現世3:本当の中の偽り
私達は早速移動を開始する。
勿論、本格的に移動を開始する前に…必要なものの買い出しに来ていた。
「…このサイズがいいだろうか」
「わー…振りやすそー…」
「よし。ヘルメットはこれにしよう。丈夫そうだ」
「わー…。土木業…」
宣言通り、武器と防具を調達しに、ホームセンターへやってきていた。
千々石が用意したバットを持たされ、ヘルメットを被せられる。
…これ、支払い自腹なのかね。私今お小遣いピンチなんだけど。こんなの買ってる場合じゃないんですけど。
そんなことを考えながら、私は千々石が単独で追っていた情報を私は聞き出してみる。
「てか、なんでこんなやる気を…」
「紘一先生の為だ」
「ほんと好きだな校長のこと!」
「大好きだぞ。俺のパパになって欲しい」
「へいへい…それで、勿論だけど」
「ああ。紘一先生に託された云々は嘘だな」
尊敬する人の名前を使って嘘を吐く度胸…まあいいや。
千々石が教師陣から情報を引き出せたのは、渡々枝校長の名前があったからこそらしい。
やはり校長。校長の名前の効果は絶大だ。
こいつは私にも同じようにしろと言うけれど、この嘘は私には使えない。
三年間、一緒にいた千々石にしか使えないだろう。
校長と過ごした時間が長く、信頼さえあった彼の言葉。
嘘だろうと誠に変換させる力があったからこそ、為し得たことだ。
「予め託されていたら、もう少し本気を出したさ」
「この行動力の速さで本気出してないとかどういうことだよ…」
「省エネ主義なんだ。環境に優しいだろう?」
「お前が本気出してくれたら色々と一発で片付くんじゃない…?」
「それはそうだが、それでは面白くないだろう?」
「…暇つぶし的な意味で?」
「いや、さくっと解いてしまうと…犯人が用意したシナリオを楽しめない」
「本気で暇つぶしをする気なら、帰ってくれる…?」
「嫌だ、帰らない」
「…」
「…こんな変な事件を引き起こしたんだ。何かしらの動機が存在するだろう?」
「まあ、そうだろうね」
「事件の真相自体は簡単に暴けるだろう。だが、犯人の思考はどうだ?」
「それは…」
「情報を集めれば、淡々と事件の流れを再現することなんて造作も無いが…当時の心境というものは俺には再現できない」
「人の心なさそうだもんね」
「一連の事件に対して、俺たちは紐解く者として理解を示さなければならない。半端な理解は反感を買うだろう?」
「それは、そうだろうけどさ…時間が」
「必要な犠牲であると提唱しよう。時間をかけ、理解を示す。99%ではいけない。必ず100%の理解を得るんだ。そうしなければ、本当の意味で事件の全てを紐解いたとは言えない」
「…」
「———さすれば、無駄な抵抗をされることなく相手の心をたたき折れるだろう」
「ほんっ…と、人の心ないな」
「ふんすっ…」
「ドヤ顔するな。こっちは褒めてねぇんだよ」
自分用のバットを構えて何を言うかと思いきや、相変わらず痛々しい発言ばかり。
こいつの愛読書は厨二病を量産するような書籍ではないだろうか。
ああ、頭が痛くなってきた。
「…校長、お前にどんな教育施してるわけ?」
「まあ、資格勉強以外は普通に紘一先生が元々やっていた授業をしてもらっていたぞ」
「へぇ、どんな?」
「紘一先生はな、元々現国の教師なんだ。面白い本の話をたくさんしてくれた」
「何か理系っぽかったけど…」
「紘一先生、時代が時代だから騙し騙しでやってきているが、英語だけはめっぽうダメだし、理系科目はギリギリラインだぞ。一般レベルだ。自分でもよく「校長の試験受かるとは思わなかったな」と笑っていたよ」
「えぇ…なんで校長になろうと」
「給料」
「金か!」
「奥さん…八重さんと言うんだが、元々病気がちな人でな。入退院をよく繰り返していた」
「そう、なんだ…」
「紘一先生にとって、八重さんは生きる意味に等しくなっていた。彼女を生かす為なら何だってしていたし、彼女の願いはできる限り叶えていたよ」
