15:不自然な記憶のパズル
「で、不審者。お前これで零咲先輩助け出せそうな訳?」
「媽守先輩、零咲先輩の救助までは手伝ってくれるみたいだったけど…」
「ああ。それで構わない」
目的があるうちは無害だろう。それ以降が怖いが…。
それに蘭太郎が喧嘩を売ったのも気になる。あんなことをする子ではないはずなのだが…何か、琴線に触れたのだろうか。
「紘一は、大丈夫なの?」
「大丈夫とは?」
「…七不思議の家庭科室。媽守先輩と一緒に挑む。二人きりで、何かされたら」
「普通は逆なような気がするがな…でも大丈夫。あの子は誠実な子だよ」
校長時代、生徒会副会長と関わった回数は千尋君や蘭太郎ほどではないがほどほどにある。
生真面目すぎる彼女は一目置かれ、ほとんどの生徒から距離を取られていた。
しかし、彼女には寄り添ってくれる存在がいた。
一人は竜胆君。彼女の親友と言うだけあって、距離感がとても近かった。
もう一人は穂上君。竜胆君がいない間はほとんど彼と一緒にいて、穏やかに過ごしていた。
彼女の信愛がどれほどだったかなんて、部外者の私にはだからこそ執着するのだろう。
戻っても、そこに穂上譲司はいないのだから。
彼女の穏やかな時は、戻らない。
「…さて、善は急げだ。打ち合わせにでも行こう」
「早速ぅ!?もー。気が早いよ紘一…。それに今の媽守先輩は会話すらしてくれないと思うけど…」
「もう落ち着いている頃だろうさ。大丈夫。さ、四季。行こう」
「付き添いは僕なんだね…わかった。じゃあ、虎太郎、魚澄。留守番お願いします」
「おう」
「気をつけて」
二人の見送りを背に、私と四季は図書室へ向かうことになる。
…待っていてくれ、千尋君。もう少しの辛抱だ。
◇◇
今度は紘一と一緒に図書室へ。
疲れを感じさせない足取りは、むしろいつもより歩調が速く感じた。
紘一は常に冷静でいると思うけど、家庭科室のことになると少しだけブレが生じる。
純粋に人助けの為…と思いたいが、そうでは無い気持ちも混ざっている気がする。
「ね、紘一」
「どうした?」
「家庭科室のことになると凄く焦っているように見えるけれど…零咲先輩って、紘一の知り合いだったりするの?」
「…人助けに理由が必要か?」
「ううん。そうじゃないよ。ただ、家庭科室の事だけは、ことを急いている印象があって…」
「そう見えるのか」
「僕目線の話だけど…本当は何か、隠していたりしない?実は、思い出したことを言えないだけで、零咲先輩は紘一の知り合い…とか」
「四季には、お見通しなんだな。ああ、そうだよ。私と千尋君は知り合いだ」
「思い出した事があるなら、そう言ってくれたらいいのに。信用できなかった?」
「そういう訳ではないのだが…その、なんだ。変な勘繰りをされたくなかったというか…」
「勘繰り?なんで?あ、まさか零咲先輩と付き合ってる〜とか言われたくなかったんでしょ」
「…そんなところだ」
紘一はポケットから何かを取り出しながら、左手を見せてくれる。
不自然に細くなった左手の薬指。右手に載せられたのは指輪。
「…まさか」
「…私はその…既婚者、みたいでな。妻以外とそういう話題になるのは本心から避けたいというか。指輪も警戒されないように外していたのだが、こう誤解をされてしまいそうになるなら、つけておいた方がよかったな…」
「奥さんのことまで思い出してるの!?」
「まあな…ちなみに息子が一人いることまでは、思い出している」
「妻子持ち!ちなみに、紘一の年齢は…」
「おそらく二十四ぐらいかなと…具体的な事が分からなくてすまないが、少なくともそれぐらいだ。うん」
「やっぱり年上じゃないか!最初っから嘘吐いて!もー!」
道理であの保護者っぷりだ。事実を知ったら辻褄が合う。
十分小さい子供がいるような親の行動そのものだ。
紘一の年齢が二十代前半として子供はおそらく一歳とか二歳とかだろう。
小さな子供がいる中で…こんなところにいて良いのか、本当に。
奥さんも心配しているだろうな…。
生きているか死んでいるかもわからないけれど…とにかく、僕もできる限りの事をしなければ!
