5:二人の情報整理
「紘一、大丈夫?」
「私は平気だ。情報は一通り回収できたかな?」
「ま、まあ…ある程度は」
自分の身より情報なのはどうかと思う…。
紘一は一息吐いた後、処置用の長椅子に腰掛ける。
彼に手招かれ、僕もそれに腰掛けた。
「とりあえず、得た情報を共有しよう」
「そうだね。ええっと、まずは…保健室!保健室の中には何かあった?」
「ざっくりと見たところ、どこにでもある保健室らしい設備だったよ」
「そっかぁ…」
「一応、教師の机も確認しておいた。そこでは一つ」
「何?」
紘一が差し出してくれたファイル。
そこには生徒資料と思わしきものが挟まれていた。
「露川魚澄という一年生男子に関する資料だ。一学期に身体測定が行われたらしいね。その際に身体に無数の傷とあざがあったそうだ」
「露川君…」
「水曜日関係では、ないのかな?」
「んー…僕と霞先輩も、全ての被害者を網羅したわけではないから、なんとも」
「そうか…」
僕と霞先輩も全ての被害者を把握しているわけではない。
有名どころである穂上先輩、そして互いが事件を追う事になったきっかけである虎太郎と媽守先輩の事件。
後は先生の手伝いをしていた女子生徒の事件ぐらい。十件中四件の詳細のみ把握している状態とも言えるだろう。
「てか、紘一。媽守先輩を刺激しすぎ。見ているこっちがヒヤヒヤしたよ」
「刃物は降ろされていたからね。多少のリスクを渡っただけはあるだろう?」
「まあ…反応って部分では」
「仮にこの世界には水曜日の被害者が集められているとしよう。全身に怪我を負った存在というのは、君の把握している被害者の中にいるのかな?」
「一人、心当たりがあるけれど…」
媽守先輩が匿いそうな存在。それでいて生傷が絶えていなさそうな…いじめられ続けた結果、怪我が絶えてなさそうな人間は穂上先輩以外に心当たりはない。
資料を見たら露川君という子も候補に挙がるだろうが…後輩よりは同級生かつ同じクラスの生徒を匿いそうな気がする。
しかし死因になった怪我が反映されているという説は否定をしなければならない。
「見ての通り、僕だって車に撥ねられたのに怪我が反映されていない世界だよ?死因が反映されたりするもんか」
「ふむぅ…」
「でも、死ぬ前に負った怪我とか、ここで負った怪我とかはあるよね…だから治療道具かな」
「この世界でも怪我をするのか?」
「さあ。どうなんだろう」
「気になるなら、試してみようか」
「え」
紘一は先生の机の方に歩き…ペン立てに刺さっていたはさみを手に取る。
それを軽く開き、自分の指へ向かって軽く押し当てた。
その部分が切れたのだろう。紘一の指先から血が膨らみ、指先を伝って流れていく。
彼は驚きもせず、痛みを感じることもなく…黙々とガーゼを取りだし、消毒液を使って自分の血を拭っていた。
「…ふむ。確かにこの世界でも怪我はするらしい。気をつけないと」
「バカバカバカバカ!なんで自傷とかしてるのさ!?」
「え、だって…実際に試してみないと分からないことばかりじゃないか。こういうのは、なんだ。とらいあんどえらーだ」
「今後は自分の身を以て試行錯誤しないでくれるかな、お爺ちゃん…」
「あはは。お爺ちゃんって。私はまだお爺ちゃんではないよ」
「見ればわかる!話を戻すな!」
「まあ、この世界でも怪我をするという事実が掴めただけ十分ではないか。今後に備えて応急処置用の道具を持ち出しておこう」
「はいはい…」
指先の処置を進める彼の横で、保健室に備えられたポーチの中に応急処置用の道具を詰め込んでいく。
…とりあえず、これは僕が持っておこう。
怪我をしそうなのは、圧倒的に紘一の方だ。
「ところで…紘一って英語苦手?」
「馴染みというか、なんというか。愛着が湧かなくてね。うん、苦手なのだろうね」
「なんか意外。君には苦手な事なんてなさそうだけど」
「普通にある。嫌いなものも、苦手なものも。私とて人間だ。聖人ではないし、聖職者でもないよ」
「ふぅん。じゃあ、紘一の苦手と嫌い、教えてよ」
「…人を陥れても平気な顔を出来る人間と、非力な自分だよ。私は誰かの為に、何かを成せる人間になりたいんだ。だから…こうしてここにいる」
「…」
「…と、思っているよ。なんとなく、だけど」
記憶がないはずなのに、妙に確信的な事を言う。
———本当は記憶がある?
短い時間ではあるが、彼は嘘を吐いたりしないタイプだと思う。
言葉は、いつだってまっすぐだから。
だからこそ、信じられる。
信じていたいと思える。この相棒を。
そんな想像よりも、確かな事があるとしたならば…。
「そっか。少しずつ、自分の事掴めてきてるってことで、ポジティブに行こうよ」
「ああ、そうだな」
情報に触れることで、僕は真相に…彼は自分に近づいていく。
応急処置を終えた紘一と、持ち出し用ポーチを腰につけた僕は保健室を後にして、次の目的地…職員室があるフロアへと歩いて行く。
「ああ。そうそう、四季」
「なに?」
「念の為、持っているといい」
「さっきのはさみ!?」
「そう。さっきのハサミだ。媽守君もカッターナイフを持っていただろう?」
「そうだけど…」
「この空間では何があるか分からない。君に危害を加えようとする人間も少なからず現れる可能性だってある。護身用にしては心許ないかもしれないが、どうか…持っていてくれ」
「…わかったよ」
そう言われてしまえば…拒否する理由も見当たらなくなる。
僕の事を考えて、決めてくれたことだ。その厚意を受け取らない選択肢はなかった。
…こういうの、久々だな。
「でも、紘一は?」
「私も別のところでハサミを見つけている。自分の分は確保しているから、自分だけと心配はする必要は無いぞ、四季」
「それなら…ありがたく受け取るよ」
紘一も持っているのであれば、構わないかな。
彼だって同じ環境にいる。危険なのには変わりない。
僕だけが持って、彼が持たないのは…流石に申し訳がない。
紘一から受け取ったハサミをポーチの中に入れてからしばらく。
僕らは職員室があるフロアへと到着した。