17:懐かしい同僚
彼と私が教師として肩を並べていたのは、私が二十五の時。彼が四十二の時だった。
仕事をする上、こうして干支が一周以上する程に歳が離れている人物と接することはある。
だけど、生徒と教師ではなく…教師と教師だと関係性は希薄となる。
現に、私と彼も仕事以上の関わりは無かった。
「ご無沙汰しています。日堂先生」
『…渡々枝先生か。若造の姿のままとはな。なぜここに?』
「色々あってですね…」
日堂焔。私が二十五歳の時に日和見高校に赴任し、家庭科教師として一時的に勤めていた男だ。
元々料理人として勤めていた彼は、勤め先が廃業してしまうという不幸に見舞われた。
それ機に…持っていた教員免許を活かし、産休に入った先生に代わり、家庭科の臨時講師として日和見高校に赴任した。
しかし彼は厳しい調理場で育った男。
その空気を授業に持ち込んだ結果…授業は酷く厳しく、補習送りにされる生徒は数知れず。
それも非常に厳しく、調理実習も地獄だったと聞く。
不評に不評を買い、授業のボイコットまで発生し、惜しまれることなく日和見を去った後は…料理人として復職したと聞いていたが…。
「ところで日堂先生はなぜここに?」
『…次の勤め先が火災に遭って、巻き込まれて死んだことは覚えている』
「災難でしたね…」
『気がついたらここにいた』
「ほうほう」
私が日堂先生から事情を聞く横で、千尋君と媽守君は唖然とした表情を浮かべていた。
…何か妙な事でもあっただろうか。
「ああ。そうそう、日堂先生、紹介をしなければいけませんね。こちらは零咲千尋君と媽守鏡君。二人とも三年生です」
『未だに教師をしているのか?』
「ええ。今は校長を。あ、小学校の校長も勤めたことがありますよ。高校以外を知りませんでしたし、免許はありましたので、せっかくと言った感じで」
『相変わらずフットワークが軽いな…』
「色々手を回しましたよ…」
二人の紹介をした後、近況を軽く。
久々に会った相手には大体こんな———。
「…こほん」
『…真面目そうな方、お怒りだぞ』
「日堂先生、いい加減生徒の名前を覚えましょうよ。二人だけですよ」
『覚えられない時点で、俺は教師に向いていないと自分で理解したのだが』
「日堂先生が普段作られる料理のレシピを覚えるのと、生徒の名前を二人分覚えるの…圧倒的に前者の方が大変だと思いますがね…」
『古典文学の暗記と英単語を十…いや、三。どっちが覚えるか簡単かお前に聞いてやろうか』
「勘弁してください…」
しかし、歳が離れていたのは過去のこと。
今では私の方が年上になってしまったらしい。
社会を知らず若かった私と、社会を知っていた彼は関わりが無かった。
しかし皮肉な事に、こうして歳を重ね…彼が見ていた世界を知ることで、こうして再び縁を紡ぐことができたらしい。
「あ、あの…」
「ああ、どうした、媽守君。何かあったか?」
「談笑しているけど、それが例の七不思議ですよね!?」
「そうなるなぁ」
『そうだな』
「そんな軽いノリで話を進めないでください。それに…それにっ…!」
「?」
媽守君は私の顔をじっと見た後、申し訳なさそうに項垂れる。
腰を曲げ、直角に…これは…!
「…このたびは大変粗相を!」
「謝らなくていい!土下座をしようとしないでくれ、媽守君」
「し、しかし私は信頼できる大人と言った貴方に無礼な態度どころか、クズ扱い等…!」
「鏡ちゃん落ち着いて。紘一先生も、その姿なのは理由があるんだよね?」
「ああ。とりあえず、この機会だ。私の目的と現状を二人にも共有しておこう。落ち着いて聞いてくれるね、媽守君」
「え、ええ…」
とりあえず、席に腰掛ける。
さりげなく、日堂先生が飲み物を用意してくれた。
『話の最中。その間、俺は調理の準備をしておく』
「準備?作ってはくれないんですか?」
『…火事の影響で、火に近づくだけで震えが止まらない』
「…そうでしたか」
「…」
『だから作ってほしい。その…なんだ…教えるから。できるだけ、優しく』
「が、頑張ります!」
「千尋君…」
日堂先生の願いに対し、最初に声を上げてくれたのは千尋君だった。
らしいというよりは、流石という言葉が先に来る。
そうだ。千尋君なら、手を差し伸べることが出来る。
この子は、そういう子だから。流石だよ、千尋君。
「…これも誰かの為にできること、ですから。それに…虎太郎君と魚澄君。逃がす時にこの人へ散々火を向けたから…」
『…気にしていない』
「私もできる限りの手伝いは行おう。お粥ぐらいしか作れないが」
『舐めているのか、渡々枝。ああ。お前全部嫁任せだったもんな』
「…まあ、そうですね。料理は彼女が得意でしたし、全てお任せしていました。しかし、ネギぐらいは切れます!」
『切れるだけマシか…』
「…千尋。私も手を貸すわ。頑張りましょう」
「鏡ちゃんが助けてくれるのなら百人力だよ!頑張ろうね!でもまずは…紘一先生ね」
「ああ。話をしよう、千尋君。そして協力して欲しい事がある」
「聞かせて。紘一先生の現状と、目的を」
「私にも教えていただけると…。貴方は一体何をしようと…それになぜこんなところに…」
「実は———」
千尋君と媽森君にも現状を共有しておく。
二人が水曜日の憂鬱を引き起こした犯人であるのであれば、不利ではないか?
それは愚問だ。
私とて「犯人である」可能性がある人物に自分の事情を伝えているわけではない。
これまで関わりがあった分、媽守君も千尋君も信用に値する人物だと断言する。
『喋れない奴と関わっているのって、自分より下の奴としかまともに喋れないからでしょ?』
『てか、渡々枝って園原のこと贔屓してるよね』
『渡々枝って、園原とデキてんですか』
…同じ生徒でも、彼女達はあいつらとは違う。
噂をでっち上げて、表面的な情報で人の印象を定められないあいつらと俺は違う。
私はちゃんと生徒の内面を見て信用できると判断した。
———判断、していると信じていたいのだ。




