18:それらしき理屈
気持ちを切り替えて、千尋君と媽守君に現在の状況を説明する。
そして、自分自身の目的も、ちゃんと伝えておく。
だけど、千尋君の手前…最終目的は伏せておかないといけない。
私が命を代価に、四季に生き残れる未来を贈る気でいることは、伏せておく必要がある。
「つまり、渡々枝校長は今坂君と一緒の事故に遭って…」
「その今坂君って子を無事に現実に帰らせるために、手を尽くしているってことで良いのかな」
「そんなところだ」
「…早く言ってくだされば、協力したのに」
「四季自身にバレると動きにくくなるからな。それに、水曜日の憂鬱の犯人だって紛れ込んでいる現状では下手に動けない。情報の開示も慎重に行う必要があるだろう」
「そうだよね…」
「でも、千尋ならともかく…私まで信用できる側とは?」
媽守君が恐る恐る問いかける。
そして、私達が目を背けたかった事実もまた、彼女は見せつけてきた。
「渡々枝校長と今坂君に危害が出ている上で、この世界が提示してきた「この場に犯人が潜んでいる」という情報を信じるなら…全員何らかの手段で現実に干渉していることになりますし…前の被害者だから犯人じゃないって前提が崩れると思うのですが?」
「…そうなんだよなぁ」
目を背けたかった事実は、この中に犯人がいるという前提。
私が屋上の柵を破壊したように、この世界でも現実に干渉できる手段は存在している。
千尋君が壊した、食堂の鍵も良い例だろう。
「そうなると、誰も彼も信用できなくなるな」
「…」
「…」
「例えば媽守君。君が犯人だとして…君が最愛の穂上君が自殺するように周囲を誘導し、自分の自殺を偽装してまで犯行を成し、今もこうして平気な顔をできる存在なら、私は末恐ろしく感じる」
「…そうね」
「しかし、逆に穂上君の一件があるから君を信用できる」
「…!」
「例えば君が穂上君のいじめを誘導していれば…誰かの中に印象に残っているはずだ。千尋君、その辺りはどうだろうか」
「んー…逆だね。鏡ちゃんは担任の先生にもいじめがある事を伝えていたし…なんなら穂上君がいじめられていたのって鏡ちゃんの目がない時だった印象があるかな」
「そう…やっぱり」
「手を出そうとする男子生徒を咎めていたし、むしろそんな鏡ちゃんを見て…ごめんね鏡ちゃん。凄く嫌な事を言うけどね…」
「構わないわ。続けて」
「いい子ぶってる、とか…こういうところが嫌い、だとか…とにかく嘲笑するようなワードばかりだった」
「ごめんなさいね、千尋。言いにくいこと…」
「ううん。むしろ私もごめんね。嫌な気分にさせてるから…でも、そうだよね。穂上君を庇う側だった鏡ちゃんが犯行なんて…」
「朝早くから穂上君の机の落書きを消していたのを覚えている」
「…校長先生だけじゃなくて、千尋も手伝ってくれていたじゃないですか。相談事にも乗ってくれて、いじめの件にも対策を講じてくれて。事件後でしたが、担任を外してくれたり…」
「…遅くなって、済まなかった」
「いえ。私に証拠集めをしておく発想がなかったせいです。渡々枝校長は、短期間で最善を尽くしてくれました。千尋もありがとう。千尋がいたおかげで、渡々枝校長に相談できたから」
「これぐらいは当然だよ…」
だけど、間に合わなかった。
その後悔だけは私にも、千尋君の中にも存在する。
勿論、媽守君の中にも…。
「それから先も、君は周囲から「後追い自殺をしてもおかしくはない」と噂を立てられていた。これは蘭太郎も知っているような代物だ」
「私も聞いた。人が…しかも恋人が死んだばかりの人に言うことじゃないでしょって感じたから…」
「…あの千々石君まで伝わるほどの情報だったのね。私、譲司君が死んでから登校頻度、かなり減ったから」
「知らないのも当然というか、知らない方がよかったな…」
穂上君の事件以降、登校する生徒が激減したのを受けて…リモート授業を急遽導入したのは懐かしい。
あんなことがあった学校に通うのを恐れる生徒は少なからずいた。仕方の無いことだ。
…だからこそ、五番目の足取りが掴めなくなったのも確かだが。
休む生徒だけでなく、転校をしていった生徒も多いのだから…。
「まあ、そんな感じだ。君は穂上君の事件の始まりには関われない。少なからず関われば、君に対する評価はそうではないはずだ」
「媽守は穂上と別れたがっている〜とか、聞かなかったからね」
「別れるわけがないじゃない…。できれば家族に認めて貰って学生結婚をする気でいたわよ。私には譲司君しかいないってわかっていたから…。まあ、普通にダメそうだったけど…それでも諦めていなかったわ」
「例え十件の水曜日の憂鬱と定義されている事件の中で、無関係な物がいくつか混ざっていようとも、穂上君が死んだ四番目に関しては間違いなく一連の事件に含まれるはずだ。」
「それに鏡ちゃんが関われないとなると…鏡ちゃんが犯人である可能性はかなり低くなる」
「そういうことだな。現時点の話になるが、この場で無条件に信用できるのは二人」
犯人に背を押されるところを私自身が目撃している四季。
水曜日の憂鬱と定義できそうな事件に関われない媽守君ぐらいになるだろう。
「今坂君は紘一先生に「犯人から背中を押されている姿を見られている」って言うのが大きいよね…」
「そして私は…譲司君の事件にいい意味で関われていないから…皮肉ね。でも、それだけじゃ…」
「五番目はわからないが、千尋君の事件に媽守君は関われない。私と一緒にいたからな」
「…カウンセラーの先生と話していた日だから」
「…それに」
「「それに?」」
…こういうのも何だが、犯人の腕は女性のものではなかった。
四季の様に中性的な容姿を持つ存在は多いし、鍛えている存在も少なからずいそうだが…あれは間違いなく「男の腕」だ。
女子生徒は自然と犯人の候補から外れるなんて情報は…何となく切り札のような気がする。
今はまだ、伏せておこう。
「いや、なんでもない。とにかく日和見高校周辺で起きて、日和見高校の生徒が引き起こせる事件なら水曜日の憂鬱である可能性が高く、その条件から外れていれば…違う可能性がある…まだ、仮説の段階なのが申し訳ないが…その点を含めて、蘭太郎と竜胆君が探ってくれるだろう」
「そう思いたいね…って!紘一先生、私の事信用してないの!?」
「…君はまだ穂上君の事件には関われるからな。すまないな」
「ん〜!早く身の潔白証明したい!」
「大丈夫。千尋ならできるわ。貴方があんな事件を引き起こすわけがないもの」
「ありがとう、鏡ちゃん!」
二人の女子生徒の仲睦まじい姿を眺め、私はしみじみと目を伏せる。
ああ、そうだ。こういう生徒間の友情が当たり前の様に存在している日々が理想だった。
いじめ問題で胃を痛めることもない優しい世界の片鱗を眺めていると、準備が出来た日堂先生が私の肩をそっと叩く。
…幸せな夢を眺める時間を堪能する前に、俺の未練を果たせとのことのようだ。
…つまらん男だ。




