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弑逆契約〜双牙妃の後宮生存戦略〜  作者: 藤烏あや@『ヤンデレ皇王のつがい様』発売中


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第十一話「決着」

 琰に待てと言われた七日目の朝。

 莉莉は四肢を拘束されたまま牢の外へと連れ出された。

 青く澄んだ空に赤とんぼが飛び、冷たい秋風が頬を撫でる。

 日があまり差さない牢で一週間過ごしていたからか、晴れ渡った陽光は目に悪い。

 眩んだ目が機能し始めたのは西市(せいし)へと連れてこられた頃だった。

 本来人々が賑わう官営市場のはずのそこは、しんと静まり返っている。

 久々に吸う外の空気だというのに、どこか淀んでいる気がした。


(公開処刑にでもするつもりか? まったく悪趣味だな)


 妃嬪や官僚たちから向けられた憎悪に、莉莉はこれからのことを容易に想像できた。

 処刑の立会人であろう宦官の隣で莉莉は敵意を隠さず前を見据える。

 玖蘭もこの場に招集されていたらしく、扇で顔を隠しつつもしおらしい表情を浮かべていた。

 だがその瞳に滲んだ歓喜までは隠しきれていない。それは隣に控える莉莉の専属女官だった者も同じだ。

 反対に足下で待機している九尾からはまったく感情が読み取れなかった。

 元来皇帝が処刑を見届けるための席でふんぞり返る煌龍が視界に入り、疑念が浮かぶ。


(なぜ琰がいない……?)


