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Ghost Mirror ―鏡合わせの七不思議と常世の生者―  作者: 鳥路
第一章:澄んだ世界を合わせたら
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19:調理実習の目的

話を終えた後、私達は待っていた日堂先生と合流し…それらと対面する。


「…日堂先生、これは?」

『調理指示書だが』

「ここは調理学校じゃないんだぞ…」


だろうな、とは何となく予想していた。

しかし私の予想を上回る分厚い指示書が机の上に用意された。

ご丁寧に、人数分。


『六十分二コマあれは十分可能な量だ』

「今は四十五分の二コマだ…!」

『なぜ…そんな…時短を!渡々枝ぁ!そんな短時間で技術が身につくと思うのかぁ!』

「その道に進まなければ一人暮らしをやれる程度に身につけば良いんだよ、料理の腕なんて!」

『でもお前、全く料理技術が身についていないじゃないか。今まで何をしていたんだ』

「くぬぅぅ…!」


正論をぶつけられてしまえば、床に蹲ることしか出来やしない。

すまない、千尋君。すまない、媽守君。

こんな情けない姿を見せるつもりなんてなかったんだ…!


「大丈夫だよ、紘一先生。三人一緒で恐れることないし!私は毎朝お弁当作ってたし、鏡ちゃんは料理上手だよ!」

「ありがとう、千尋君。心強いよ。媽守君には胸を借りることになるだろうが…」

「任せてください…と、言いたいところですが、流石に…これは」

『授業二コマ分で完成できる』

「…この細かい文章を読みながら、でしょうか」

『ああ』


「まずは読解に授業二コマ分必要だと思うのですが」

『好きにしたらいい。時間は無限だ。調理が出来たら家庭科室の鍵を開ける』


日堂先生はそういって消えてしまう。


「…手伝うという話はどこに?」

「作り方が記載された資料を用意…」

「イコール、手を貸す?」


三人顔を見合わせて、とりあえず笑い合う。

そうすることしかできないからだ。


「…本当にどうします、紘一先生」

「こんなの高校生に作れるわけありません!調理師免許の試験か何かだと思いますが!」


二人の不安も勿論理解できる。

でも、同時に…。


『お前の授業は、いつも好評だな』


任期を終える前に、ぽつりと呟いていた言葉は今も覚えている。

最初は私だって「わかりにくい」だの「つまらない」だのよく言われていたものだ。

今でこそ好評を得ているが、毎年手探り。

教える内容は大きく変わらないのに、生徒の傾向は変化する。


私達は教える者として常に悩んできた。

どう教えるべきか、どうやったら理解を得られるか。

必死に、自身を擦り切らして…職務を全うしようとあがき続ける。

それでも、生徒が向き合ってくれるかどうかは運次第。

本当に、報われない。


日堂先生も同じ。彼だって、本当に足掻いていたのだ。

何もかも初めての中、短い期間でも…教師であろうとしたことを忘れてはならない。

そしてまた、彼の行動が空振っていたことも。

それを、律しなければいけないことも。


「…それはそうとして、日堂先生」

『なんだ』

「流石にこれは高校生が作る料理ではありません」

『…そうか?』

「基本を重視した献立に変えてください。それにこれ、高校の設備で作れるとお思いですか」

『ないのか?じゃあ決済印を』

「押しませんよ」


さりげなく用意された書類を横に置く。印鑑は絶対に押さない。

私の胸ポケットに隠された印鑑だけは死守しなければ…。


『…渡々枝先生、大分厳しくなったな』

「この姿は仮初であり、今は貴方より年上な事をお忘れ無きよう…」

『そうだったな…しかし、渡々枝先生』

「なんでしょう」

『これが基本だが』


「私には難易度が高すぎます。八重さんに包丁さえ握らせて貰っていなかった私が、急にこれを作れるとお思いですか?」

『そこまで酷かったのか…』

「な、なかなかですね…」

「紘一先生…本当にお料理出来ないんだね…」


「この授業はそういう環境に置かれている生徒にも調理の基礎を学ばせる目的が大きい」

『…』

「実習を通して調理の楽しさを味わって貰い、自炊へ挑戦するきっかけを作る。その学びが将来の糧となるようにすべき時間です」

『…そうだな。何よりも楽しいことが重要だ』

「でしょう?さ、日堂先生。教科書を開いてください。献立、考え直しますよ」


彼とはかつて、歳が離れすぎていた。

だからこそ、手を差し伸べることもできなくて。悩みを零す姿に、耳を傾けることしか出来なかった。

だけど、今は違う。

私は校長。校長として、先生を導くのもまた仕事。

そうしたいと願うのならば、全力で手を引いてみせよう。


『…教本通りでいいのか?』

教本きほん通りでいいのです。ご飯を炊いて、味噌汁を作って…おかずを数点」

『それすら作れない奴が何を…ご飯は洗剤で研ぐなよ』

「あはは。日本語が達者じゃ無くて教科書を投げ捨てた男には言われたくはありませんねぇ!」

「…研ぎかねないんだね、紘一先生」

「…日本語下手な部類なのね、あれで」


千尋君と媽守君から若干呆れた視線を向けられつつ、献立を考え直す。


『渡々枝、お前はこれ全部一人で作れよ』

「無理だ!助けて千尋君!媽守君!」

「紘一先生ちょっと情けないよ。ちゃんと助けるけど」

「こんなふざけたノリで進むのね…。もうちょっと空気が張り詰めていると思ったのに…」


日堂先生がいた時代の家庭科室では想像できない程に賑やかな声が、この場には響いていた。

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