12:高嶺と雑草
「鏡ちゃん、大丈夫かな…」
魚澄君が慌てた素振りを装いながら、鏡ちゃんを呼びに来た。
どうやら今、この学校には不審者さんがいるらしい。
日和見高校の関係者ではない、見知らぬ誰か。
それと同時に新しい生徒もやってきたらしい。
鏡ちゃんの見解だと、その生徒に巻き込まれた存在ではないかと考えているようだけど…騒ぎを起こすようじゃ、排除対象にもなり得ないよね…。
「一体どんな人なんだろう、不審者さん」
不審者さんが来てから、零咲さんが閉じ込められる前の賑やかさが戻ってきたような気がする。
不審者さんなら、状況を変えてくれる期待もあったりする。
「…鏡ちゃんを、現実に帰す方法を探してくれたり、とか」
零咲さん以外は皆、帰ろうとはしなかった。
彼女がいたからこそ、空気が「現実に戻る」事へシフトしていたけれど、いなくなったら…最初の望み通り停滞を選び始めた。
ここでいい。ここがマシと言って、閉じ込められたままでいることを、選んでしまった。
少なくとも、死んでいる事が自分でも理解できている俺と鏡ちゃん以外は…。
「———穂上先輩」
扉が勢いよく開かれる。
鏡ちゃんだろうか。でも、人影は二つ。
それに鏡ちゃんは、俺の事を先輩だなんて呼ばない。
ああ、鏡ちゃん。不審者さんとその協力者達に嵌められたな。
扉の先にいたのは、西間君と知らない誰か。
知らない誰かは噂の新入りさん。どうやら新入りさんは不審者さんと手を組んで、西間君と魚澄君まで巻き込んで、俺と鏡ちゃんを引き離したらしい。
噂の不審者さんは、なかなかの食わせ者のようだ。会ってみたいな。
でも今は、その協力者とだけ。
本人に会うのは、もう少し先。
「西間君…だったよね。隣の子は?」
「新入りの今坂四季です。今日は、ご相談があってきました」
「なるほどね。俺と鏡ちゃんを引き離してでもしたい話があるんだよね」
「はい」
「入って。鏡ちゃんが戻ってきたら、俺が招き入れたってことで話は通すから。あ、西間君は隠れていた方がいいかもね…」
「そうっすね…俺、後でどこかでほっつき歩いていた罪で絞められそうなんで…」
「そうだね。まあ、たいしたものはないけれど…」
二人の後輩を図書室へ招き入れる。
これは状況を変える一手であると、信じて。
◇◇
穂上譲司。三年一組。
水曜日の憂鬱は四番目の被害者であり、水曜日の憂鬱が周知される死に方をした生徒。
彼は三年時五月から発生した原因不明のいじめを苦に、自分の教室から飛び降り自殺を果たしていると言われている。
僕を含め、下校途中の生徒の一部は彼の死体を目撃している。
頭が真っ二つに割れ、即死だったことは素人の目から見ても明白だった。
彼と生前対面したことはないけれど、こんな顔をしていたとは…。
「…どうしたの、今坂君」
「あー。いや、こんなに整っていたとはと思いまして…」
「なんだか語弊があるね…」
「すみません…。実のところその、穂上先輩のご遺体、目撃していまして…頭が真っ二つに割れているところも…」
「うぇ!?それは申し訳ないね…。そういえば、あの時はもう放課後だったし、そういうのも考えなきゃまずかったよね…」
「考えるところそこっすかね…」
「ごめんねぇ…」
申し訳なさそうに平謝りをした後、穂上先輩は真剣な面立ちで僕らに向き合う。
世間話は、ここまでだそうだ。
「さて、君達は手の込んだ真似をしてまで俺と媽守さんを引き離したかったんだよね」
「そうですね」
「何か、目的があっての事だとは思うけど…」
「実は、穂上先輩にお伺いしたいことがありまして…」
「何かな」
「…うちの学校の七不思議に関することを、詳しく知りたくて」
嘘を吐く理由はない。ちゃんと目的を明らかにしておこう。
嘘は不信感を招くだろう。答えられるところはきちんと答えておこう。