「し、仕方無いだろう。自分の事すら曖昧で!年上だとバレたら更に警戒されるじゃないか!」
「そりゃそうだけどさ…あ、ちなみに苗字は?」
「それは分からないままだな…」
「奥さんと子供の名前は」
「…八重さんと、和茂だ」
照れくさそうに告げた奥さんの名前。本当に大好きなのだろうな。微笑ましい。
…しかし、息子さんの名前になると目を細めたのは何故だろう。なんというか、嬉しいとか、照れとか…そういう感情じゃ、ないような。
…気のせいであって欲しい。
それに、これを追求するのは野暮だろう。今回ははぐらかしておこう。
「奥さんのこと、さん付けなんだぁ〜。紘一っぽ〜」
「何が私っぽいんだ…?」
「写真ないの?」
「ある…いや、ない」
「あるって言った!あるって言った!」
「ない!ないからな!?どこにも無いからな!」
口を滑らせたらしく、露骨に慌てふためき「ない」と言い張り続ける。
この様子じゃ間違いなくあるな。
「しっかしさぁ…変なところだけ復活するね、記憶」
「あ、ああ…不便なものだ」
ハンカチの中に指輪を包み込み、それをポケットの中に入れる。
家族のこと、大事にしてるみたいだし…落とさなければ良いのだが
「…指輪、つけないの?」
「年齢不詳の方が、この場ではやりやすいからな…」
「なくさないようにね」
「ああ。気をつける。それから、くれぐれも私の年齢は言いふらさないでくれよ?」
「わかってるよ。でも、なんで話してくれたの?」
「…四季は、相棒だからな。大丈夫だと思っている」
「そっか」
相棒として信頼はしてくれているらしい。
僕はまだ疑っている部分がある。校長室の鍵だってその一つだ。
ああ、そうだ。聞かないといけない。
でも、もう少し後でいいかもしれない。
何というか、聞いてはいけない事のような気がするから。
それにしても、紘一は出会った時から僕に信頼を寄せてくれている印象がある。
…どうして、なのだろうか。
零咲先輩みたいに、僕は紘一とどこかで出会っていたりするのだろうか。
いくら記憶を辿っても、紘一と同じ名前を持つ人物や容姿をした人間とあった記憶はない。
一人称が私の人間も珍しいし…すぐに心当たりが出ると思ったのだが。
思えば一人称私を使ってくる男、校長ぐらいしか心当たりがない…。
本当に、紘一は何者なのだろうか。
年齢が二十四だとしても、なんかもう少し歳食ってそうな落ち着きっぷりだし。
多分良いところの出身だし。奥さんと子供がいたりするし。
「…紘一って、実はなんかやんごとなき家の人?」
「んー。子供の頃はそれに似た家だったみたいだが…今は一般家庭だよ」
「そっか…あ。その腕時計、誰から貰ったか思い出せた?」
「…いいや。時計のことは思い出せていないよ」
「そっか」
階段を上った先が図書室になる。
話している間に、目的地へ到着したらしい。
手際よくノックをした後、容赦なく扉を開ける。
「譲司君譲司君譲司君譲司君…」
「俺の体臭嗅がないで、鏡ちゃん…」
その先には、半泣きの穂上先輩の脇に顔を埋める媽守先輩の姿があった。
流石の紘一も唖然とした表情を浮かべている。
僕も、どう反応をしたら良いかわからなかった。
「…なんか、すまなかった」
「お取り込み中でしたね…」
「きょうちゃんおきゃくさまきてるからやめてぇ!」
「すぅ…はぁ…やっぱりおちつく、じょうじくんすき…」
穂上先輩の焦った声と、媽守先輩の艶めかしい呼吸音だけが聞こえる空間。
…零咲先輩が聞いたのはきっとこの音声だろうなと思いながら、僕らは一度、図書室の扉を閉めた。




