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Ghost Mirror ―鏡合わせの七不思議と常世の生者―  作者: 鳥路
第一章:澄んだ世界を合わせたら
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9:先人の教え

理科室に戻る前に、寄り道を少し。

声が伝わっているかどうかは分からない。

だけど、伝えておきたかったのだ。

君は、一人ではないと。

私が何に変えても、助け出してみせると。


「…声、聞こえているといいな」

「そうだな。さて、虎太郎。理科室に戻ろう。千尋君を救うにはまだ手札が足りていない。現状出来ることから、順に解決していこう」

「お、おう…でも、鍵が」

「…マスターキーぐらい手に入れている。校長室の鍵は幸いにして私の背広に入っていたからな」


背広から、自宅の鍵と共にくっついた校長室の鍵を見せる。

自宅の鍵と、車の鍵と、それから校長室の鍵。

私の人生の移動先。その全てがこの鍵束に収束されていると思うと、物寂しさも覚えてしまう。

これに病院を加えた四つが私の主な行き先だったな。

…寂しい人生を送っていたものだね、八重さん。


「おいおい。いいのか?学校の備品だろ?自分ちの鍵とひっつけていて良いのかよ」

「バレなければ合法だ」

「なんか意外だな」

「?」

「いや、校長って…お堅いというか、潔癖なところがありそうな感じだったから」

「そう見えていただけだろう。私だって人間だからな。多少なりとも薄汚い部分はある」


「…園原現の件とか?」

「千尋君から聞いたのか。あまり言いふらさないよう、念押ししたのだが」

「…俺たちは何も聞いてないぞ。ただ、零咲先輩は「理想の大人像」からあんたの話をして…園原現に関する話もしてくれただけだ」

「そうか」


私に関係なさそうな話題から、ついついその話をしてしまうほど…彼女も参ってしまっているようだな。

こんな空間で、他人の事ばかり考えているからだ…。君の献身的な性質は良い部分だと思うが、この場では適当ではない。

もう少し、自分の事を考えて行動してくれ、千尋君。

君は周囲を大事にするけれど、君を大事に出来るのは君だけなのだから。


「校長にとって、零咲先輩って…何なんだ?」

「可愛い教え子だな。それ以上でもそれ以下でもない」

「…そ」


少しだけ安堵したような表情で、虎太郎は息を吐く。

ふむ…ここも面白いことが起きているようだ。

こんな空間でも、同世代が共同生活を送る前提が存在している。

頼りになる異性の先輩に好意を寄せる何てこともあっておかしくはない。

私の予想が合っていれば、きっとそういうことなんだろうな。


「虎太郎」

「なんだよ」

「初々しいな。そういうのもっとくれ」

「うるせえぞ下世話ジジイ。あんたはどうだったんだ」

「どう、とは?」

「…奥さん」

「ああ。八重さんか?見合い婚なのは事実だぞ」


「嘘吐いてなかったのな…」

「嘘は必要な時にしか使わない。自分の身分は四季へ詐称しているが」

「見合いである事は事実である…かよ。四季、てっきり設定だと思っているんじゃないか?あんたぱっと見育ちが良さそうなボンボンオーラ出てるし」

「そうか?そう見えるか?」

「年配特有の落ち着いた雰囲気がそうさせているんだろう」

「んー…自慢ではないが、渡々枝家は百貨店を経営している裕福な家だったぞ。枝丸屋。あれは私の実家経営だったからな。一番上の兄が経営を、二番目の兄と私の弟は傘下に就職を決めていた」

