出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
「ねえ、ミディア。あなた、王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、まるで壊れたおもちゃを差し出すように、リゼリアお姉様は私に告げた。
彼女はいつだって私を見下していて、今も意地の悪い笑みを浮かべながら嘲笑するように喋っている。
何故なら出来損ないである私と違って、お姉様は誰もが一目置く完璧な公爵令嬢なのだから。
そして、そんなお姉様が私に何かを与えるときは、決まってそれが要らなくなった時だった。
「レオニード・ヴォルディア殿下。あなたも、名前は良く知っているでしょう?」
お姉様が口にしたその名前を聞いた時、私は戦慄した。
彼はこの国一番のイケメンと噂される、貴族平民問わず大人気の第一王子。
もちろん私はその顔を見たことがないけれど、少し前までは年頃の貴族令嬢ならばみな彼とお近づきになりたいと言っただろう。
だが、そんな王子様もいまや誰も近づきたがらない厄介者だ。
それは彼が不治の病――否、解呪不可の悍ましい呪いに侵されたからだ。
目を合わせただけでその身を石化させ、自らの肉体をも蝕む恐るべき呪いだ。
これのせいで、王子は魔術で目を潰され、ついに誰の前にも姿を現さなくなった。
「仮にも聖女であるあなたなら解呪できるかもしれないと、特別に王子様への接近許可が出たわ。それに、目の見えないあなたなら石化の恐れはないでしょう?」
なるほど、そう言うことかと私は納得した。
確かに私は生まれつき強い光の魔力を有した聖女の一人として、幼い頃を修道院で過ごした。
だけど、私は光を認識できる術を失った。
私の眼は二度と光を捉えることは出来ない。
だから、私が認識できるのはどこまでも広がる闇だけだった。
光を知らぬ者に光の理を扱えるはずもなく、 結局私はあの出来事をきっかけに修道院を追い出され、以降は実家で大人しく一人で過ごしていたのだ。
しかし、お姉様はレオニード王子の婚約者だった。
そして、優秀で未来あるお姉様が、ダメになった王子の婚約者であり続ける必要性はなく、かといって放置する訳にもいかない。
そこで白羽の矢が立ったのがこの私という訳だ。
「で、どうなの? 行くのか、行かないのか。ちゃんと口に出して言いなさい。いっつも黙って一人でボーっとして、不気味なのよあんた。まったく、なんでこんなのが聖女なんだか」
「……分かりました。伺います」
「そう。ならさっさと支度なさい。良かったわね、あんたみたいなのにも役割が与えられて」
「…………」
私に拒否権など存在しない。
だけど、私はもとよりこの話を受けようと思っていた。
何故なら私は、光を持たない者の気持ちが分かるから。
何も見えないことへの絶望を、誰よりも知っているから。
だからこそ、この国で一番王子様の気持ちを分かってあげられるのは私だけなのだ。
「――誰だ」
酷く冷めた、掠れ声が聞こえた。
レオニード王子は、鉄で出来た檻のような部屋に隔離されていた。
いや、自由に外に出ることが許されない以上、牢屋と言っても差し支えないだろう。
魔術紋が刻まれた眼帯で両目を覆われ、酷くやせ細った彼からは、王族としての風格などを微塵も感じさせない。
私はお構いなしに前へ進み、彼の下へ近づいていく。
「待て。来るな。俺に近寄るな」
なんと言われようと私は足を止めなかった。
ただまっすぐ、ベッドの上で蹲る彼に迫っていく。
「やめろ……ごほっ、死にたいのか……」
これは彼なりの精いっぱいの気遣いなのだろう。
視力を失った者は、それ以外の感覚が常人よりも研ぎ澄まされる。
彼には今、何も見えていないけれど、誰かが近づいてくるというのははっきり認識できているだろう。
「……一体誰なんだ、お前は」
「ミディア・エルフォードと申します。レオニード殿下」
「エルフォード……あの女の関係者か」
「ええ、リゼリアお姉様に申し付けられ伺った次第です」
「……帰れ。俺が呪いに侵されて以来、一度も顔を出さなくなった女の妹などと話すことはない」
「お姉様は、聖女である私ならばあなたのことを治せるかもしれない、と、仰っていました」
「……なんだと?」
かけていた毛布を剥ぎゆっくりと体を起こすレオニード殿下。
見えていないはずなのに、私の方をじっと見つめている。