「…まあ、文献というか、生徒が残した記録を図書室内で見つけているから、詳しい情報を説明することは可能だけど…七不思議で何をする気なの?」
「零咲先輩を、助け出すため」
「…ああ、家庭科室の七不思議に捕まったって話だよね。でも、家庭科室の鍵は零咲さんが持っているし、窓ガラスも割れなかったのは西間君自身が証言したことだよ。入れる見込みが見つかったの?」
「…校長室の鍵が見つかって、金庫を突破。マスターキーを手に入れています」
「そう…だから家庭科室に入って、七不思議から零咲さんを助け出せる。そう言えるようになったわけだね」
「そう、なります」
「状況は整っているわけだ。で、助け出すために情報を収集したい。そんなところかな」
「そんな、ところです!」
「わかった。協力するよ。ただ、一つだけ」
「なんでしょう」
「俺はね…君や君が手を組んでいる不審者さんには、帰る手段を見つけて欲しい。俺達はもう向こうには帰れないけれど、帰れる子はまだ生きて欲しいんだ。どんなに辛くとも、自死を選んだ人間には言われたくないだろうけど…」
「…まあ、俺ももう帰れないのは確定なので、できる限り…わかってない四季や魚澄を始め、生きている面々は帰せたらって思いますよ。協力できるところは、協力できればと」
「そっか…頼むよ、今坂君。それさえ約束してくれるのであれば、協力は惜しまないから」
「勿論です。必ず、この世界を終わらせて見せます」
「うん。じゃあ、これを…。生徒が調査した七不思議の資料だよ」
取引が成立したことが目で分かるよう、穂上先輩は僕らに一冊のノートを差し出してくれた。
その中には、七不思議の詳細がきちんと書かれている。
もちろん、家庭科室の詳細も…。
「…捕まえて、補習を受けさせるってところは俺が知っている部分だな」
「その補習内容は食事会と品評会みたいだけど…。これ補習なの?」
「教師が補習と言えば、補習なんじゃないかな」
「そういう無理矢理理論で良いのかねぇ…」
「いいんだよ、多分…あ、ところでもう一つ確認しておきたいことがあるんですけど」
「何かな」
「…穂上先輩と媽守先輩って、どういう関係で?」
「真面目な顔して何聞いてんだ、四季」
「あー…うん。付き合っているよ。それがどうかしたの?」
「…いえ。魚澄から聞いてはいたんですけど、実際どうなのかなって。本人から」
「そっか…まあ、俺には不相応な人だよ。高嶺の花と雑草だしさ…。本当に、鏡ちゃんは俺の何が好きなんだろうね…」
それは一体どういうことか、続きを聞こうとしたタイミングで高嶺は戻ってくる。
「譲司君」
「…鏡ちゃん」
「無事だったわね。よかった…変な事は吹き込まれていない?」
「い、いや…なにも。俺は生きている子は現実に戻してくれるなら、この子達に協力をって話をしていただけだから…」
「それならいいの」
「…鏡ちゃんは、会ってきたんだよね。不審者さん」
「ええ。それから、この人達が本当に会わせたかった相手にもね…!」
紘一と魚澄は何をしたのだろうか。
こんなに怒り心頭で敵意をむき出しにし、僕らを睨み付ける媽守先輩。
「…霞の手前、千尋を助け出すところまでは協力するわ。でも、それ以上は何もしない。私達に関わらないで!邪魔をしないで!出て行って!」
「鏡ちゃん…落ち着いて。何があったの?」
「…なんでもないの」
「なんでもないって怒り方じゃないよ…二人がいると話せそうにない?」
「…ん」
「…」
今の媽守先輩とは話にならないだろう。
穂上先輩が話を聞こうにも、僕らの存在が邪魔らしい。
申し訳なさそうに目線を向けた彼へ、僕らは無言で会釈した後、図書室を後にする。
扉を閉める直前、媽守先輩の縋るような声が聞こえた。
「…大丈夫。私達は最期まで一緒だから。今度こそよ。貴方一人で死なせたりしないわ」
「鏡ちゃん…」
穂上先輩に言い聞かせる…よりは、自分に言い聞かせているような。そんな気さえした。