「ガチのボンボンじゃねえか…なんでそんな家庭の出身なのに教師なんだよ…」

「私は落ちこぼれだからな。受験に落ちて、新設されたばかりの日和見で恩師に出会うまでは、引きこもりをして…渡々枝家の汚点なんて言われていたのだぞ?」


「…あんたが汚点って」

「昔は勉強も出来なかった。得意な事も無ければ、兄達や弟の様に自信を抱けるような才覚は無い。上に立つものとしての素質がなく、親からは見限られていた」

「…」

「恩師の好きな言葉で「人類皆落ちこぼれ」というものがある」

「過激だな、あんたの恩師…」

「確かに今のご時世だとな…まあ、私が子供の頃なんだ。多少は見逃してくれ」


人類皆落ちこぼれ。

一点のみの比較を行うからこそ、出来の良し悪しが露呈する。

全体で比較した時、各自の持つ技量に差異なんて存在するのだろうか。


落ちこぼれだと思っていた人間も、得意なことに気付いていないだけで抱いているものがある。

系譜を辿れば所詮は同じ種から生まれた者同士。

良し悪しに差異はない。


『高みにいる者を常に見るから、お前は自分が劣っていると勘違いをする』

『お前という個は唯一無二だ。お前の中には誰にも負けない才覚が存在している。高みに迎える才がそこにある』

『今はそれに気がついていないだけ。才はそこにあるのに、ないからと上を見上げ、才覚に気がついた者を眺めて羨み、自分もそれが欲しいと無い物ねだりをして燻る。実に無駄な時間だ』


『確かにお前は比較を行う兄達よりも勉強も出来ないし、身体能力もダメダメだ。しかし双方に関わった私は、お前の良いところは「人格者である事」だと断言しよう』

『同じものを求めるな。お前はお前が持つ伸びる技量に気づき、一心不乱に磨け』

『それがお前の価値となる。それはお前が羨む兄共が逆に羨む才となるだろうからな』

『とりあえず、対人関係はしっかりしとけ。それがお前の武器になる』


事実、恩師が言ったことは事実となった。

現の事件を経て、八重さんと出会った。

子を成せず、付き合っていた人から酷い別れ方をされた彼女は親からも役立たず扱いをされ…誰でもいいから嫁げと病弱な身で見合いを何件も組まされていた。

私と出会った頃には心身共に限界が来ており、私も私でさっさと実家に組まされる見合い生活を終わらせたかったので、互いに妥協で結婚を選んだのは、懐かしい話だ。


『こんな何も残せない女と結婚してくれたんですもの。せめて支えさせてくださいな』


病弱な身体で無理をして、倒れるのはしょっちゅう。

それでも毎日弁当を持たせてくれて、妥協相手に献身を見せてくれた。


『何も残せていない訳がない。君のおかげで俺はいつも元気に仕事が出来ている』

『君は私の人生を残り時間を増やし、出来ることを増やしてくれている。子供がいなくても俺たちは楽しくやっていけるさ』


互いの妥協が、互いの最善手になるまでは…時間がかからなかった。

彼女に支えて貰う中で、教師として生徒と関わり、対人関係を大事にするように心がけた。

次第に卒業後も生徒が連絡をしてくれるパターンが増えた。

飲みに行こうと誘われたり、結婚式にも招待をされたり…長い付き合いをさせて貰った。

その一方で、対人関係を蔑ろにし、人を下に見続けた兄達は優秀な人材の流出を止められず、渡々枝家は百貨店の経営権を他者に渡すことになったと聞いている。


「…と、いう具合で。恩師の助言を大事にしながら過ごしていたら、人生が上手くいったという話だ」

「なるほどなぁ…」

「だからといって、君に私の助言を聞けとは言わないよ。先人の教えだって間違っていることもあるからな」

「例えば?」


「たばこは人生を豊かにするとか…な」

「あんたの恩師ヤニカスかよ…」


「ああ。毎日三箱消化していたら、三十七の時に肺がんでくたばったよ。吸い過ぎだって注意しても吸い続け、入院中にもこっそり吸って看護師に叱られ、最期の言葉は「くわえたばこしたい」だからな…あそこまでたばこに依存しているのはなかなかお目にかかれない」

「…大人になれるとしても、あんたの恩師だけは絶対になりたくないな」

「同感だ…」


理科室があるフロアに到着する。

そろそろ思い出話も打ち止めにしなければならない。


「不審者」

「なんだ?」

「…また変な話聞かせてくれよ」

「機会があればな」


理科室の扉を開くと、飼い主が帰ってきた犬のように四季が入口へと駆けてくる。

虎太郎は一瞬ビビって扉を閉めようとするが、それは足で止めて…駆け寄ってきた四季を受け止める。


「紘一!紘一!帰ってきたんだね!僕良いこと考えたんだ!聞いて聞いて!」

「はいはい。どんな悪行を思いついたんだ、四季」

「悪行前提なんですね…あ、おかえりなさい、西間先輩。大丈夫でしたか?」

「んー。まあ、見ての通り」

「そうですか」


興奮しながら出迎えてくれる四季を落ち着かせながら、理科室へ入る。

彼は一体、何を思いついたのだろうか。

…まともな策だといいのだが。

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