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弑逆契約〜双牙妃の後宮生存戦略〜  作者: 藤烏あや@『ヤンデレ皇王のつがい様』発売中


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第四話「貢ぎ物」

 離宮の中へ入り、その変わりように莉莉は呆気にとられてしまった。

 今朝とは違い、質のいい家具や調度品が必要な場所に鎮座していたのだから、驚くなというのは無理な話だろう。


「……これは」

「琰の仕業だろうな」

「物取りに遭ったと言ったばかりだというのに、これでは信憑性に欠けるではないか」

「そもそも宮の家具が物取りに遭うこと自体、おかしいんだけどな」

「言うな、白」


 肩を落とした莉莉は痛む頭を押さえる。

 そして現実から目を逸らすために離宮から出た。

 夏の緑の匂いを大きく吸い込み、心を落ち着かせる。

 大きく伸びをすると雲一つない青空が広がっていた。

 離宮にさんさんと陽光が降り注ぐ。

 昨日は気がつかなかったが、太陽に照らされ離宮の奥にも道が続いていると分かった。


「少し見て回るか」

「今日こそは湯に浸かりたいところだ」

「風呂を焚く宦官すらいないところをみるに、湯の支度も私がするしかなさそうだが」

「そのくらい朝飯前だろう? いやもう朝飯は食べたな……」


 わざとらしくとぼけた白に、莉莉は頬を緩めた。

 白は莉莉の反応に満足したのか、楽しげに跳ねながら先導する。

 外周に沿って離宮の裏側へ行くと、そこには馬場が広がっていた。

 厩舎も完備されているようで、莉莉は目を瞬かせた。


「……私はもう驚かんぞ」

「ほぉ。これはずいぶんと思い切ったことをしてくれる」

「楽しげに言うな。……よしまず馬の確認だ」

「莉莉もこの状況を楽しんでいるではないか」

「当たり前だろう! 馬だぞ!」


 先ほどとは打って変わり、弾んだ声と足取りで莉莉は厩舎に向かう。

 期待に胸を躍らせながら近づくと、水の入った桶と野菜の詰まった桶が見えた。

 莉莉は高揚する心のまま厩舎に入る。

 緩みきった顔を取り繕うことなく踏み入れたが、目に飛び込んできた馬と人に表情が抜け落ちてしまった。


「来たか」

「なぜここにいる? 皇帝とは意外に暇なのか?」

「暇ではないな」

「嫌味を真面目に返すな!」


 またも宦官の衣を着た琰が優しく馬を撫でている。

 見覚えのある馬が鼻を鳴らし喜んでいる。


「お? 馬ってのはお前だったか。元気そうでなにより」


 入り口から動かない莉莉の足下をすり抜けた白が馬に声をかける。

 馬は嬉しそうに白を舐めており、莉莉の愛馬に違いない。


「どうしてここに私の馬が?」

「秋狝(しゅうしん)のためだ。狩猟には夫人も参加が必須だからな」

「そうか」


 莉莉の愛馬がこの場にいるということは、琰はあの後どうなったか報告を受けているはずだ。

 琰に問えば、おばばがどうなったのか聞くことができる。

 だが、莉莉にはその勇気がなかった。

 縫い止められたかのように動かない莉莉を不思議に思ったのか、琰が首を傾げた。


「撫でないのか?」

「……撫でる」


 よたよたと愛馬へ近づき、手を伸ばす。

 すり寄ってきた顔を撫でてやると、また機嫌がよさそうに鼻が鳴った。

 じわりと浮かびそうになった涙を見られたくなくて、莉莉はぎゅうっと愛馬に抱きついてしまう。

 しばらく柔らかなたてがみに顔を埋めていると、足音が離れていった。

 つんとした鼻を無理やり押さえ込み、莉莉は顔を上げる。


「あの男は?」

「あぁ、それなら――」

「こっちだ」


 琰は馬場へと続く出入り口で佇んでいた。

 手招きをされ、警戒しながらも琰の傍へ足を向ける。


「そんなところに何があると……これは」

「鞍だな」

「見ればわかる。私が言いたいのはそういうことではない」

「いいものを揃えておいたがこれでいいか?」

「おい。話を聞け」


 琰は莉莉の言葉を無視して鞍の隣に置かれていた箱を開ける。

 ふわりと漂った混じりけのない油の香りに、莉莉は思わずぎょっと目を見開いた。

 そこにはやはりというべきか、鞍や鐙革(あぶみがわ)などに使う精製獣脂だけでなく、弓用の桐油と蜜蝋が並んでいた。


「手入れ油を用意させた。足りるか?」

「足りるもなにも、こんな質の良い油……使ってもよいと……?」

「狩猟には夫人も出ると言ったであろう? 使え。鈍った牙を見せられては興が削がれるのでな」

「わかった。ありがたくいただこう」

「現金な奴」

「うるさい! こんな良い油は滅多にお目にかかれないんだ! これを使わずして何を使う!?」

「ふっ。では俺は戻る。励めよ」


 小さく笑った琰が厩舎を出ていく。

 うっとりと油を眺めていた莉莉だったが、閉じられた扉の音で我に返った。


「……義によって曹操(そうそう)を釈(はな)つことを期待しているのか……?」

「うーん、微妙にすれ違ってる気がするなぁ」

「それ以外の目的で私に物を贈る意味がないだろう!?」

「ふはっ! 不憫な男だなぁ、あいつ」


 けたけたと笑う白に、莉莉は眉を寄せた。


 ◇


「やはり秋狝(しゅうしん)に賢妃も出るのね」

「間違いないかと」

「そう。わかったわ。下がっていいわよ」


 莉莉専属の侍女は膝を床に付け頭を下げると、命令通り部屋を後にした。

 静まり返った室内で、紅の引かれた唇がにたりと歪んだ。


「ねぇ九尾? わたくしのほうが、あんな女よりも上よね」

「えぇ。あたしが選んだのだから当たり前でしょう?」


 甘く媚びるように囁いた九尾の尻尾は陽炎のように揺れていた。

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