 莉莉の抱いた疑問を宦官も感じたらしい。

 困惑した表情で煌龍を見ている。


「何をしている。早く罪人の首を落とせ」

「陛下はご存じなのでしょうか」

「ふんっ。このような事、陛下の手を煩わすこともないわ。陛下がご快復あそばす前にけりをつけねば我の面目が潰れるというものよ」

「……承知しました」


 陛下が伏せっている今、一番位の高い煌龍の命令を拒否できる者はいない。

 莉莉が膝を折らされた瞬間。

 白い塊が、莉莉の前に飛び込んできた。


「白っ!?」

「やはり出てきたな、白虎。わざわざ捕らわれに出てきたのか? 協力的でけっこう! 神獣捕縛の法具を」


 煌龍の後ろに控えていた側仕えたちが、じゃらりと古びた鎖を手に持った。

 見覚えのあるそれに、莉莉はやはりと目を細める。

 神獣捕縛の法具と謳われた鎖は、白を捕らえようとした挙げ句、抵抗したおばばに重傷を負わせた物と同型だ。


「お前が双牙の民を襲ったのだろう?」

「ひひひっ!」


 その独特な笑い声だけで十分だった。

 あの夜は燃え盛る炎の光で相手が見えなかったが、今は違う。

 いびつに歪んだ煌龍の顔はまるで悪鬼のようだ。


「やれ!」

「白!」

「なっ、莉莉!?」


 法具が煌龍の合図で白へと投げられ、莉莉は押さえつける宦官を振り切り、白を突き飛ばした。

 その勢いのまま地面に倒れるかと莉莉はぎゅうっと目を瞑っていたが、痛みは訪れなかった。

 恐る恐る瞼を上げる。

 真っ先に視界へ飛び込んできたのは真っ赤な瞳だ。

 少し焦燥の滲んだ視線が絡むと、安堵したように柔らぐ。


「琰?」

「あぁ」


 どうやら琰に抱き留められたらしい。

 触れた胸からとくとくと鼓動の音が聞こえる。

 優しく離された莉莉はじわじわと上ってくる歓喜に気がつかないフリをして、顔を逸らした。

 琰の腰に吊るされた剣を見ながら、莉莉は心を落ち着ける。

 琰が莉莉の拘束を解く最中、煌龍が目尻をつり上げた。


「陛下! その者は陛下のお命を狙う反逆者ですぞ!?」


 煌龍の言葉に、琰は一瞬逡巡する素振りをみせる。

 しかし縄を解ききると強気に口角を上げた。


「その言葉、そのままお前に返そう。逆賊、朱煌龍よ」

「なっ!?」

「双牙の一族である莉莉が、あの距離で弓を外すなんてありえぬだろう」

「何を仰るのです! 使われた矢は確かにその女の物でしたぞ」

「……では貴殿の蔵から同型の矢が押収された言い訳を聞こうか」


 にっこりと笑った琰とは対照的に煌龍は顔を青く染めた。


「その女に頼まれたのです。故郷の矢を使いたいと!」

「私が持っていたのは私が手ずから作った矢だ。そもそも貴殿に弓矢の調達を頼んだ覚えもない」

「だそうだが?」

「なっ、陛下は忠臣であった私とその娘、どちらを信用なさるのですか!?」


 怒りからかぶるぶると震える煌龍が吠える。


「ならば神獣の声を聞こうか」


 やれやれとため息をついた琰の威厳を象徴するかのように、朱雀が舞い降りた。

 琰の真上で羽ばたく朱雀がすっと目を細める。


「弓を射った場所には狐の妖気が漂っておった。姿隠しでも施しておったのだろう」

「今、オレを捕らえようとしたその法具、双牙を襲った時と全くの同型だな」

「琰を殺めるために使った鏃の毒は双牙の一族が使う毒と酷似しておった」

「朱雀様まで何を仰いますか。罪人が使ったのは双牙の一族が扱う毒ですよ!」

「ふん。娘。弁解の機会をやろう。そこに同じ物を用意した。鏃に付着していた毒は双牙の物か?」


 朱雀の言葉に、一人の官僚が毒の入った器を持ってきた。

 銀食器の色が変わっており、誰の目にもこれが毒であるとわかるだろう。

 莉莉は器を手に取り、匂いを嗅ぐ。

 それだけでこの毒が双牙の物でないと理解した。


「たしかに似てはいるが、まったくの別物、紛い物だ。そもそも双牙の一族は芥子の実を毒に使わん」


 莉莉がそう断じると、ますます煌龍の顔から血の気が引いていく。

 琰は満足げに微笑み、追い打ちをかけた。


「まぁその他の証拠はここで並べられぬほど揃っている。言い逃れができぬほどにな。反逆者を捕らえろ!」

「ぐぅっ! 貴様ぁ……! 貴様さえいなければ!! 皇位は我が物だったというのに!」


 兵に捕らえられた煌龍が怨敵と言わんばかりの目を琰へと向ける。

 だが琰は飄々とした表情を崩さない。


「莉莉。これはお前の戦いでもあったんだ。何が起こっても俺も今だけは目を瞑ろう」


 にやりと悪い笑みを浮かべた琰に、莉莉も楽しげに笑う。

 莉莉は琰が帯刀していた剣を鞘から抜くと、煌龍へと向けた。

 剣を構えた莉莉に、煌龍の顔から血の気が引いていく。

 後ろに後退りながら、彼は玖蘭へと目を向けた。


「おい! 玖蘭!! 我を助けろ!」

「え……?」

「ちっ! この役立たずがっ!」

「ち、父上……?」

「我を助けようとも思わんのか! この愚図が! っ、ひっ」


 喚き散らす煌龍を覆うように影がかかる。

 影の正体は剣を構えた莉莉だ。

 感情のない瞳で煌龍を見下ろした莉莉は嘲りを全面に出し、口角を上げた。


「無様だな。白虎を手に入れることもできず、下に見ていた双牙の一族に一杯食わされて」

「ま、待て」

「おばばの痛み、思い知るがいい」

「話せばわか――」


 だんっと音を立てて剣が突き刺さる。

 煌龍へと振り下ろされたはずのそれは、彼の足下に刺さっていた。

 極度の恐怖から意識を飛ばしてしまった煌龍がどさりと地面に転がった。


「ふんっ。たかがお前のために手を汚すわけないだろう」

「いいのか?」


 背中にかかった声に、莉莉は振り返る。


「あぁ。アレの罪は、刑部(けいぶ)に任せよう」


 清々しい笑顔を浮かべた莉莉は憑き物が落ちたかのように、煌龍が連れていかれる様を見送っていた。

 その様子を呆然と見送っていた玖蘭は、はっと我に返ったように琰へと向き直る。


「へ、陛下っ!」

「徳妃には今日限りで後宮から退いてもらう。官吏たちに下賜することも考えたが、罪人と縁を結びたがる者はいなくてな。悪いが朱陽国の最北端の鉱床で奉公をしてもらうこととなった」

「ま、待ってください。わ、わたくしは……わたくしには、九尾の狐がっ」

「確かに九尾の狐は吉兆をもたらす神獣であるが、その力をお前は何に使った?」


 冷酷そのもののような顔つきと抑揚のない声色、道端の小石でも見る赤色の瞳に、玖蘭は小さく悲鳴を上げた。

 がたがたと可哀想なほど震える彼女の足下からするりと出てきたのは九尾の狐だ。


「そろそろ潮時ですわね」

「……え?」


 九尾は狐目を細めてにんまりと笑う。


「それではまたどこかで」


 ぽんっと軽い音を立てて九尾が消えてしまった。

 目を丸くした莉莉が白へと視線を向けると、げんなりとした声色が返ってくる。


「これだから狐は面倒なんだ」

「朱雀。追えるか?」

「無駄だろう。あやつの目くらましはよう効く」

「そうか。ならば徳妃のみ連れていけ」


 琰がそう指示を出す。

 すると泣き喚く玖蘭は粛々と宦官に連れていかれた。

 莉莉の専属女官だった者や彼女の側仕えだった者達も例外はない。

 どよめく観衆を散らした琰が莉莉へと向き直った。


「今夜。お前の宮へ行く」

「……あぁ」

「ではまた後で」


 琰は名残惜しげに眉を下げると、朱雀とともに宮城へと足を向けた。

 小さくなる彼の背中を眺め、莉莉は小さく息を吐いた。

 ぴょんと肩に乗った白の柔らかな毛並みを堪能するように撫でる。


「私たちも帰ろうか」

「そうだな」

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