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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

【和志倭人伝】第34.24話 X'mas Eve Special:聖なる台与

作者: 野竹不味
掲載日:2025/12/24

メリー・クリスマス!

主の生まれたもうこの聖き夜に、わが主・台与様のご誕生秘話をお届けします。


※本編で残した謎(宿題)を埋めたくなっただけです、すみません……

その晩、フツ(のちの香取の大巫女)は不思議な夢を見た。


   ◇◇◇


その老人は、空の上から降りて来た。

服は白一色、顔を白い髭で覆い、その頭には光る輪を被っている。

その老人は告げた。


「……貴女は受胎されました。おめでとうございます」


フツは耳を疑った。


「そんな! 私は巫女なのに……それに身に覚えもありません……!」


その老人は静かに言った。


「婦人よ、恐れることは何もありません。その女の子は、この世の民を救うでしょう」

「……民を……救う……?」

「はい。貴女に神の祝福がありますように……」


その老人はそう言うと、再び天へと戻っていった。

フツは、その後ろ姿を、ただ黙って見上げた。


   ◇◇◇



その夜、フツはどうしても眠れなかった。

胸の奥に残る夢の余韻が、いつまでも消えなかったのだ。


夜風に誘われて、そっと外に出る。

月は雲に隠れ、社の灯明だけがかすかに揺れていた。

その明かりの傍らに、一人の男が立っていた。


「……眠れぬのですか?」


その声の主は、旅の商人ナカツヒコ。

その瞳には、どこか遠い光が宿っていた。


「はい……夢を見ました」

「我もです。……遠くに白い光が降りてくる夢を」

「……同じ夢を?」


二人はしばし言葉を失い、ただ風の音を聞いていた。

榊の葉がざわりと鳴り、夜の冷気が肌を撫でた。


ナカツヒコが手を伸ばすと、フツも思わずその指先に触れた。

一瞬、時が止まったようだった。

どこからか風が吹き抜け、灯が揺れ、影が重なった。


その夜、誰も知らぬところで、一つの物語が始まっていた。

二人の心が、静かに寄り添っただけのことだった。


    ※


それから、しばらくしてーー


阿蘇の大巫女は、社殿の広間に巫女たちを集めた。


「これなるナカツヒコ殿を阿蘇の社にお迎えすることになった。財をもたらす御方じゃ」


ナカツヒコは大巫女の隣から明るく言った。


「本日よりお務めさせていただきます、ナカツヒコと申しまする!

皆様どうぞ、よろしくお願い申し上げまする」


そう言って平伏するナカツヒコを見つめながら、フツは覚悟を決めた。


    ※


フツは、短刀を引き抜くと、その刃をじっと見つめた。

きらりと光る刃が、フツの目を眩ませる。


(……もう、決めたこと……)


フツは刃先をゆっくりと喉元に当て、その目を閉じた。


(さようなら……大巫女様。さようなら、お姉様。さようなら、世界……)


フツはそう念じ、腕に力を込めた。その瞬間ーー



「ーーやめよ」



静かな低い声と共に、フツの腕をぐっと掴む者があった。

フツは、その声の主を見上げた。


「大巫女様……」


阿蘇の大巫女がフツの腕をつかみ、じっと睨んでいた。

その傍らでは、タマヨリ(のちの伊勢の大巫女)が目を丸くして、こちらを見ていた。

フツの目に涙が溢れ始めた。


阿蘇の大巫女は低く唸った。


「離すのじゃ……己に向けた刃を……」


フツの全身から力が抜けた。

タマヨリが短刀を拾い上げると、阿蘇の大巫女はフツの耳元でささやいた。


理由(わけ)は聞かぬ。お務めは……しばらく休むがよい」


そう言うと、大巫女は静かに去っていった。


この翌日、フツはタマヨリと共に阿蘇の社を去った。


    ※


それから数カ月経ったーー

ある日の未明のことだった。


   ◇◇◇


タマヨリがフツの耳元でささやいた。


「頑張ったわね……玉のような女の子よ……」


フツはゆっくり体を起こした。

タマヨリはその子を抱き上げると、そっとフツに手渡した。


「抱いてご覧なさい」


フツは自分の腕の中で静かに眠る我が子を見つめた。


(この子が、私の……)


そう思った時だったーー



ーーコンコンコン!



誰かが小屋の入口の戸を叩く音がした。


フツは、はっとして顔を向けた。

すると、スススーと戸が開き、二匹のネズミが顔を覗かせた。


(なんだ、ネズミか……脅かさないでよ……)


フツは胸を撫で下ろした。

だが、それは始まりに過ぎなかった。



そのネズミは振り返って叫んだ。


「おい、女王様がお生まれになったぞ! みんな、集まれ!」


その声とともに、戸がガラッと開いた。

動物たちが静かに、次々と産屋の中へと入ってきた。


ウシ、虎、うさぎ、龍……は流石にいなかったが、ヘビ。

どこから来たのか、馬と羊。

猿も来た。ニワトリの代理としてキジが登場。そして犬、イノシシ。


彼らは産屋の土間に居並ぶと、そろって歌声を上げた。

その歌は、外からも響いてきた。


その時ーー

産屋が一瞬にして消えてなくなった。



フツの目に飛び込んできたのは満天の星空。

天の川がきらきらと揺らめいていた。


そこに一筋黒い雲……いや、龍だ。龍が泳いでいた。

もう一つ、丸いものも――麒麟だった。


動物たちはフツを取り囲み、ゆっくりと歩きながら歌い続けた。

その足元では虫の音も響く。

森の木々も歌うように揺れていた。

その声は山々にこだました。


フツは呟いた。


「世界が……この子を……」


望んではいなかった。

産んではいけなかった。

生まれてきてはいけなかった。

その子を――



――世界が祝福している



フツは夜空をじっと見つめた。


(あの時、死んでいたら、この子は……)


フツの目は、涙で溢れた。


   ◇◇◇



次の日、フツはささやいた。


「お姉様……不思議な夢を見ました……」

「……またなの? ふふ……今度はどんな夢なのかしら?」


タマヨリは、フツの顔を覗き込みながら小さく笑った。


「もうすぐ生まれるわね……私も頑張るから、フツも頑張るのよ」


フツはタマヨリを見つめて、にっこりと微笑んでみせた。


お読みくださりありがとうございました。

本作は、台与様に大変過酷な運命を課してますが、せめてもの罪滅ぼしになれば、と思って書きました。

この世界に生まれてくる全ての命に祝福がありますように。

本編の方も、よろしくお願いします!

(明日20時ごろ更新予定です)

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