それはまるで神に縋るような、微かな希望を見出した者の姿だった。
「お前……聖女なのか?」
「……ええ、光の魔力を持って生まれ、修道院で育った聖女の一人です」
「治るのか! なあ、本当に治るのか!? 俺は、元通りの生活に戻れるのか」
「……落ち着いてください。まずは診てみなければ何とも言えません」
「――ッ、すまない、少し取り乱した」
王子は飛び上がり、勢いよく私に手を伸ばした。
その際、彼の手が私の胸に触れたが、私は敢えてツッコむことなく、彼をベッドへと戻す。
そして今度は私から彼の傍へ寄り、その体にゆっくりと手を添えた。
彼の体に流れる魔力を、私と同調させ、その原因を探っていく。
――やっぱり、そうなのね。
そして、私は一つの答えを得た。
それは予め予想していたものと概ね同じものであり、だからこそ、私は抵抗もせずに彼の下を訪れたのだ。
ゆっくりと息を吸い、吐く。
そして、彼が求めているであろう言葉を、投げかけてやった。
「治ります。私なら、あなたを治すことが出来ます」
「――ッッ!!!」
その言葉を聞いた王子は、まるで人生で一番の幸福を迎えた時のように喜んだ。
涙すら流して、私に手を伸ばす。
私はその手を自分の手で優しく包んだ。
「あぁ、あぁ……良かった。もう、一生直らないと、俺の人生は終わったんだと、思ってた! ああ、頼む。すぐにでも解呪してくれ! そうだ! もし解呪に成功したら、俺の婚約者になってくれ! 俺を見捨てたリゼリアなんかよりもお前の方がよっぽど相応しい! そうに決まっている。だから、さあ、早く!」
酷く興奮した王子は、次々と言葉を吐き出していった。
よっぽど嬉しかったのだろう。よっぽど苦しかったのだろう。
恥もプライドも捨てて私の救いを求めている。
「落ち着いてください。術式を起動するので、動かないでください」
「あ、ああ……すまない」
「では、始めましょう。あなたの体を蝕む元凶を、取り除いていきましょう」
「ああ、本当に、頼んだ……」
私から放たれた光が、王子の体を包んでいく。王子の体内に侵入していく。
そして王子の体の中から、彼の体を蝕むそれを見つけ出す。
それは彼の中で確かな異物として、強い存在感を放っていた。
「俺が回復した暁には、国を挙げて盛大に祝おう。そして、リゼリアとの婚約を破棄し、新たな婚約者を迎えよう」
「…………」
「なあ、結局、俺を蝕んでいたものは何だったんだ? なぜ俺だけがこのような目に合わなければならなかったんだ!?」
舞い上がって完治した後のことを想像し、口にしていた王子だったが、ふと疑問に思ったのか、尋ねてきた。
「――あなたの体内に埋め込まれた、強すぎる光が異物として暴走し、蝕み、あなたの体質を変えてしまったのでしょう」
「埋め込まれた、だと……?」
「覚えていらっしゃいませんか? あなたは幼い頃、誰も治療法を知らない不治の病に侵され、生死の境を彷徨ったことがあるハズです」
「あ、ああ……確かに子どもの頃の俺はいつ死んでもおかしくないと言われていたが……」
「どうやって治療をしたのか、覚えていますか?」
「それは――」
「当時聖女候補として集められていた子供から、奇跡の力、光の力を抜き取って、移植したんです。その甲斐あって、あなたの体は生命力を取り戻し、生き延びることが出来た。ですが、ただの一般人に、聖女の力はあまりに重すぎた。だからこうして今、強烈な拒否反応を示しているのです」
「――――」
そう。
あの時、この国は大事な跡取りである王子を生き残らせるために、聖女を一人犠牲にしたのだ。
だけど、元より聖女など国や教会の道具の一つであることに変わりなく、この程度では大事にするほどの事件でもなかった。
「その光を奪われた聖女は、その後どうなったか、興味がありますか?」
「――聞きたくないな。そんなもの、俺が命じた事じゃない」
「ふふ、そうですよね。あなたなら、きっとそう仰ると思いました」
私は王子の中に埋め込まれた聖女の力を回収していく。
私が聖女だから王子の呪いを解くことが出来る訳ではない。
だけど、私だけは彼に埋め込まれた聖女としての力を取り除くことが出来る。
「さあ。終わりましたよ。ゆっくりと目を開いてください」
「あ、あぁ……」
私はゆっくりと彼の眼を覆う眼帯を取り除く。
そして久方ぶりにゆっくりと目を開く。
彼の眼の前に立つ聖女の姿をゆっくりと認識していく。
