時のような音。わたしは恐る恐る振り返った。窓に一筋の皹がはいっている。面が歪み、皹が更に何本も入った。わたしは口元を押さえた。恐怖で吐きそうだ。

 ぴしっと短い音をたて、窓を中心にして壁に亀裂が入った。

 わたしは机に駆け寄ると、お中元の箱を手に取った。どうせ最期なのだ。大好きな和菓子を味わってから死のう。

 乱暴に包装を破り捨て、箱を開いた。中には確かに手紙が入っていた。しかし、手紙しか入っていなかった。和菓子はどうした? わたしは和菓子が食べたいんだ!

 わたしは空っぽの箱を足元にたたきつけた。わたしは悲しくなり涙を流した。死ぬ間際だというのに、些細な願いも叶わないのか。

 壁の亀裂は更に広がり、部屋中を動脈のように這っていく。わたしは崩れ落ちた。すると、先ほどの手紙が目にとまった。畳まれていた手紙は、叩きつけた衝撃で開いていた。


 風鈴を鳴らせ。


 手紙にはその1文があるだけだった。どういうことだ。なぜこんな手紙が入っている。しかもこれは間違いなくわたしの筆跡じゃないのか。わたしがわたしに手紙を書いたのだろうか。わたしはやはり暑さで頭がおかしくなったのか。

 わたしは和菓子の空箱を手に取った。わたしがわたしに風鈴を鳴らせといっているんだ。それならそうするのがわたしの役目だろう。わたしは振りかぶり、箱を風鈴目掛けて投げた。その刹那、地鳴りのような音とともに壁面がくだけ、黒い雪崩が流れ込んできた。前から、後ろから、左右、そして上からも。同時に、放たれた空箱は風鈴をかすめた。


 風鈴が鳴った。

 わたしははっと目を開けた。いつの間にか眠っていたようだ。

 吊るされた風鈴の方を見た。窓から差し込む日は高い。まだ昼過ぎらしい。どれくらい眠っていたのだろうか?

 目線を落とすと箱が置いてある。その傍には包装用紙と、お中元と書かれた熨斗がある。そうだ、確か親戚に出すお中元の手紙を書いていたところだ。わたしは手元の便箋に目をやった。おかしなことに、そこには「風鈴を鳴らせ」と書かれていた。はて、どういう意味だろうか。こんなもの書いた覚えが無い。わたしは便箋を丸めて屑篭へ投げ入れた。新しい便箋を用意し、万年筆を握った。

 開け放たれた窓から心地よい風が吹き込んでくる。風鈴が涼しげに鳴った。ふと、その音に乗って一匹のカブト虫が机の上にとまった。

あまりいいものではないですが

というか全然いいものではないですが

読んでくれて有難うございます。

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