6:職員室の貸出票
鍵がかかっていない広い空間。
普段は先生達大人が集まっている厳かな空間であるそこは、今では他の教室と変わらない虚無を漂わせる。
無造作に広げられた先生達の私物。
当たり前の日常を過ごしていた時間の一瞬を、この空間に切り取られたかのような気さえした。
「そういえば…教師陣に犠牲者はいた可能性はあるのか?」
「さぁ…どうだろう。少なくとも三年生と二年生の先生に代理は発生していなかった。一年生だけとなると…調査中だったからな。そこは分からないや」
「そうか。三年の事情は…先程、媽守君を落ち着かせる時に名前が出た竜胆霞君が提供してくれたのか?」
「うん。そんなところ…。落ち着ける時間が見つかったら、霞先輩のこと教えるよ。媽守先輩の親友とは思えない自由奔放な人だから」
「楽しみにしている」
紘一は周囲を見渡した後、前の方に歩いて行く。
一年の先生が使う机…二年、三年…一般の先生の机は飛ばし、真っ先に向かうのは…それらの机を全て見渡せる場所でもなく…その先にある扉。
———校長室に繋がる扉だった。
「この扉、校長室に繋がっているのではないか?」
「そうだよ。でも、職員室には…鍵を探しに来たんじゃ」
「水曜日の憂鬱…その被害者達に関する情報は流石に生徒の耳に入らないよう情報規制が敷かれているらしい。四季も実際に見聞きした人物しか知らないのだろう?」
「まあね…」
「しかし、校長なら全ての情報を握っていると考えた」
「確かに!鍵、開いているかな?」
「そうだな…流石にこういう場所だし、鍵はかかっているだろう。だけど、もしもの時用に教頭とかが鍵を持っているのではないか?」
「確かに、持っているかも」
「私がそれを探そう。四季は各特別教室の鍵の捜索を頼めるか?流石にこれらは別になっているだろうから。二人で別々に」
「任せてよ!」
さっきは寝過ごし、一人で調査をさせたのだ。
大変そうな鍵の捜索を引き受け、とりあえずいつも特別教室の鍵がかけられている壁際に向かう。
日和見高校の鍵貸し出しシステムのルールは二点。
一つ。まずは自分のクラスに関する鍵。
これは自分の担任に声をかけて借りる手はずとなっている。
もう一つは特別教室に関する鍵。
これらは職員室に入り…近くにいる先生に「どの鍵を持って行きたいか」声をかける。
専用のリストに名前とクラスを記入したら、鍵を貸して貰える…そんな手はずになっているはずだ。
返す時は、これまた先生に鍵を返す旨を伝え…リストに返却日を記入し、先生のサインを貰うようになっている。
特別教室の鍵は、案の定全て持って行かれている。
困った。何の成果も得られやしない。
いや…「ない」という成果は得られるのか?
それに特別教室を根城にしている連中がちゃんといるという成果も得られているのか?
鍵のない壁の前で思案していると、一つ…思い出す。
———ここには媽守先輩がいる。
保健室で遭遇したカッターナイフを向けてきた生徒会副会長。
霞先輩の話だと相当の堅物である彼女が、教師がいなくとも規則をねじ曲げるようなことをするだろうか。
鍵の棚から…視線を軽く下へ。
バインダーに綴じられた、貸出リスト。
それを持ち上げて、中身を確認しておく。
【貸出リスト】
十一月十日/理科室/二年五組:立花凛子/十一月十日/峰岸
十一月十日/印刷室/三年二組:竜胆霞
十一月十日/屋上/三年一組:千々石蘭太郎
/図書室/三年一組:媽守鏡
/音楽室/三年四組:和民調
/理科室/二年二組:西間虎太郎
/家庭科室/三年二組:零咲千尋
/美術室/一年一組:宵淵月人
「…やっぱり」
堅物を信じて良かった。日付は無記入だが、媽守先輩の名前が書かれている。
ここでは日付が分からない。だから無記入なのかもしれない。
日付が書かれている分に関しては、ここではない現実の話だと考えた方がいいかもな。
「印刷室の鍵」を借りていることを記入している霞先輩が、こんなところにいるわけがないし、いて欲しくない。
「…?」
このリストの中にある霞先輩が借りている鍵…借りた日付は書かれていても、返却日の記載が無い。
立花さん?とやらの分はちゃんと返却日も、確認印も押されているのに。
…もしかしたら、ここにかけられた鍵は「全て」では無かったのかもしれない。
この空間が構築された時に貸し出されていた鍵の一部は欠損し…貸し出されていなかった一部のみがここにかけられた…とか?
全ての鍵と、貸出先を照合して…記録に取っておくか。
最も、重要なのは…貸出日無記入の三行だろう。
媽守先輩と同様に、真面目な生徒がここに迷い込んでいるらしい。
媽守鏡は「図書室の鍵」を借りている。
和民調は「音楽室の鍵」を借りている。
———西間虎太郎は「理科室の鍵」を借りている。
一番下に書かれていた名前を見て、僕は息を飲んだ。
いつか会えると、予想はしていた。
僕も同条件だし、媽守先輩だって同じ。
「八番目の被害者」となった彼が、ここにいない理由は———存在しない。