「私のこと、覚えていらっしゃいますか?」
「――ッ!!」
わざとらしく、にこやかに笑って見せた。
目を閉じたまま笑って見せた。
王子は私の顔を見て、絶句していた。
「――お前も、目が見えないのか」
「はい。私はある日、全ての光を奪われました。その日から、私はずっとこうして生きてきました」
「ということは、まさか……」
「ええ、ご想像の通りです」
「――ならなぜ、俺を助けた。俺に恨みがあるんじゃなかったのか? それとも、当てつけか? 俺に何を要求する気だ!!」
開けたばかりの視界には、あまりに得られた情報量が多すぎたのか、王子は酷く動揺し、怯えた。
だけど、彼の体はすっかり衰え、すぐに動くことなど出来るはずもなく、私が手を伸ばしても逃げ切ることは出来なかった。
私はゆっくりと彼の顔へと手を伸ばし、その目を覆うように手のひらを被せた。
「――っ!! まさか俺が呪いに侵されたのもお前の仕業――」
「勘違いしないでください。私はあなたのことを恨んではいなかった。だけどあなたはあの日――」
私は少し語気を強め、王子に圧をかける。
そして私は、これまでの思いを吐き出すように口を開いた。
「あなたは――花を潰した」
「……は?」
そう。
私はもとより、理不尽に光を奪われ、王子の命を救うための道具にされたことを恨んではいなかった。
仕方のない事だと受け入れていたし、私のお陰で救われた命があることが誇らしかった。
だけど、あの日。リゼリアお姉様が家に婚約者を招いた日。
私ははじめて王子と話をした。
だけどあなたは私のことを不気味に思ったのか、こちらが何を話してもあまり盛り上がることなく、早く離れたいという気持ちを隠そうともしなかった。
でも、そこまでは良かった。私はただ、私の光で救われた命と対話をしてみたかっただけだから。
私は今もなんとか生きているから、あまりに気に病んで欲しくないと伝えたかっただけだから。
だけどそれは杞憂だったようだ。
そしてその時、私は数少ない自分の趣味についても話した。
私は庭の片隅でひっそりと花を育てるのが好きだった。
太陽という大きな光に向けて、精一杯その身を伸ばす彼らの姿が好きで、色も分からないまま育てていた。
きっとその話を聞いて少し興味を持ったのか、お姉様と一緒に花を植えていた場所を見に行ったのだ。
私が育てている花は美しかった。
その様を宝石に例えられるほど希少で、美しい花が咲いていたらしい。
王子はその花をお姉様への贈り物に加工しようと思い、何輪か摘んだ。
だけど、私の花も一緒に管理してくれていた庭師がそれを見て慌てて止めに入った。
そう、その花には毒があったのだ。
正しく扱えば毒にやられることはまず無いが、王子が花を持って帰ってしまっては何かあった時に責任が取れない。
そう思って庭師は声をかけたのだろう。
しかし、毒があると分かった瞬間、王子は花を地面にたたきつけ、残った花も全て潰してしまった。
「俺に毒物を触らせるとは何事だ! こんなもの、即刻処分しろ!!」
と。
元より私の味方ではないお姉様はそれに同調し、結局、私が育てていた花は、毒があろうがなかろうがすべて処分されてしまった。
私が一生懸命咲かせた花は、全て無意味なものになってしまった。
「う、あ、目が――目が!!」
私の手のひらに充てられた目は、ゆっくりと閉じていった。
それと対照的に、私の目は徐々に光を取り戻していく。
元より、聖女の光の力がなければ既に死んでいるはずの男。
光の力をすべて取り除けば、彼の目にはもう闇しか映らなくなる。
「やめ――やめろ!! 返せ! 俺の光――俺の、命!!」
「返せ、ですって? これは元々私のもの。返してもらうのは、こちらの方です」
「あ、あぁ、やだ! 嫌だ!! 何も見えない! 見えないィぃ!!」
多分、時間をかければ光の力を調整して呪いだけを解くことも出来たかもしれない。
だけど、あなたは私からその選択肢を奪った。
あなたを救いたいという気持ちを踏みにじった。
なら、私はもう、あなたを救えない。
「さようなら」
私はそう一言だけ告げて、哀れな王子に背を向けた。
その日、王城に咲いていた全ての花が枯れ果てた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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