7:これまでの調査記録
貸出リストから読める情報はこれぐらいだろう。
とりあえず鍵が全て無かったこと。貸出日リストから今いる生徒の一部が出せたこと。
…僕の友達も、ここにいること。紘一に伝える必要があるだろう。
彼は今、教頭の机を探しているのだろうか。
「…あれ?」
ふと、教頭の机の先に目を向けると、そこで捜し物をしている紘一の姿はなかった。
その代わり、校長室へ繋がる扉が開いている。
…開いたなら声をかけてくれたら良いのに。
「…」
「紘一〜?」
校長室を覗き込むと、そこには調べ物をしていた紘一。
彼が持つ普通とは少しズレた…大人びた雰囲気がそう感じさせているのか。
はたまた他の部屋とは異なる基調がその空気を押し出してきているのかは分からない。
薄暗さも相まって、彼の佇まいはこの場所にいるのが相応しいかのような雰囲気を感じさせてくる。
「…ああ、四季か。調べ物は終わったか?」
「…」
「四季?」
「あ、いや。それよりも校長室!開いたなら声をかけてくれたら良かったのに…」
「熱心に何かをメモに書いていたからな。邪魔するのも野暮だと思って、一人で先に来ていたんだ」
「そっか…何か、見つかった?」
「ああ。校長が纏めていた水曜日の憂鬱…四季の事件である十番目を除いた九つの事件の資料と、マスターキーを手に入れている。ほら」
「そんなあっさり!」
さらっと見つけたらしい資料とマスターキーの束を紘一は僕に手渡してくれる。
「運が良かったのだろう。資料も鍵も君に預けておこう。私には不要な代物だからね」
「いいの?」
「部外者である私より、内部の人間である君が持っていた方が都合も良い」
「ごもっともだね…」
「それに、外部の人間ということで警戒をされる。媽守君がいい例だ。これから交流をすることになる人相手にも、できるだけ警戒心を与えないように振る舞うのが先決だと考える。私がこんなものを持っていては、向こうも警戒するだろう?」
「そうだね…じゃあ、これは僕が預かっておくね」
「そうしてくれ。ああ、それと」
「?」
「マスターキーの束を回収したことは、よっぽどの事がない限り喋らないように。それは利便性も高いが…同時に第三者から君への信頼を一気に損なう爆弾でもある。取り扱いには、気をつけてくれ」
「…うん」
「よろしい」
淡々と告げられた言葉には、しっかり圧が込められている。
確かにこんな鍵、手に入れた事を知られたら厄介だ。
保管を含め、厳重にしなければ…。
「それから、もう一つ提案なのだが…ここを私達の根城にしないか?」
「校長室を?」
「ああ。幸い、こうして鍵を持っている。秘匿性の高い資料もあるわけだし、然るべき場所で管理をすべきだろう」
「確かにね。それに、過ごすのにも不便しなさそうだ」
「ああ。それにここの部屋は誰かが開けた形跡がなかった。今までの生徒は鍵を探さなかったか、見つけられなかったのだろう。住むにはちょうどいいと思わないか?」
「異議なし!」
「…そんなあっさり決めていいのか?」
「なんで?」
「…不審者かもしれない男と二人で過ごすのは、君としてはどうなのかという部分なのだが」
「事実事件に関わっていたのなら、こんなに優しくはしないけど…今の僕らは協力関係だ。まずは、信じるところからって思ってる」
「…そうか。ありがとう、四季」
安堵したように微笑む彼を見て、僕も笑みが零れそうになるが…こんな穏やかな時間を過ごしている場合ではない。
手に入れた情報のすりあわせをしなければ。
「とりあえず、入口の鍵を閉めてくるよ。あまり聞かれたくないからね」
「ふむ。なかなかに良い情報が手に入ったと思われる。早速情報を整理していこう」
職員室と校長室を繋ぐ扉の鍵を閉め、紘一と二人、応接用のソファに腰掛ける。
「まずは僕から。生徒貸出用の鍵は全て持ち去られていたよ。ただ…メモ。貸出リストの写しなんだけど」
「…日付がない物や媽守君の名前があったりするな」
「ここだけの話、僕が事故に遭った日ってさ、十一月の十三日…なんだよね」
「ふむ。つまり…媽守君以下の名前がおかしいことになるな」
