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Ghost Mirror ―鏡合わせの七不思議と常世の生者―  作者: 鳥路
第一章:澄んだ世界を合わせたら
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現世5:腐乱の海に溺れる

住宅街の中に、その一軒家は存在した。

住居と店が一体化しているタイプのこじんまりとした家。

けれど、なんというか…人が住んでいる様子には思えなかった。


「新聞とか広告とかポストにぎゅうぎゅう詰めだね」

「取る気力も無いのだろう。竜胆、お前はここに待期しておいてくれ。家に入りそうな人間が来たら、連絡をする」

「オーケー。ワン切りってさっきは言ったけど…本当にワン切りでいいの?」

「んー…。あ、やっぱり繋げたままにしておいてくれ。露川が生きていたら別途指示を出す。まあ、正直九割方死んでいるだろうけどな」

「…半年も音沙汰ないとなればね」


「つまり、俺たちがやるのは「死体の発見」だ。露川の死体を確認したら電話を切る。竜胆はそのまま警察に通報しろ」

「お、お前はそれでいいのかよ…。警察が来る前に逃げられる保証は…?」

「大丈夫だ。俺の身は案じることはない」

「相棒なんだから、案じるに決まっているだろう!?心配する!」

「…ふむ」

「ただでさえ碌でもないことを単独でさせるんだ。無事ぐらい祈らせろ!」

「…変な奴だな。俺の身なんて、紘一先生しか心配したことないぞ」

「変な奴に変な奴と言われる程変だから、お前と手が組めるんだよ」

「変な女だ」

「お前には言われたくないよ」


一瞬、口元を緩ませたような気がするが…すぐに背を向けてしまったので分からず仕舞い。

人のヘアピンをポンポン投げ、バット片手にノリノリで露河の前に進んでいく。

機嫌と調子は…いいのか?


電柱の影に隠れて、様子を伺う。

…何もなければ、とまでは行かない。

何かあった場所に向かうのだ。当然危険もつきまとう。

どうか、無事に帰ってきてくれ…相棒。


◇◇


さて、ここからが大仕事だ。


「…心配か」


両親は俺の事なんて興味は無いし、金で雇った相手の同情心なんて所詮はビジネス。

心に届いたと感じたのは、紘一先生の心配以来。


『蘭太郎。私は別に君がひときわ優秀だから、特別に面倒を見ているというわけではないんだよ』

『私は君の将来を案じている。今の様に一人で居続けては…君という人間の成長は止まってしまう』

『だからと言って無い物ねだりをしてはいけない。君が手に入れるのは、庇護対象ではない。その答えは、予め提示しておこう』


…嫌な事を思い出してしまった。

紘一先生が、俺を庇護対象にしてくれないという実質的な宣言。


「…何で紘一先生は俺を息子にしてくれないんだ。和茂は息子にしたのに」


家のドアの前。竜胆から預かったヘアピンをカチャカチャ動かして、鍵開けを開始する。

渡々枝和茂。子供が出来なかった紘一先生と八重さんに迎えられた血の繋がらない他人。

条件は一緒。だけど俺は和茂みたいに家族の輪を乱したりはしない。

紘一先生に向かって、お父さんとは認めないなんて言わない。

家出だってしない。最期まで側にいる。

利口で身体も丈夫。息子としては完璧な筈だ。


それなのに、紘一先生は俺を子供にしてくれなかった。


俺が息子になれば、最期まで寂しい思いはさせないのに。

幸せな親子を、やれるのに。


———世の中は本当に理不尽だと思わないか、露川魚澄。

暴力を振るうような男が父親で、血の繋がった子供を子供だと認知しない親…。

そんな親元に生まれて、理不尽の中に揉まれて…親を選べず、負の感情を抱いてしまう。


「…開いた」


紘一先生、見ていますか。

俺は初めてやったピッキングだって、いとも簡単にこなせます。

なんでも簡単にできるんです。どうです?優良物件ですよ。

紘一先生が本当のパパになってくれたら、俺は幸せです。

息子の責務は最期まで全うします。

親の言うことを従順に聞き、尊重できる「良い子」です。

だから———これが終わったら、俺を息子にしてください。

書類上は求めません。

貴方の言葉だけでいいんです。

貴方がただ一言「蘭太郎は自慢の息子だよ」そう言ってくれるだけで、満たされるから。


「見つけた」


廊下を進み、リビングに侵入。

大量の空き缶にコンビニ弁当のカス。腐臭とハエがたかるその空間に、それは横たわっていた。

半年間、こんな空間に放置されている。

怪我は膿んでいる様子。虫もついている。正直汚いし匂いがきつい。

夏場を通り過ぎたんだ。原型を保っているだけで…。


「…生きてる?」


身体に触れると、想定とは異なる熱をそれは帯びていた。

非常に浅い呼吸を繰り返し、生命活動を続けていた。

これは想定外。まさかまだ生きていたとは…。


右腕の時計型通信端末が震える。ちょうどいいタイミングで、竜胆から連絡が来る。

悠長にしている場合ではないだろうが、この連絡は無視できない。


「もしもし竜胆。き」

『逃げろ!鍵が開いていることに気付いた父親が駆け込んだ!』

「ふむ。吉報との報告はさせてくれないのか。まあいい。救急車を呼べ、竜胆。露川魚澄は生きている。予断は許さないが…なっ!」


背後から無音で振り上げられた酒瓶にバットを当てて、粉々にしておく。

ふむ。殺意は上等だ。

それにこいつ、理解をしているらしい。

ますます不幸だな。露川魚澄。

こんな男が、父親だなんて。


『マジかよ!?わかった。すぐ連絡をする。早く離脱しろよ!』

「ああ」


電話が終わる。ふむ。今までこの時計型に電話機能がついている意味を感じなかったが、ハンズフリー通話と言うものは非常に楽だな。

それを行える相手がいたらの話だが。

身体を低くして、男の足を掬う。

バランスを崩したところに落ちていた缶を投げられるが、問題なく避けられる。

———が、今回は打ち返しておく。露川魚澄に当たったら大変だからな。うん

本当ならこれをそのまま男にぶつけてやりたいところではあるのだが…それをしたら取り返しがつかなさそうだ。


「とりあえず、これでも載せておくか…」


ゴミ山を蹴り、男の上に雪崩れさせて動きを封じる。

…見えないだけでこれが可能な程に積み上がっていたとは。臭うわけだ。


男の動きを封じた後。部屋を出ていこうとする前に…露川魚澄を一瞥しておく。

奇跡的に生きていたとは言え、半年間この状態だった。起きても傷や障害が残る可能性がある。

彼の意識と対面することは可能であり、生きている旨を伝えることもまた可能ではあるが…。

幸運を喜び、不便な身体と不幸な境遇を抱えて生きること。

生きていた不運までも呪い、不自由な身体と己の不幸を収束させるために死ぬこと。


彼はどの道を選ぶだろうか。

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