9:四季と虎太郎
「…とりあえず、入れ。てか四季。お前の相棒って」
「ああ。先に紹介するよ、彼は…」
「君、保健室にいた…」
「保健室に来た不審者…!」
再会を喜ぶ四季と、まさかの遭遇で顔を引きつらせる虎太郎。
…こんなところで保健室の話が繋がってしまったらしい。
僕と合流する前、紘一が保健室で会ったらしい生徒はどうやら虎太郎だったらしい。
性別含め外見情報を聞いておけば良かった。虎太郎ぐらい特徴がある人間はそうそういないだろうし、すぐに特定できたはずだろうから。
…よく見ると、虎太郎自身はぱっと見外傷はない。
とてもではないが、保健室の備品にお世話になるような状態ではない気がするのだが…。
「…まあいいよ。下手な事したら追い出すからな」
「構わない。私は紘一。名前以外のことは忘れている」
「えぇ…」
「まあ、頼りになる人だから…何かあったら僕がちゃんと責任取るし」
「そう簡単に責任ホイホイ取ってたら色々と押しつけられるぞ」
「お前のおねしょみたいにな」
「掘り返すな」
かつてと同じような会話をしながら、理科室の中に通され、そのまま虎太郎は扉の鍵を閉める。
…あまり深く考える必要はなかったのかもしれない。
いや、深く考えたからこそ…こうしてやりとりができているのかもしれない。
理科室も他の教室同様薄暗いまま。
照明の代わりに、虎太郎はどこからか出した豆電球を照明に使っていた。
「…電気、つけないの?」
「一応、今は夜時間って事になっている。夜時間は有事以外で電気をつけないよう、取り決めをしているんだ」
「どうして?」
「理由は二つ。一つは昼と夜の区別をはっきりさせるためだよ。空も景色も変わりやしないからな。時間だけははっきりさせようって事で、俺たちの間でルールをいくつか作ったんだ。今は夜の八時って扱いだな」
紘一の考えは当たっていたらしい。
時間の取り決めがあるおかげで、ここで過ごしている面々は時間の感覚だけははっきりしているようだ。
でも、理由が二つって…?
「…もう一つは?」
「…夜時間になると、信じられないかと思うが…その、なんだ…おばけの類いが出るんだよ」
「あぁ…」
凄く言いにくそうに告げた理由は、信じられないような話というのもあるだろう。
それ以上に、虎太郎がおばけとかそういうのが苦手だということも、理由の一つとしてありそうだが…。
「基本的には「騙す」程度…なんだがな。旧校舎に肉塊らしきものが落ちていたり、零咲先輩は家庭科室の七不思議に捕獲されている」
「…えぇ」
「君達側で…彼女が無事かどうかは、わからないのか?」
「特別教室の窓や扉の硝子は全部すりガラス。四季やあんただって、教室に入るまで俺たちが中で何をしていたか把握できていないだろう?」
言われてみればそうだ。
廊下に面しているガラスは全てすりガラス。
廊下側から教室の中を確認できないように、内部もまた…同じ。
「まあ、零咲先輩のことはひとまずだ。鍵もないし、現状の俺たちでどうにか出来る問題じゃない」
「そうなるね…」
しかし、七不思議か。黒板でも七不思議に協力を〜って書かれていたよな。
こういう話は学校にはつきもの。
しかし聞いたことがなかったから、それがどういうものか理解できない。
少なくとも、零咲先輩が巻き込まれた危険な七不思議もあるようだけど…本当に力になってくれるのだろうか、これ…
「とにかくこういう部屋だから、一定のプライバシーは確保できる。幸いにして七不思議はともかく、他の名無しおばけは夜時間にしか出てこないから、奴らに見つからないよう特別教室を根城にしている奴が多いんだ」
「なるほどねぇ…」
僕らはおばけとやらに遭遇しなかったけれど、少なからずそういう存在がいるらしい。
夜時間の調査には、細心の注意をしなければいけないな。
「お前らも根城に迷っているのなら、ここで過ごせばいい。幸いここは広いし、歓迎するぞ」
「助かるよ。それからさ、虎太郎」
「なんだ?」
「「たち」って、どういうこと?」
「相変わらずめざといな…紹介したいところだけど、今寝てるからな…」
虎太郎が案内した先には、机を動かして作られた二人分の布団が敷かれたエリア。
その片方には、頭に包帯を巻いた誰か。
…窓にかけられている制服からして、男子生徒だろうか。
