余命宣告かと思ったら、夫の嫌われ告知だった件
私と12歳になる娘の彩花は、膝の上で固く手を握っていた。
正面には、神妙な面持ちをした主治医の姿。
夫が緊急入院してから三日……
説明があると呼ばれたこの部屋の空気は、氷のように冷え切っていた。
「奥様、そして彩花ちゃん。……落ち着いて、冷静に聞いてください」
医師は重い雰囲気で、2人の眼を見た。
「これからお話しすることは、ご家族にとって非常にショックな内容となります。どうか……どうか、覚悟を決めてお聞きください」
私の心臓が跳ね上がった。
娘の手がぎゅっとズボンを握る。
覚悟? まさか……命に関わる深刻な病状?
もう手の施しようがないってこと……!?
私と彩花は深く息を吸い込み、固く口を結んで頷いた。
「……はい。覚悟は、できてます。どんなことでも……包み隠さずおっしゃってください」
医師は一度目を閉じ、重々しく口を開いた。
「……ご旦那様ですがね」
「はい……!」
「当院の……全看護師から……やんわり嫌われております」
「……えっ?」
静寂が診察室を包んだ。
私と彩花は顔を見合わせ、それからもう一度医師を見た。
「……あの、先生? 今、なんと……?」
「ですから、ナースステーションの全看護師から『ちょっと面倒くさいわね』と、やんわり嫌われているのです」
「……え、ええっ!?」
パニックになる私を余所に、医師はさらに真剣な表情で続けた。
「ショックを受けないでくださいね、それだけではありません……病棟を担当している清掃の全おばあちゃん方からも……ほんのり嫌われております」
「ええぇぇぇっ!?」
彩花が思わず声を上げた。
清掃のおばあちゃん方といえば、廊下ですれ違うたびに「あら可愛いねぇ」とお菓子をくれる、あの慈愛に満ちた人たちだ。
あのおばあちゃん達に『ほんのり嫌われる』とは一体どういうことなの?
「な、なぜですか……!? 夫が何かご迷惑を!?」
言葉を失う私たちに、医師はトドメとばかりに重い溜め息をついた。
「そして……あのお優しい、医療事務の田中さん……」
「え……!?」
あの田中さん?
誰にでも笑顔で接し、まるで天使ようなあの田中さん!?
「ええ。あの田中さんですら、しっかり嫌っておられます」
「田中さん……まで……!?」
私は思わず椅子から立ち上がりかけた。
命に別状がないのは何よりだが、妻としての精神的ダメージが別の意味で大きすぎる。
「せ、先生……夫の病状自体は……?」
「ああ、ただの急性胃腸炎です。明日には退院できますよ」
翌日……
退院手続きを済ませ、看護師さんや清掃のおばあちゃん、そして田中さんに「ご迷惑おかけしました……」と頭を下げる私と彩花。
当の夫はといえば、「いやぁ、みんな親切で温かい病院だったなぁ!」と満足気に笑っていた。
その背中に向かって、全スタッフから送られる『絶妙にふんわりした冷ややかな視線』を、私と彩花は一生忘れない。




