16:家庭科室へ
しばらく、図書室前で待期していると…扉がゆっくり開かれた。
「ど、どうぞ…」
「ここで聞くのも何ですけど、穂上先輩。大丈夫でした?なんか変態に襲われていた様子ですが…」
「誰が変態よ!?」
「大丈夫、いつもの事だから…」
「譲司君!?」
「…嫌なら嫌と言うべきだと思うのだが」
「嫌では、ないですよ。恥ずかしいですけど…人前でされることではないですし」
「「それは…まあ。そう…」」
確かに、あんなことは人前では行わない。
ただ、音声だけはうっすらと漏れ出てしまう。その辺りをこの二人はどう思っているのだろうか。
まあ、多分気がついていないだけなので、僕らからは何も言わない。
…言える空気じゃないし。
「ただ、暴走しがちな鏡ちゃんを止められない俺が不甲斐ないだけで…」
「止める必要、あるかしら」
「今回みたいにお客様が来た時は」
「追い出せばいいのよ、こんなクズとその配下なんて」
「…」
「…」
なんとまぁ、とんでもなく毛嫌いをされているものだ。
不審者からクズにグレードアップしているじゃないか。紘一は一体媽守先輩に何をしたんだ…?
魚澄は知っているだろうけど…後で聞いたら教えてくれるかなぁ…。
「ダメだよ鏡ちゃん。そんな言葉遣いしたら」
「でも…」
「俺をいじめていた奴らと鏡ちゃんが同じ穴の狢になるのは嫌だなぁ…」
「うぐっ…」
流石穂上先輩。媽森先輩の扱いを心得ている。
口を塞ぎ、次の言葉に迷う媽守先輩の横で、穂上先輩は朗らかに微笑みながら、今度こそ話を進める状況を作り上げてくれる。
「さて、これで話が出来そうだね」
「ああ、そうみたいだな」
「貴方が噂の不審者さん…?」
「ああ。不審者こと紘一だ。苗字はわからない。以後お見知りおきを。穂上譲司君?」
「俺の方は…まあ、伝わっていますよね。今坂君から聞いているとおりです。それで、早速家庭科室に?」
「そういうことだな。媽守君も、面倒事は早く処理をしたいだろう?」
「…ええ。そうね」
「早速仕事をしよう。準備はいいかい?」
「…いいけど、その媽守君呼びだけはやめてくれる?」
今まで呆けていた媽守先輩は出会った時と同じように真面目な表情を浮かべつつ、淡々と文句を告げる。
でも、なんで今それを?
「そう呼ぶの、渡々枝校長だけなの」
「ほう?」
「…私が信頼している数少ない大人よ。貴方とは違うから、その呼び方だけはさせないわ。次に呼んだらわかっているわよね?」
「…わかったよ、媽守さん。これでいいかな?」
滅茶苦茶なことを言われても、紘一の笑顔は崩れない。
その反応に、媽守先輩が不機嫌さを露骨に見せたのは言うまでもないだろう。
「…ええ。適度な距離感で大変満足よ。じゃあ、譲司君。少し出るから、留守番を…」
「そんなことしないよ。君が帰ってくるまで、ちゃんと外で待っているから」
「…ありがとう、譲司君。今坂君は?」
「僕も一緒に待とうかと。紘一、心配なんで」
「俺と一緒だね」
「ですねー」
「…こほん。では、家庭科室に向かおうか」
紘一の先導で、早速僕らは仕事に取りかかることになる。
階段を下り、一階へ。
「と、いうわけで今から私達は家庭科室に入る」
「うん」
「だが、何も起こさずに千尋君を連れて脱出できる可能性を作りたい。ギリギリまで扉を抑えておいて貰えるか?」
「わかったよ」
「任せてください。鏡ちゃんをお願いします。鏡ちゃん、気をつけてね」
「ああ」
「うん。いってくるわね」
最も、僕と穂上先輩は家庭科室の前でドアストッパーなのだが…。
僕も穂上先輩は二人合わせても虎太郎一人分に満たない気がするのだが…。
今からでも遅くないから、虎太郎を呼ばないかい、紘一…。
そんな僕の心配を背に家庭科室に淡々と入り込む紘一と媽守先輩を見送り、僕らは外で家庭科室のドアを抑え続けた。
◇◇
四季と穂上君の見送りを受けた後、家庭科室の中に入る。
空気は冷たい。まるで冷凍庫に入った気分だ。
そんな環境で、私と媽守君は静かに息を吐く。
「本当に校長室の鍵どころかマスターキーが見つかったのね」
「ああ」
「どこにあったのかしら?」
そんな質問に答えている場合ではない。
出てくる前ならおそらく脱出可能だ。
四季と穂上君が抑えている間に千尋君と合流。脱出を目指す。
媽守君と手を組むのは、それが失敗した際の予備プラン。
できる限り危険は省略しなければ。
「そんなことより、早く千尋君と合流するぞ、媽守君!」
「その呼び方やめろって言ってるでしょ!?」
私達の声に反応を示したのか、家庭科準備室の扉が開かれる。
日和見高校の制服を身に纏い。薄い茶髪を後ろで一つ結びにした女子生徒。
私の姿を捉えると、その顔に再び光が灯り、安堵したように目元から涙をこぼす。
「誰かいるの…っ!」
「千尋君」
「千尋!」
「鏡ちゃんに…紘一せんせ…?なんで…?」
「事情は後だ!早くこちらへ!来る前に逃げるぞ!」
「う、うん!」
駆け寄ってきた千尋君と、隣にいた媽森君の手を取り、家庭科室の入口前に駆ける。
———せめて二人だけでも。
そんな願望を打ち砕くように、二人を外に推し出そうとした瞬間…扉が閉じられる。
外にいた四季と穂上君は弾かれるように廊下側へ転がっていた。怪我がないと良いのだが…。
いや、二人はきっと大丈夫。それよりも…。
「…すまないな、二人とも。生徒を危険な目に遭わせたくはなかったのだが」
「…大丈夫。紘一先生がいるから」
「…いつから私は貴方の生徒になったのよ」
悪態をつく媽守君。ずっと不安だった反動か私から離れない千尋君。
そして私は…それと対面する。
彼もまた、私が懐かしい姿なものだから…七不思議に相応しい姿ではなく、当時の姿を現す。
ここで、共に教鞭を執っていた時の姿を。