「…んぅ」
「あー、すまんな。魚澄。俺のお客さん」
「…こんなところでお客さんとかいるわけないでしょ。また幽霊に騙されているんじゃないですか、西間先輩」
「んなことないわい。今日はちゃんと確認したわい」
「左様ですか…」
騒がしくしすぎた結果か。その生徒は身をよじらせて…ゆっくりと上体を起こす。
体操服にジャージ。どこで確保出来たのか分からない様相を見せた彼は、ゆっくりと背伸びをする。
その姿に、僕も紘一も息を呑んだ。
「んーっ…と」
「傷は張らないか?」
「そこは平気です。痛みも今はありません…薬、効いているからですかね」
「なら良かった。紹介したい奴がいるんだ。眠いところ申し訳ないが、時間を作ってくれるか?」
「…まあ、西間先輩の頼みなら」
包帯は頭だけでなく、右目を覆うように巻かれている。
それ以外にも全身の至る所から包帯が覗き込んでいた彼の目は、全てを諦めたように真っ黒だった。
「紹介するよ。こいつは露川魚澄。俺と同じ被害者みたいでさ、日和見の一年」
「…どうも」
「放っておきたくなかったから、無理矢理俺と一緒に過ごして貰っている」
「こういうお節介なところ、元々なんですか…?」
「元々だね…僕は今坂四季。虎太郎とは腐れ縁で、日和見の二年生。こっちは紘一。僕と一緒にここを探索している相棒で、自分の名前以外は覚えていない忘れん坊さん」
「はじめまして」
「改めて聞くと凄まじいな、不審者…」
「え…。名前以外覚えてないって…それ大丈夫なんですか…」
互いに一緒にいる存在を紹介し、ひとまずということで机に移動し、互いに腰掛けながら話をすることにした。
それから、互いが置かれていた状況を軽く話し…現在に至るまでを伝えておく。
「なるほどなぁ…四季が十番目」
「うん。巻き込まれた人間としても、新聞部に属する者としても…事件の真相を追いたいんだ」
「ふぅん…なるほどねぇ…」
虎太郎は納得したように頷いた後、僕の背後に回り、側頭部に拳を作る。
それを勢いよく押し当てて、ぐりぐりっと動かして来た。
「いだいいだい!」
「…俺のせいだろ」
「は?」
「俺が巻き込まれた事件を追わなきゃ、お前はこんなところにいないだろ。変な事件に首突っ込みやがって…馬鹿野郎」
「…それは、僕だって言える。あの日僕が置いて帰らなきゃ」
「俺は家の前にある長階段を登りきった先で突き落とされたんだよ。お前が待っていても、置いて帰っても、何も変わっちゃいない。お前の通学路と俺の通学路、あの長階段で分かれるんだから…」
「…」
「お前のことだから、俺の事件が起きた場所ぐらい理解してるんだろ。四季」
「…」
「まあ、この際、お前が調査に乗り出していたことに関してはとやかく言わない。だけど、俺の質問に答えてくれなかったら、俺はお前を友達として見るのはやめる」
「…何を聞きたいのさ」
「生きているのか、死んでいるのか。はっきり教えてくれ」
「…っ」
そんな質問を投げかけられるとは思っていなくって、息が止まる。
気管に蓋をされたかのような息苦しさに耐えながら、思案した。
そんなことをする必要は無い。ただ淡々と、現実を突きつけるだけで…。
でも、そうしたら虎太郎は…自分が死んでいることを把握してしまう。
「…本当、昔から顔に出やすいな。隠し事も、嘘も下手くそな奴め」
「…こたろ」
「いいって。これ以上言うな。酷な事、聞いちゃったな」
怒りが込められた拳は下ろされ、肩へ置かれた。
申し訳なさと悔しさが伝わる手の重みを感じながら、あの日を思い出す。
葬式に参列した日の事を。脳裏に刻まれたあの日の事を。
僕がこの事件を追うと決めた日の事を。
…そうだ。僕にはやることがある。
ここで立ち止まっている場合ではない。
目元にたまっていた涙を拭い、両頬を思いっきり叩いた。
「ごめんね、虎太郎。上手く言えなくて…でも、流石にこうしてまた会えた友達に、そんなことを言うのは酷だから」
「…わかってる。もう、言葉にしなくていい。それで四季。お前はこれからどうするんだ」
「事件の真相を追う。その為に何だって利用するさ。この校舎にいる全員も、蔓延る何かも…七不思議だってね」
決意を改めて、言葉にしておく。
告げることでそれはより強固となり、自分を奮い立たせる糧となるだろうから。