「そう。十一月十三日に僕の事件が起きたなら、それ以降の日付に媽守先輩の名前が記入されることはおかしい。彼女は七番目の被害者だから」
「このリストが十月で止まっていたのであれば…まだ違和感はないが、四季の事件が発生した日付が明確だからこそ異質になる」
「このリストが作られたのがいつかは分からない。定期的に現実で情報の更新が行われているのかもしれない」
「向こうとこちらで、時の流れが違ったりするかもしれない」
「それでも…媽守先輩が学校でこのリストを書けるのは、十月十五日以前までだから…十一月の日付が書かれたリストの下に媽守先輩の名前はない。それに…この名前」
「西間虎太郎…虎太郎。もしかして」
「うん。この虎太郎が、僕が水曜日の憂鬱を追うことになったきっかけ…「八番目の被害者」なんだ」
「…彼の名前もまた、十月以降に記入はできない」
「…それに、僕は虎太郎の葬式にも参列している」
「…絶対に、生きていないと断言できてしまうのか」
「そうなる。だから、このリスト…日付が書かれていないものに関しては、この空間で書かれたものだと思うんだ」
「…そうだな。それに、日付無しで記入されている名前…十月以降に書けない人間は二人だけではないからな」
「そうなの?」
紘一が差し出してくれたのは、一冊のファイル。
中身は一番目の被害者から九番目の被害者の情報、事件や背景情報を纏めたもの。
「音楽室の鍵を持って行った和民調。彼女は二番目の被害者のようだね」
「そうなんだ…じゃあ、零咲さんって人も」
「…彼女は、五番目の被害者に相当するらしい」
「そっか」
「宵淵君は…九番目の被害者。その片割れだな」
「片割れ…ってことは、九番目だけ被害者二人!?」
「だけとか限らないと思うぞ。六番目の詳細に至っては校長すら掴めていないようだぞ」
「え」
とりあえず、というように…紘一は被害者の名前が記入されているページを見せてくれる。
一番目の被害者/一年五組:露川魚澄
二番目の被害者/三年四組:和民調
三番目の被害者/三年四組:我持紡
四番目の被害者/三年一組:穂上譲司
五番目の被害者/三年二組:零咲千尋
六番目の被害者/不明
七番目の被害者/三年一組:媽守鏡
八番目の被害者/二年二組:西間虎太郎
九番目の被害者:一年一組:辺野古冬海/一年一組:宵淵月人
「…校長は学校の代表として保護者や関係者に説明する立場にあった。事件に関しては詳細に書かれている。暇な時に読み込んでみてくれ」
「わかった。ありがとう、紘一」
「構わない」
それに、ありがとうございます。校長先生。
あの時僕を助けようとしたこともだけど…こうして資料を纏めてくれてくれたおかげで、情報が手に入れることが出来ています。
生徒のこと、色々と見てくれていたんだろうな。
…毎回毎回被害者が出る度に行われた全校集会。話が長いと思ってすみませんでした。
…そういえば、彼は無事なのだろうか。
ここにいないと言うことは無事かもしれない。現実に戻ったらちゃんとお礼を言いたい。
「…それで、四季。君の友人が理科室にいることはわかったが…今日はどうする?」
「…早速だけど、会いに行きたい」
「わかった。では、資料とマスターを金庫に入れて出発しよう」
「金庫に入っていたの?番号…」
「適当にしたら開いた…と、言って見たいが…答えはあれだ」
「…?」
紘一が指で示した先にあるのは写真立て。
そこには校長先生と、息子と奥さんと思われる人が写った家族写真が入っていた。
「写真の裏に誕生日らしきものが書かれていたよ。それが番号だった。三月十七日、0317だ」
「単純だなぁ…」
「…そうか?」
「少なくとも、自分の誕生日だったらヤバいでしょ…息子さんか奥さんならまだ分かるけどさ」
「…まあ、現状誰の誕生日かはわからないわけだし、パスワードがわかりやすいという点以外は気にしない方がいい。そのパスワードも鉛筆書きだったからな。消しておいたよ」
「それなら安心だね」
金庫の中に資料と鍵を収納し、鍵がかかったことを確認する。
それから校長室の扉を開き、再び廊下へ。
向かう先は、理科室。
虎太郎がいるはずの、場所へ———。