3:探索
紘一と二人、校舎の探索を続けていく。
互いが目覚めて、合流するまでの話もここで共有しておいた。
使える時間は有効的に使わなければいけない。
「…思ったより、状況が芳しくないな」
「ごめんよ。ただ、この異質な環境を説明するには…」
「ここは死後の世界で、君は惨たらしい事件に運悪く出くわしてしまった。君の他にも同様の事件の被害者がここにいるかも…か」
「ざっくりと纏めるなら、そうなるね」
「正直受け入れがたいが、受け入れる他ないのだろうね」
紘一の表情が険しく崩れる。
疑われても眉を下げる程度だった彼も、流石にこんな非現実的な事は受け入れがたいらしい。頭を抱えていたが、すぐに切り替えてくれる。
「とりあえずそれはそれということで。四季、君は本来の犠牲者に巻き込まれた形になるのだろう?本当に災難だな…」
「同情ありがとう」
「その本来の犠牲者というのに、心当たりはないのだろうか?近くにそれらしき人物がいたとか…」
「それがないんだ。背中を押されたのも僕だからね」
「…仮に、君の「想定外の犠牲者」という認識が間違っていたとして、狙われる原因として心当たりはあるだろうか」
「あー…もしかしたら、水曜日の憂鬱を追っていたからかも」
「追っていたのか?君が巻き込まれる事になる一連の事件を」
「うん。犠牲者の中に、僕の友達が…。犯人、絶対に捕まえたくって…それで」
「少し意外だな」
「何が?」
「君が事件を追う理由は情熱的だ。まさか亡くなった親友の弔い合戦だったとは」
「…言葉のチョイス、なんかおかしくない?」
「そんなことはない。思ったことをそのまま伝えようとすると、この表現が一番なんだ」
紘一は何というか、変わっている。
数回言葉を交わした程度でも、確信するレベルだ。
なんせ、言葉のチョイスというか何もかもが古めかしいし、堅苦しい。
しかし…彼の言うとおり、気持ちが直接伝わるような表現をしている影響か、言葉はまっすぐ刺さってくる。
現代では、珍しく感じる。
彼は良いところの、堅苦しい家のお坊ちゃんだったりするのだろうか。そんな気さえしてきたな。
「校舎は一通り見て回ったのかな」
「まあね。でも、移動しているのか誰とも遭遇しなかったね」
「ふむ。四季、私の仮説をいくつか聞いて貰えるだろうか」
「人に会えない理由を考えてくれたの?」
「ああ。まず一つ。私は腕時計をつけている。最近の電波時計ではなく、手回し式のものだが…」
「あ、セイローウォッチ」
紘一が見せてくれたのは、一度時間を合わせたら、電池が切れるまで狂うことがないという国内最高メーカーの腕時計。
「有名なのか?」
「自分がつけている腕時計の価値ぐらい理解しなよ。国内最高メーカーの高級腕時計じゃん…」
「貰ったものだから、よくわからなくてな。教えてくれてありがとう」
…確かこれ、最近サイトで見たぞ。最新モデルで六桁円の腕時計だったはずだ。
この価値に対する無関心具合といい…やっぱり紘一は良いところのお坊ちゃんだな。
そこは間違いなさそうだ。
「話を戻すと、今が朝か夜なのかは定かではないが、時刻は八時」
「朝ご飯の時間か、晩御飯?少し早めの休憩にしているとかかな…」
「ああ。探索中、いくつか鍵がかかった部屋とかはなかったかな?」
「理科室とか、音楽室とか、元々鍵がかかっていたところは勿論だけど、各学年の教室が何個か鍵がかかっていたかも」
「では、そこに生徒がいる可能性が高いな」
「なんでそんなことが言い切れるの?」
「ここは学校だ。各教室には必ず時計があるはずだ」
「そっか。腕時計以外にも時刻を知る手段を全員が持ち合わせているんだ」
「そういうこと。昼夜の判別がつかない今、感覚を狂わせないよう、自分達で昼と夜を定めているのではないか?」
「…今を夜と仮定して、現在は眠る時間にとか」
「ああ。この環境だ。疲れを感じないにせよ、人としての営みを失ってしまえば、精神に支障を来す可能性もある。それを防ぐために、ざっくりとはしているがスケジュール制の生活を送る取り決め等あるのかもしれない」
「なるほど…精神問題は考えていなかったな」
「決まりのある生活は堅苦しいが、決まりがあるからこそ守れるものもある。とりあえず、私が四季以外の生徒と遭遇したポイントへ向かって見よう。こっちだ」
紘一の先導で、僕が連れてこられたのは新校舎二階にある保健室。
「なんで、ここに?」
「さあ。ただ、その生徒はここに入る直前だったんだ。そこで声をかけたら、案の定不審者扱いをされてね」
「…だろうね」
「話をしようと保健室の中まで追いかけようとしたんだぞ。でも、鍵をかけられてしまった」
「鍵で考えたんだけど…保健室の中を見た後、職員室に寄って全フロアの鍵を確認しておかない?ある場所とない場所である程度絞れると思うし」
「…?校長室でマスターキーをかっぱらえばいいだろう」
「え、マスターキーって存在するの?」
「…おぼろげな記憶ではあるが、校長室にあると出てきてな。すまない、何か別の記憶だろうな。流石にここでも一致するとは思えないから、譫言だと」
「…でも、そういう重要なものって校長先生が案外持っていたりするかもね。職員室を見た後、校長室も探してみよう。無くても、ないって判断できるし」
「…ああ。そうしてみよう」
先の取り決めを行った後、保健室の中へ。
鍵は開いている。だけど、中には誰もいない。
各々、室内を探していく。紘一は処置道具が入った棚を見てくれているらしい。
僕は恐る恐るカーテンを開けて、ベッドを確認しておく。
…使用形跡はないな。
「四季」
「…匂いもない」
「清潔感がある匂いだと思うのだが、何かあるのだろうか?」
「どひゃっ!?」
「なんだその叫び声は…」
「い、いやなんでも…」
「それより、ベッドに使用した形跡はあったか?毛髪の一本二本落ちていてくれたり、使用したような皺があってくれた方がいいのだが…」
「い、いや…そんなものはなかったよ」
「そうか。残念だ…」
「そうだね…」
僕はベッドに腰掛けて、小さくため息を吐く。
それを見下ろした紘一は首を軽く傾げ…閃いたように目を伏せる。
「…この世界は肉体的な疲労が出ないようだが、精神的には疲労を覚える。私が調査を進めておくから、君は少し休んでいるといい。この部屋の規模だ。私一人でも探れるよ」
「そそそそそんなことはないから!僕も!」
「いいから。休める時が必ず訪れるとは限らない。休めるときに休むべきだ」
力強く僕を布団に押し倒し、誰も使っていない布団を被せて、頭に枕をスライドさせて入れてくる。
それから子供をあやすように微笑みながら、ぽんぽんと軽く布団を叩く。
笑みを絶やさす距離を取り、音をたてずにカーテンを閉めた。
…僕、紘一にどんな扱いをされているのだろうか。
「紘一〜」
「なんだ〜?子守歌でも必要か〜?」
「必要ないから」
「そうか。それなら早く目を閉じ、ヒツジさんを数えなさい。すぐに眠れるよ」
「そんな子供じゃないんだから…」
そんな彼の言うとおり、目を軽く閉じる。
羊が一匹、羊が二匹…ぐぅ。