「じゃあ、教師やめれば良かったじゃん。給料、ギリギリならさ」
「教師を辞めないで欲しいというのが、八重さんの願いだったんだ。紘一先生が叶えた夢で、八重さんが抱いていた夢…」
「夢なら、仕方無い…のかな」
「紘一先生は、仕方が無いことにしなかった。俺が先生を尊敬するのは、それが理由。だけど同時に嫌う理由も同じ」
「へぇ、なんで?」
ここまで妄信的に校長を好きだと、親になって欲しいと言うまでの男が校長を嫌う理由が分からなかった。
その理由を隠すかと思いきや、彼は淡々と教えてくれる。
「そこに自分の意志がないからだ」
「…意志、ねぇ」
「あの人は「自分の為」に生きることをやめている。今も、昔も…いつからかは想像がつくがな…」
「…園原現か」
「ああ。最終的にはこの男に辿り着く。渡々枝紘一の人生において、この男の話題は事欠かない。やはり追うべきか…四十年前の事件も」
結局のところ、この男の原動力は全て渡々枝紘一に収束する。
そこまで好きな理由は分からないままだけど…今、私が言えることがあるとするならば…。
「追うのは好きにしたら良いけど、とりあえず先に水曜日な〜」
「おうとも。ところで、竜胆」
「何?手持ちはないよ」
「そこは心配するな。俺に任せてくれ」
「クレジットカードを見せびらかすな。親の金だろ。財布に直せ」
「なに。俺がこれで何を買っても奴らは文句一つ言わない。そういう契約だからな」
「…へ?」
親子関係では絶対に聞かないワード「契約」
そんなワードの出現に私が目を丸くする中、千々石は何てことのないように詳しい事情を伝えてくれる。
「俺が高校を卒業したら、両親は離婚して…それぞれ抱えて家族をしているパートナーと子供と書類上でも家族になる」
「…」
「双方共に俺が邪魔だけど、養育しない訳にはいかない。このクレジットカードの期限が来るまで面倒を見てやると与えられている。それとは別に現金も毎月六桁ほど。期限は二十二歳の誕生月末まで。それが終わったら親子関係も終了。そういうことだから、好き勝手させて貰っているよ」
「…面談とか、どうしたんだよ。鏡が言ってたけど、進学科って、一年の一学期から三者面談やるんでしょう…?」
「紘一先生に事情を話して、代わりに保護者役をして貰った。親がちゃんといたら、こんな感じなんだろうなって、思った。物心ついた時から冷え切っていたからな。こうして親として寄り添ってくれたのは、紘一先生だけだ」
「…」
こいつが渡々枝紘一に執着する理由って、純粋な…。
それならこいつは何故頷いた。
親になって欲しいほど愛しいと思っている相手が犠牲になることをなぜ許せた…?
「俺としては紘一先生には生きて帰ってきて欲しい。その時は俺のお父さんになって欲しいと、ちゃんと頼みたい」
「…でも、それは本人が」
「そう。本人は望んでいない。渡々枝紘一はやっと自分の望みを口にした。今坂四季を、生きている生徒を現実に戻す願いを自ら持った。俺はそれを尊重するのみ。あの人がやっと得た「自分の意志」を…心から尊重したいんだ」
「…狂ってる」
分からない。この男の心が分からない。
生きていて欲しい相手なんだろう?保護者になって欲しい相手なんだろう?
それなのに相手がやっと自分の意志を抱いたからと、死にに行く光景を見守れるのなんて狂っている。
私に被せていたヘルメットを持ち上げて、あえて私を見上げさせた。
千々石蘭太郎は、表情一つ変えずに考え続ける。
「渡々枝紘一の息子なら、きっとこうする。親の思いを尊重する行動に出るはずだ。親子というのは、こういうものなのだろう?」
…そんなこと、するわけないだろう。
千々石蘭太郎という人間の表層に触れながら、私は悔しさと悲しさを堪えるように歯を食いしばる。
私の相棒になった男は、想像以上に普通ではなかった。




